かつては紙の図面が“みかん箱”にあふれ、案件の全容をつかむのも一苦労。それが今では1人1台のiPadでリアルタイムな情報共有が可能に――。独自の生産管理システムで大幅に業務を改善し、大手に負けない「高品質、低価格、短納期」を実現した2代目社長は、25年間にわたり蓄積してきた12万6000枚の図面と関連情報を「データこそ、わが社の財産」と熱く語る。
太田工作は、静岡県藤枝市に本社工場を構える工作機械向けの加工部品、板金部品メーカーだ。1973年の創業から50年以上の歴史を持ち、現在は長尺加工、MC立型マシニング加工、CNC5軸複合旋盤加工、精密板金製缶加工などの技術を駆使し、従業員数23人の町工場ながら大手に負けない高品質、低価格、短納期を強みとしている。
同社の業態は“超”が付くほどの多品種少量生産だ。2代目社長である太田暢裕氏は「月間で数千件の部品の受注案件がありますが、そのほとんどが4個以下の注文です」と話す。
もっとも、現在のような生産管理体制は当初から確立していたわけではない。太田氏は大学卒業後、他メーカーに約6年勤めてから家業である同社に戻り、経営に携わるようになった。入社直後の2000年初頭は、毎日がドタバタの連続だった。太田氏は当時の様子をこう振り返る。
「当時はEDI(電子データ交換)の仕組みはほとんど普及しておらず、取引先とのやりとりはFAXが主流でした。毎日大量に届く注文書や見積もり依頼、図面などのFAX用紙を“みかん箱”に山積みにしている状況で、社内で扱っている案件の全体像を把握することさえ苦労していました。
注文を受けた部品について、過去の生産履歴などの情報を参照したくても、大量の紙の中から手作業で探し出さなければなりませんでした。結局すぐには見つけられず、その部品の製造に関する工程や使用材料、リードタイムなどを確認できないことがしばしばありました。案件対応は場当たり的になりがちで、納期遅延や加工ミスを生じさせる原因となっていました」
この課題を解決すべく、ローコード開発ツール「Claris FileMaker」(以下、FileMaker)を基盤とするデータベースを構築。太田氏が自ら組み上げたシステムは、25年以上にわたって改良と拡張を続けている。「製造現場の業務フローを徹底的に研究し、品質向上とリードタイムを短縮する生産管理システムを追求しました」と語る太田氏は、「製造の記録こそが、わが社最大の財産です」と強調する。
中学生時代から「マイコン少年」としてコンピュータに親しんできた太田氏。趣味を通じて培ったIT知識やスキルは、前職でも大いに役立った。システムの仕様策定やプレゼン資料作りに「Macintosh」を使い、「FileMaker Pro 2.1」を利用する機会もあったという。
そんな太田氏だからこそ、家業に戻って目の当たりにしたさまざまな課題を「FileMakerで解決できるのではないか」と考えたのは、必然の成り行きだった。こうして最初に開発したのが、図面検索システムだ。
「取引先から受けた案件の注文番号や納期、工程、材料などの属性情報をFileMakerで一元管理し、必要な情報を検索できるようにするシステムです。ただ当時のFileMakerはカード型データベースという仕組みでしたので、300dpi以上の解像度が求められる図面データを扱うには不向きでした。そのため重い画像データを扱う図面管理部分は、Linuxベースで図面検索システムを自作してNAS(ネットワーク共有ストレージ)で稼働させ、FileMakerから参照するという二刀流での運用を行っていました」
こうして“みかん箱”での案件管理から脱却し、現場の混乱を解消した。従来のように大量のFAX用紙の山から個々の案件を探し出す必要はなくなり、WebブラウザからアクセスできるGUI(グラフィカルユーザーインタフェース)で案件を検索するフローに変わった。その成果は見積もり作成や納期回答の精度と速度の向上だけではない。図面付きの手順書や材料現品票といった帳票をFileMakerから出力して、製造現場に対して的確な作業指示を行えるようにもなった。
ただ、太田氏にとって課題解決はまだ道半ばだった。大きな問題として残っていたのは、製造現場への指示が一方通行にとどまっていたことだ。
「どの取引先から受注した案件なのか。どの部品で、最初の工程にはいつ着手するのか。全ての工程がいつ完了する見込みなのか――。こうした進捗(しんちょく)を正確に把握するには、製造現場の作業時間をリアルタイムに取得する必要がありました。それができなければ、納期遅れなどに対して手を打つことができません」
この課題解決を目指して、ある工程管理システムのパッケージ製品の導入を試みたこともあったが、結果としてはうまくいかなかった。このシステムは「PCの設置場所まで人が移動して、専用バーコードリーダーでデータを読み取る」という作業フローになるため、誰も積極的に利用しようとせず、製造現場に運用が浸透しなかったのだ。
失敗を糧に新たな課題解決を探る中、太田氏に大きな転機をもたらしたのが、Claris Internationalが全国各地の認定パートナー企業と共催している体験セミナーを案内する電子メールだった。何らかの気付きを得られればとネビュラが講師を務めた体験セミナーに参加した太田氏。そこではFileMakerと「iPad」を連携させたシステムの作成が体験できた。
「iPadの内蔵カメラでQRコードを読み込むと、関連ドキュメントや画像を表示するとともに、データも入力できるというものです。この仕組みは必ず弊社の課題解決につながると直感し、『FileMakerを基盤に自己流で内製したデータベースを、プロフェッショナルの観点から“本格的な生産管理システム”に作り直してくれませんか』と、その場で代表取締役の松本健吾さんに直談判しました」
ネビュラはClaris Internationalの認定パートナー企業で、静岡県浜松市に本社を構える。FileMakerを用いた生産管理システムや販売管理システム、POSレジなどのシステム開発で30年以上の実績を持っている。
同じ静岡県の企業として、太田氏は親近感と信頼を寄せ、ネビュラにシステム改修を依頼した。こうして2015年から太田工作の伴走者となったネビュラは、具体的にどんな方針でシステム開発に臨んだのだろうか。
今後のシステム拡張を目指す上で、松本氏は「まずしっかりした製品マスターを整備することから始める必要がある」と提言したという。一方で「太田工作が長年蓄積してきた情報はかけがえのないものです。この資産を最大限に活用できるように、さらにiPadの画面はできるだけシンプルに、製造現場が見やすく使いやすいものに仕上げようと心掛けました」と松本氏は振り返る。
こうしてFileMakerとiPadを連携させて機能を大幅に拡張した新システムは、製造現場のプロセスを変化させ、生産性を大きく向上させた。
各作業者は、毎朝配布される指示書に添付されたQRコードをiPadで読み込む。すると自分が担当する製品およびその工程、図面などの詳細情報が画面に表示される。その手順に沿うことで、必要な加工を正しい順序で、確実に完了できる。
「初めて担当する製品はもとより、以前担当した製品でもそれが1年以上も前ともなれば、どんな工具を使ってどんな手順で加工したのか、ほとんど記憶には残っていないものです。新システムは、そんな曖昧な記憶を補って工程の手戻りを防ぐとともに、不良品の発生を大幅に低減させています」(太田氏)
各作業者は、1つの工程を終えるたびにiPadでQRコードを読み込み、同時に写真を撮って記録を残す。こうしてFileMakerサーバには仕掛かりの製品の最新工程が常に反映される。工程管理を担う太田氏は、現場に問い合わせなくても進捗状況をリアルタイムに確認できるようになる。
「お客さまから納期を早めてほしいと相談された場合でも、FileMakerでリアルタイムの作業工程を確認し、その場ですぐに可否を返答できるようになりました。各工程の終了時の写真を残しているため、製品に問題が発覚した場合のトレーサビリティーも確保できます」(太田氏)
現場に定着しなかった過去の工程管理システムと違って、今回のシステムが現場にスムーズに受け入れられたのは、作業者一人一人にiPadを支給したことが大きなポイントだったと考えられる。
「製造現場では熟練の作業者が減少する一方、ベトナムやカンボジアから受け入れた技能実習生が増加しています。彼らはもともとiPhoneなどのスマートフォンの操作に慣れていることから、iPadも喜々として積極的に使いこなしていました。写真や動画を活用して作業手順を共有するアイデアは、現場が自発的に始め、言語の壁を越えたコミュニケーションを実現してくれました。各工程の記録を確実に残すことで、今後同じ製品を誰が担当しても大丈夫な体制が整いつつあります。作業の履歴は後々必ず役立つという認識が全社に広まり、技能実習生や若手への技術伝承にも大きな効果を発揮しています」(太田氏)
その後もFileMakerとiPadを連携させた生産管理システムは着実に機能を拡張して、2025年7月現在は下記のような情報を管理している。
「太田さんの構想に基づいてFileMakerを最大限に活用しながら拡張を図ってきたこのシステムは、今やERP(統合基幹業務システム)に匹敵する複合型システムに発展したといっても過言ではありません」と松本氏は語る。
「FileMakerとiPadの組み合わせは、中小企業にとって非常に強力な武器となり、実際に弊社内で乱雑に積み上げられてきた『暗黙知』を整理して見える化し、会社の『財産』へと変えてきました。25年以上にわたりFileMakerに蓄積した図面は12万6000枚を超え、工程完了データも膨大な件数に達しています。将来的にはこれらのデータをもっと活用したいと考えています。例えばFileMakerに高度なAI機能を連携させて、類似図面の検索や工程間リードタイムの自動更新、工程の最適化などにも取り組んでいこうと考えています」
太田氏が語る通り、太田工作は将来を見据えて、大手に負けない「工場のスマート化」を追求し、中小企業の未来に向けた新しい一歩を踏み出そうとしている。
※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:Claris International Inc.
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2025年9月26日