[Interview]
「ベンダ主導では将来は暗い」ガートナーの見る日本のIT
2002/7/27
IT不況といわれ、IT投資に後ろ向きな企業が多い。「驚異的な成長はもう望めない」と米ガートナーでアジア・パシフィック全般を統括しているボブ・ヘイワード(Bob Hayward)氏(米ガートナー シニア バイス プレジデント アジア パシフィック オペレーションズ)はいい、業界全体が成熟に向かう必要性があることを説く。ヘイワード氏と、ガートナー ジャパンでリサーチ事業部兼アジア・パシフィック ディビジョン統括副社長のクレイグ・ベイティ(Craig K. Baty)氏に、今後のIT業界のあり方、注目の電子政府などに関し、日本と世界の両方の課題を伺った。
米ガートナー シニア バイス プレジデント アジア パシフィック オペレーションズ ボブ・ヘイワード氏 「厳しい批判をしたかもしれないが、日本という国は大好きだ」 |
――ITと経済についてリサーチされているそうですが、もう少し具体的に説明してください。
ヘイワード氏 ITへの投資がGDPなどの経済指標や生産性に与える影響をリサーチしている。興味深いのは、IT投資と経済成長を関連付けることは非常に難しいということ。企業の成長や生産性においても同じことがいえる。理由は、IT投資と、経済成長や企業成長との間に明確なリンクがないからだ。ITは結局ツールに過ぎない。ビジネス戦略が生産性向上や収入アップを決定するわけだが、これには多くの要因が影響を与えあっているのだ。
――日本では、ITやIT投資に対しネガティブな意見が増えています。
ヘイワード氏 ITに懐疑的になっているのは日本だけではなく、世界的な傾向。IT投資についてはいくつかのことがいえるが、1つだけ明確なことは、1995年から2000年にかけての莫大なIT投資はもう期待できないということ。Y2Kのように、いくつかのものは特異だからだ。当時、企業は、インターネットへの接続、Webサイトの構築などを一斉に行った。メインフレームから分散システムへ移行し、そのために開発言語を変え、ストレージなどのインフラを整備した。OSとCPUも短期の間にアップグレードした。そしてドットコムブームへと発展した。
アプリケーションについても、それまでは核となるようなバックオフィスアプリケーションを持っておらず、異なるシステムのパッチワーク状態がほとんど。これらの問題は、ERPや財務管理ソフトウェアなどを実装することにより解決していった。
こうしたことは過去のものになりつつある。つまり、やるべきことは一通りやったということだ。PCのアップグレード、ネットワークの敷設、インターネットへのアクセス、オブジェクト指向プログラミング、UNIXサーバ、バックオフィスのパッケージアプリケーション……、IT武装のために必要な項目はすべてチェックされている状態だ。
いま、なにか投資すべきものがあるとしたら、強化やメンテナンスといった分野しか残っていないだろう。
日本ではさらに状況は悪くなる。なぜなら、ユーザーがベンダ主導で投資を行ってきたからだ。他の国の場合、技術を中立のものとして捉えて自社の判断に基づいて投資をするが、日本では、ユーザーがベンダのアドバイスに従っている状態だ。その結果、必要以上の額を投資してしまったケースが多い。この“IT投資の二日酔い”状態は、日本ではさらにひどいのだ。
IT投資に関するもう1つの問題は、多くの利点がこれまでの会計手法では表れないということだ。顧客との関係が向上したとか在庫管理が効率よくなったとか……、これらの利点は経済や会計の項目に落とし込めないし、利点の多くは顧客や消費者に流れてしまっている。
例えば、オンラインチケット購入サービスを展開した航空会社を見てみよう。待ち受けていた結果は収益アップではなく、さらなる価格競争だ。つまり、ITに投資するということは、さらなる競争に巻き込まれるということを意味する。収益アップは、約束されたものではない。だからといって、もしこのサービスを開始しなかったらどうなっただろうか? 競争に置いていかれ、早晩、業界から姿を消さなければならないだろう。IT投資とは、生き残り競争に参加するための参加費用と考えることができるだろう。別の見方をすると、IT投資とは、それにより収益が上がることよりも、行わなかった場合の“退場”という自体を防ぐために行うものととらえるべきだ。
銀行のATMを例に取ると、ATMの仕組みを構築するための投資は、会計上で正当性が証明されたことはない。顧客数の増加や収益増などをATMの効果として直接結びつけることはできないからだ。ATMは顧客の利便性を考えた顧客サービスにすぎず、これらは会計上の測定項目にはないことだ。だが、もしATMを提供しなかったら、その銀行は生き残れないだろう。
――1990年代終わり、ITは何か奇跡を起こすもののように語られました。われわれは現在、現実に直面しているということでしょうか?
ヘイワード氏 その通り。ITは、言われていたほど単純なものではないということだ。そして、競争はさらに激化した。ほとんどの企業が、例えば6年前と比較すると競争力が増していることは間違いない。技術に投資したためだ。この数年間に状況は大きく変わったということだ。
では、技術と企業との関係はどのようなものだろうか? われわれの調査から1つ明らかなことは、技術ばかりの企業は勝ち組にはなれない、技術を賢く使った企業が勝ち組になる、ということだ。投資総額よりも技術をいかに用いるかが分かれ目となるのだ。
ITへの失望の1つの原因として、技術プロジェクトの失敗があるが、これは単純に技術の問題ではない。技術を新たに導入するということは組織的にも変化が必要ということが認識されていないためだ。技術を適切に使うためには、プロセス、マネジメント、ビジネスモデル、文化と、多くの事柄を変更しなくてはならない。だが残念なことに、技術のメリットばかりが強調され、これら内部改革の必要性が十分に認識されておらず、プロジェクトが失敗に終わったというわけだ。
――いまは反動の時期、あるいは過渡期ということでしょうか?
ヘイワード氏 IT業界が変わる時期に差し掛かっているといえる。これまで、ITベンダは多くの夢のような効果ばかりを強調し、技術にしかフォーカスしてこなかったが、今後はビジネスの効果にもフォーカスしていく必要がある。つまり、“生産性の向上”といったあいまいなメリットではなく、現実的で具体的なビジネスメリットを説明すべきだ。同時に、企業としての成熟も課題だ。ひところのような、対前年度比50%増などのようなことはもう起こらない。右肩上がりではなく、ゆるやかで安定した成長を前提とした企業活動に転換させていくべきだ。さらに、もっとユーザーに誠実になる必要がある。バグだらけのソフトウェアの提供や、一方的なライセンス条約の提示などは変えていく必要がある。
購入する側にも、変更が求められる。ベンダの言うことを鵜呑みにするのではなく、より注意を払い、正確な情報、適正な効果を要求すべきだ。効果がなければ支払わないというくらいでもよいのではないか。
このように、ITに関しては、ユーザーもベンダも成熟に向かう必要がある。
――日本のIT業界がベンダ主導なのはなぜだと考えますか?
ヘイワード氏 10〜15年前までは、欧米やオーストラリアの企業も、いまの日本の企業のように、IBMのようなハードウェアベンダから戦略から製品までシステムに関するあらゆるものを調達していた。その後、多くのベンダは特定技術に分割され、サービスベースに移行した。だが、日本はいまだにハードウェアベンダがすべてを提供している状態だ。
ガートナー ジャパンでリサーチ事業部兼アジア・パシフィック ディビジョン統括副社長のクレイグ・ベイティ氏 出身地のオーストラリアでは日系企業に勤め、現在は在日2年目 |
ベイティ氏 これはなぜか? 日本では、ハードウェアベンダから製品を購入すると、ベンダから人材が派遣されることが多い。日本以外の国ではUNIXの導入が進み、IBMなどはオープン化を進めたが、富士通や日立、NECは自社の人材を顧客企業に派遣し、ハードウェアプロプライエタリのシステムを構築するなど、オープン化を阻止してきた。日本語がダブルバイトを必要とするなどの特殊性も相まって、日本市場はベンダによるコントロールが強いという特性を持つようになった。SAPやオラクルなどのソフトウェアに関しては、ソフトウェアベンダと提携して提供するというモデルをとっているために、ユーザーは自由に選択できる環境にない。これも日本特有の問題といえる。
また、これらのベンダと政府との強い結びつきも特殊。米国では、ユーザーがアドバイザリボードメンバーとなっていることが多いが、日本では政府関係の人が入っていることが多い。
――日本でもCIOというポストの重要性が認知されるなど、ユーザー側の意識も変わりつつあるようだが。
ベイティ氏 CIOとは本来、情報システムに専門の知識をもった人材が就く役職だ。日本の状況を見ていると、社内の異動がその人の専門知識やスキルと結びついていないため、ITを知らない人がたまたまCIOや情報システム部の部長に就任したというケースが多いようだ。他の国では、CIOなど情報システム出身の人がその後、経営陣のようなより影響力を持つ役職につくが、これも日本ではまれと聞いている。日本企業は、自社のスペシャリストを育てるが、特定分野のスペシャリストは育たない仕組みといえる。そういったことから、日本でプロフェッショナルなCIOを持つ企業は5〜10%と見ている。
このように、日本はITが発展してきた背景が極めて異なる。だからといって悲観的になる必要はない。変化はゆっくりではあるが、確実におきている。日本市場へのガートナーのメッセージとしては、ユーザーがプロフェッショナルなCIOを社内で育成して配置し、(社)日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)のようなユーザー組織が活動をより活発化して、影響力を持つコメントをすること。それまでは、ベンダ主導という状態は改善されないだろう。そういったことからも、弊社は先日の開催されたJUASのフォーラムで講演するなどの活動を行っている。
ヘイワード氏 私の懸念を付け加えると、ある企業グループにハードウェアベンダがいると、そのグループのメンバー企業全員がそのベンダの製品を使わなければならないような文化を持っていることだ。また、技術に関してはそのベンダのリーダーシップをあてにしている。これは、日本全体にとってあまり良い結果を生まないと危惧している。メンバー企業が可能性や選択肢を自ら探ろうとしなくなるからだ。ベンダに不必要に依存して運命共同体となると、ベンダが誤った判断を下した場合、ユーザーも影響を被る。
数年前、日本で講演した際、あるオンラインバンキングの仕組みや可能性を紹介したのだが、講演の後、聴講していたある銀行の幹部がやって来て、「非常にためになった。自分のベンダがなんと言うか待とう」と述べた。つまり、ベンダが提案するまで待つということだ。これは日本以外の国では考えられないことだ。ITサプライヤ1社にそのような多大な信頼を置くということはありえない。
――電子政府についても調査をされているそうですが。
ヘイワード氏 電子政府に関しては、多くの国の政府が似たような目標を掲げているが、それらが適切な目標といえないケースが多い。
電子政府における各国共通の問題点として、以下の2点が挙げられる。1つ目は、政府側がユーザーのニーズを把握していないこと。企業がWebサイト構築をするとしたら、顧客がWebサイトにどんな情報が掲載されていることを望むか、どんな機能を望むかなどを検討するだろう。だが、政府の場合、ユーザー、つまり国民サイドのニーズは考慮されていない。実際にユーザーが望むものとは、トランザクション機能、情報、そして“ブレンドされたサービス”であることが多い。ブレンドされたサービスとは、他の商業サービスと連動できるもの。ユーザーは複数のサイトに飛ぶことを望まない。Webサービスのような技術を用い、同一のサイト上でいろいろなことが可能となるサイトを提供することが、使ってもらうシステムを考えると大切になる。会計に関するWebサイトと政府の税システム、不動産業と法律と税制に関する処理が結びつくとか。
2つ目は、あらゆるサービスをオンライン上で展開することに急ぎすぎた結果、表面的なものになってしまっている点だ。いまあるものをそのままWeb化しただけでは、インターネットのパワーをフルに活用したとはいえない。電子政府により、政府の業務プロセスの簡素化も可能。これらのことに気が付いて、実行している国は少ない。
電子政府関連でおもしろい動きをしているのは、大国よりも、ベネルクスやスカンジナビアなど中・小規模の国に多いようだ。
――先日、あるコンサルティング企業が日本の電子政府は17位と評価していましたが、日本での電子政府の動きをどう見ていますか?
ヘイワード氏 個人的な意見としては、電子政府の動きは日本では、大きな問題となるだろう。電子政府とは突き詰めると、オンラインサービスを提供する以上の意味を持つ。これまでの業務プロセスを見直す機会になるだろうし、国民と政府との関係、民主主義そのものを見直すいい機会だ。日本政府はこれに積極的とは思えない。
電子政府のシステムが政府関連の情報やトランザクションを公表し、規制の緩和や権力の軽減を意味するのであれば、日本政府の伝統とは異なる。このような既存のルールを維持することによりメリットを得ている人が多いからだろう。外国人からみると、日本は情報が少なく、いまだにミステリアスな部分が多い。オープン、透明性といった言葉は伝統的文化に反するようだ。
ベイティ氏 日本に住んでいる1外国人としても、情報を得るのが非常に難しいことは日々痛感している。単なる言語の問題ではないと思う。これが電子政府により改善されるとは、現時点では思えない。時に、他国のWebサイトに行き、日本に関する情報やリサーチを得ることのほうが簡単なことも多いぐらいだ。日本は経済的に見て米国の次に大きな規模を持つ国なのに、だ。文化なのか政府のポリシーなのか、たんなる言語のカベなのか、介在する企業の多いサプライチェーンの仕組みにしろ、物事を複雑にする傾向がある。電子政府はこれを改善するチャンスではあるが、日本政府が本当にそれを実行しようとしているとは思えない。
(編集局 末岡洋子)
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