深夜の呼び出し。早く資料を届けないと!:ITアーキテクトが見た、現場のメンタルヘルス(5)(2/2 ページ)
常にコンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニアたち。しかし、ITエンジニアを取り巻く環境自体に、「脳を乱す」原因が隠れているという……。ITアーキテクトが贈る、疲れたITエンジニアへの処方せん。
終電で居眠り。急いで降りないと!
そして営業の忘れたことリストは、さらにグレードアップします。
営業はノートパソコンを持ち歩いて仕事をしています。もちろん、パスワード設定や保存データの暗号化は忘れていません。衝撃から守るための専用かばんも購入して、万全を期していました。
あるとき、帰宅が終電になりました。疲れていたので電車で居眠りをしたそうです。目が覚めると、電車は下車する駅に停車中でした。営業はあわてました。「急いで降りないと!」
間一髪、下車することができました。でも自宅に着いた後、とんでもないことに気付きました。パソコンのかばんがないのです。電車を降りるとき、あせっていたため持ち慣れた書類かばんだけをつかんで降りたのです。明らかに置き忘れです。
パソコンの置き忘れには気を付けろ。会社から、耳にたこができるほど聞かされていたことでした。でも自分が当事者になるとは、一度も思ったことがありませんでした。新聞などで目にするデータ流出事件のことが頭をよぎりました。
すぐに会社の緊急時連絡先に連絡し、悶々としながら電車の始発時刻を待ちました。生きた心地がしなかったそうです。
始発の時間になって駅に電話すると、かばんは無事、遺失物として保管されていました。すべての持ち物を1つのかばんにまとめておけば防げたかもしれない、これもくやしい忘れ物でした。
このように、忘れたことリストを整理すると、自分がどんな状況で失敗が多いかが分析できます。営業の「忘れたこと」に共通するのは、「急ぐ」とか「時間がない」「せかされる」という状況です。こういう緊急時に、「忘れたこと」が起こってしまうようです。
すぐに驚かない、すぐに手を付けない
コンピュータは、緊急時の処理が得意です。急ぎの処理(割り込み処理)が発生したら、実行中の処理を中断してそちらを実行できます。中断した処理の途中経過はきちんと保存され、割り込み処理が終わった後に正しく再開できます。
ところが人間は、割り込み処理が苦手です。人間の脳は、ホルモンが人間の気持ちや思いを電気信号に変換することで働いているそうです。コンピュータのように0と1が規則正しく切り替わって動くわけではありません。そこに割り込み処理が入ると、電気信号が交錯します。いろいろな情報が脳で混ざり合って、元の処理も割り込み処理も交錯し、混乱状態になります。
ITの現場では「私に割り込まないで!」というようなことはいえません。思いもよらないところから急ぎの依頼やクレームが割り込んできます。これはなかなか防ぎようがないでしょう。だとしたら、割り込みに振り回されず、緊急時でも正しく自分を保つ方法を身に付けておいた方がトクです。
そのために役立つ、「すぐに対応しない3活用」という方法があります。紹介しましょう。
活用1 | すぐに驚かない |
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活用2 | すぐに手を付けない |
活用3 | すぐに成果を求めない |
活用の1つ目は、割り込みや緊急事態が発生しても「すぐに驚かない」ことです。突然の出来事には誰でも驚くものですが、これにいちいち反応していると脳が疲れてしまいます。割り込みや緊急事態はいつでも起こる。そう考えて仕事をすると、突発事態でも、脳の乱れを最小限に抑えられます。
2つ目は、「すぐに手を付けない」ことです。早く火事を消したいとき、あせってすぐに手を付けてしまうと、間違って水ではなく油をかけてしまうかもしれません。がむしゃらに対応するよりも、まず正しくて失敗がない手順を考える。その後に行動する。これが一番、最短で納得して行動できます。
3つ目は、「すぐに成果を求めない」ことです。自分の脳は1つなので、割り込んできた仕事をやり始めると、全体の仕事の速度は落ちます。割り込み処理を入れたら、すべての成果をきれいに出そうとは思わないこと。これが自分の脳を乱さないコツです。
この内容を聞いて、営業はいいました。「今度は、忘れなかったリストを持ってきてもいいですか。ひょっとしたら、そこに自分の成功の秘けつがあるかもしれないと感じました」。大正解です。失敗を分析する目的は、失敗を繰り返さないため。成功を分析する目的は、成功の度合いを高めるためです。
会社や組織に多少のマイナスパワーが存在しても、それを上回るプラスパワーがあれば、皆さんのメンタルヘルスは良い方に向かうはずです。今回紹介した方法などで自分レビューを実施して、メンタルヘルスの向上に役立ててほしいと思います。
筆者紹介
樋口節夫
日本アイ・ビー・エムに22年間勤務し、その後独立。アーキテクトとしてメインフレームからオープンシステムまで幅広いシステム構築に携わった経験から、コンピュータシステムの良しあしはそれを使う人間の良しあしによって決まることを発見。人間のパフォーマンスアップツールとしてITコーチング手法を開発し、人材開発およびテクニカルコンサルタントとして活躍中。『ITコーチング入門―SE・ITエンジニアのための問題解決とスキルアップ』(技術評論社刊)をはじめ、技術系や人材系の著書多数。主宰する樋口研究室では、ITエンジニアが危機から身を守るための練習会(ワークショップ)も実施している。
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