常にコンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニアたち。しかし、ITエンジニアを取り巻く環境自体に、「脳を乱す」原因が隠れているという……。ITアーキテクトが贈る、疲れたITエンジニアへの処方せん。
前回「なぜ、ITエンジニアの頭脳は疲労するのか」では、ITエンジニアを取り巻いている困難な状況について、またITエンジニアの脳を乱す構造が、所属する組織や現場自体に潜んでいることを紹介しました。今回からは、この脳を乱す構造を1つずつ解き明かし、皆さんがそれから身を守るための方法を探ります。
コンピュータを扱う現場には、人間の正しい行動を邪魔するパワーが隠れています。それがあるとき、ひょっこりと現れたりします。
先日、あるプロジェクトリーダーが樋口研究室のオフィスに来て、こういうことをいいました。
「時々、自分が信用できなくなることがあるのです」
さほど特殊な作業をしているわけではない、普通のリーダーです。私はそういう人が「自分が信用できない」などというのを聞いて少し戸惑いました。そしていろいろと事情を尋ねてみたのです。
すると、このリーダーの心が、メンバーの何げない言葉や行動から、大きなマイナスパワーを受けていることが分かりました。
リーダーは、ある納期遅れのプロジェクトにかかわっていました。このプロジェクトは過去何度も納期を変更しており、ついに管理部門の品質レビューを受けることになったそうです。
納期が守れておらず、コストも超過している状態です。このプロジェクトに参加しているメンバーにとっては、力ずくでも作業を進めていかなければならないフェイズということになります。メンバーは相当疲れています。この時期のレビューは、メンバーにとって重い負荷ですし、面倒な作業です。しかし、これ以上会社やお客さまに迷惑を掛けないためにも、このレビューは実施せざるを得ません。
レビューの担当者にアサインされたのがこのリーダーでした。リーダーは、苦しい状況の中でいかにうまくレビューを乗り切るか、真剣に考えたそうです。
「1カ月以上も前から関係者に告知をしていました。レビューの手順や準備の方法について何度もガイドしたし、レビューの1週間前には確認メールも出しました。関係者からは『よくやってくれているね』との言葉をもらっていたし、私自身、レビューはうまく乗り切れるだろうと感じていました」
私は、リーダーがレビューの準備のために実施した内容を詳しく教えてもらいました。作業を正確に進めるため、緻密(ちみつ)に計算された内容でした。
しかしレビューの前日、リーダーの脳の乱れが起こったのです。「レビューの前日に、関係者が集まるミーティングがありました。そこで私は関係者から、驚くべき言葉を聞きました」
驚くべき言葉とは何だったのか、私は尋ねてみました。
リーダーは関係者に、レビュー資料の準備状況を尋ねたそうです。すると、なんと関係者の全員が、平然としてこういったというのです。「そんなレビューがあるなんて知らなかった」「なぜもっと早くいってくれなかったのか」
レビューのアナウンスも、準備のガイダンスも、間違いなく行っている。関係者から「了解した」という返事ももらっている。なのに……。リーダーは関係者からの言葉を聞いた瞬間、怒りよりも先に、このようなことを感じたそうです。
「え……、どうして? 一体、何が起こったの?」
リーダーは、それまでに自分が実行したアナウンスやガイダンスの経緯や内容を、激しく、かつ抗議の意を込めて、関係者に説明し始めました。しかし気持ちが高ぶっていて、うまく相手に説明できません。リーダーには自分が乱れている様子が、手に取るように分かりました。
このとき、リーダーは自分の力を信用できなくなったそうです。そして本気で感じたそうです、「ああ、私、何か間違ったのかも……」と。
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