なぜ、ITエンジニアの頭脳は疲労するのかITアーキテクトが見た、現場のメンタルヘルス(1)(1/2 ページ)

常にコンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニアたち。しかし、ITエンジニアを取り巻く環境自体に、「脳を乱す」原因が隠れているという……。ITアーキテクトが贈る、疲れたITエンジニアへの処方せん。

» 2007年08月27日 00時00分 公開
[樋口節夫樋口研究室]

ITエンジニアの2つのボトルネック

 ITの仕事をうまくこなしていくには、もちろんコンピュータに関する専門的な知識や経験が必要です。しかしそれ以前に、まずは自分の心や体が健康であることが必要です。

 生き生きしているITエンジニアからは、自然に良い発想や行動が出てきます。活力あるITエンジニアの元には、たくさんの人が集まります。人が集まれば、そこから面白い知恵やアイデアが生まれてきます。コンピュータの技術は、元気な人から生まれ、元気な人が育ててきた、そういう歴史で成り立っています。

 しかし、いつもいつも元気よく働けるかというと、そうとは限りません。それを邪魔するものがたくさんあるのです。

 人間には、実は2つのボトルネックがあります。

 1つは「体力」です。体を酷使しすぎると、筋肉が疲労して動けなくなります。もう1つは「脳(のう)力」です。脳が疲れていると、良い手法やツールがあってもうまく使いこなせなくなってしまいます。

 コンピュータのハードウェアやソフトウェアがどんなに優秀でも、それを使うのは人間です。人間の体力や脳力が落ちていると、正確にコンピュータを操ることができません。数々のコンピュータのトラブルを解決した経験から、私はその原因が、常にコンピュータを作ったあるいは操作した人間にあることを知っています。

 私の主宰する「樋口研究室」では、どうやって人間の2つのボトルネックである体力と脳力をバランス良く機能させ、効果的に発揮するかを考えています。そしてITエンジニアの「心と行動の構造」(樋口研究室では「人間のアーキテクチャ」と呼んでいます)にポイントを置き、このボトルネックの解決策を探っています。

 その結果生まれたのが「ITコーチング(ITプロフェッショナル・コーチング)」という手法です。

コンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニア

 樋口研究室のオフィスには、いつもたくさんの人が集まってきます。先日、以下のような悩みを持つITエンジニアが訪れました。

 「会社では忙しく仕事をしています。内容も高度なものです。でも、あまり面白くないのです。うまくいえないのですが、がけっぷちにいるようです。もうすぐ下に落っこちそうな気分で、まったく余裕がないのです」

 なるほど、確かにそうかもしれません。私も過去を思い出してしまいました。複雑なコンピュータのトラブルに見舞われて、四苦八苦したものです。解決したときは「うれしい!」というよりは「助かった……」という思いの方が強く、すんでのところで乗り切れてよかった、という感じでした。

 こういう経験を何度もしたので、私は「コンピュータは基本的に止まるもの」と思っています。私のようなコンピュータの専門家がこういっては身もふたもないかもしれません。しかし最近の世の中は、こういい切ってしまうことを許してくれなくなってきました。

 最近のビジネスや生活の環境では、すべての仕組みがコンピュータで成り立っているといえます。ひとたびコンピュータが止まれば多くの人が損をします。コンピュータを操作するのは人間であり、人間の脳は電源が入っていれば無限に動くというものではありません。

 しかしやっかいなことに、ITエンジニアの脳は、コンピュータと同じように常に正確に動くことが期待されています。私は長年コンピュータの現場を見ていて、このことには何だか逃げ場のない恐ろしさを感じています。

ITエンジニアを取り巻く困難

 私は、お客さまと一緒にスキルを磨いてきたと思っています。しかし先日、私のオフィスを訪れたあるプロジェクトリーダーから、びっくりするような言葉を聞きました。

 「自分の担当しているお客さまは、性悪なんじゃないかと思います」

 お客さまは私たちに仕事を与えてくれる人です。そういう人を性悪などといっていいものか……。

 でも話を聞いてみると、これは誇張でも何でもありませんでした。お客さまはそのまた上司から「とにかくコストを最小限に抑えてシステム構築を進めろ」といわれています。最近のプロジェクトは非常に複雑で、全体を把握するのは困難です。専門家の作った提案書や見積もりが正しいのか誤っているのか、それをきちんと吟味することが難しくなってきています。お客さまも必死で自分の職を守ろうとしています。そういう状態で、「協力会社やグループ企業に優しく接し、いい関係を築きなさい」といっても無理でしょう。

 苦楽を共にした仲間も、いつの間にか別の会社に移ってしまう。気が付いたら同僚さえもライバルになっている。ようやく探し出した協力者も、所属する会社や本人の都合で勝手に辞めていく。IT業界には、そういうさまざまな難しい出来事が存在しています。

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