[ガートナー特別寄稿]
グリッドだけではないOracle 10gのインパクト

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチバイスプレジデント
栗原 潔

2003/9/13

 どちらかというと成熟化したテクノロジであり、あまり大きな動きがないと考えられていたDBMSの世界で、Oracleが9月8日(現地時間)、Oracle 10gを発表した。そのインパクトについて分析してみよう。

「グリッド」と言う言葉

 10gという名称に表れているように、今回の発表では、グリッドという言葉にスポットライトが当たっている。しかし、10gが提供するテクノロジは今までITの世界でグリッドと一般的に呼ばれていたものとは若干異なる。10gの具体的新機能としては、ストレージの仮想化を実現する新しいファイルシステムであるASM(Automatic Storage Management)、サーバのプロビジョニング機能、ポリシーベースのワークロード管理機能などがある。どちらかと言えば、グリッドと言うよりも、一般には「自律コンピューティング」、ガートナーの用語ではRTI(Real Time Infrastrcture:「独自の自律型コンピューティング戦略を発表したマイクロソフト」参照)と呼ばれているテクノロジに近いものである。

 例えば、今まで、グリッドの標準プラットフォームであると考えられてきたGlobus Projectの成果物と10gはほとんど関係がない。オラクルのグリッドと言う用語の使い方そのものに違和感を覚える人も多いのではないだろうか? 特に、Globusに多大な投資を行い、グリッドの次期標準の主力とみなされているOGSA(Open Grid Services Acrchitecture)の策定にも尽力してきたIBMにとっては、オラクルがグリッドという言葉を実質的に再定義してしまったことは面白くないかもしれない。

 おそらく、オラクルがグリッドという用語を使用したのは純粋にマーケティング戦略上の理由である。自律コンピューティングという言葉をアピールするとIBMの後追いと思われかねないこと、また、IBMのe-Business on DemandやHPのAdaptive Enterpriseなどの自律コンピューティングのコンセプトの、一般ユーザーにおける認知度があまり高くないことなどを考え、グリッドという認知度の高い言葉を、あえて業界の慣行とはやや異なる意味で使用することを選択したのではないだろうか?

高く評価できるテクノロジ

 言葉に関する問題はさておき、10gのテクノロジ自体は評価に値するものだ。管理機能の強化は(特に、SQL Serverとの比較において)Oracle DBMSの管理が複雑であるとの批判に答えるものだ。ASMは、ベリタスソフトウェアに明け渡していた魅力的な市場の一部奪回につながるだろう。ユーザーにとっても、サードパーティ製品なしにストレージ管理ができることは好ましい。

 また、9iの時代からの大きな差別化要素であるRAC(Real Application Cluster)の強化が10gの新機能の中心になっていることはまったく正しい。「真のアプリケーション・クラスタ」という名称に表れているように、RACは、アプリケーションの書き換えがほとんどなく、クラスタ構成でスケーラビリティを向上できる。

 複数台のサーバをクラスタ構成にし、並列処理で処理能力を向上するということは、口で言うのは優しいのだが、現実の実装は難しい。共用データのロッキングのオーバーヘッドを回避するためには、複雑なバッファ管理アルゴリズムが必要となるからである。現在、このようなアプリケーション・レベルでスケーラブルなクラスタ製品は実質的に2つしかない、RACとIBMメインフレームの並列シスプレックスである。ゆえに、オープン系の世界では、RACはオラクルの大きな差別化要素である。

 「グリッド」機能以外にも注目すべき新機能はある。まず、データベース・サイズの拡張が行われ、100万テラバイト、すなわち、エクサバイト級となった。テラバイト級のLOB(Large Object)もサポート可能になり、サイズ的には少なくとも今後10年間は安心になったといえるだろう。詳細はまだ明らかではないが、RACにおけるアプリケーション障害時のサーバの切り替え時間も大幅に短縮されたようである。また、OLAP機能がRACに対応したことで、数10テラバイト以上のOLAP(多次元情報分析)が実現可能となった点にも注目すべきだ。

 10gを評価する場合には、あまりグリッドと言うバズワードにとらわれない方が良いかもしれない。9iで実績を積んだRACを拡張し、スケーラビリティと管理性を向上したバージョンであると見なした方が正確であろうということだ。

オラクルの課題は?

 このようにテクノロジ的には高く評価できる10gだが、課題はある。最大の課題はこのようなスケーラビリティの向上に見合うだけの需要を喚起するということだ。従来型のエンタープライズ市場に依存するだけでは大幅な収益増は難しいだろう。多くの企業においてIT予算は横ばい、あるいは微減状態で、かつ、DBMSについてはオーバーキャパシティの企業も存在するからである。

 オラクルの活路の1つはサービス・プロバイダ市場だろう。成功したサービス・プロバイダにとっては、スケーラビリティはいくらあっても十分ということはない。そして、プロビジョニングなどの動的な管理機能は、まさにサービス・プロバイダ向けである。また、SQL Serverやオープン系DBMSが強いローエンド市場のユーザーが、自社インフラの維持をやめてサービス・プロバイダを活用するようになれば、オラクルはこれらの顧客をも間接的に獲得することができる。個人的には今回の発表で、サービス・プロバイダをもう少し前面に押し出してもよかったのでは、と考えている。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチバイスプレジデント 栗原氏からの寄稿である。

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