常にコンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニアたち。しかし、ITエンジニアを取り巻く環境自体に、「脳を乱す」原因が隠れているという……。ITアーキテクトが贈る、疲れたITエンジニアへの処方せん。
相手に評価されない、相手に要求が伝わらない。ITエンジニアの皆さんは、そういう経験をしたことがありませんか。
当然ですが、自分の脳と相手の脳は違います。相手の気持ちと自分の気持ちがピッタリと一致することはまれです。でも会社では、「合わない人」と一緒に仕事をしなければいけないこともあります。そんなとき、皆さんはどうやって乗り切ろうと思いますか?
今回は、「合わないな」と感じる人がいる状況でも、自分の心を乱さず前進する方法を考えてみたいと思います。
いつも難しい顔をして樋口研究室のオフィスに来るSE(システムエンジニア)さんがいます。私の出した宿題を、ギリギリまで考えているのだと思います。でも今日はとても明るい顔をしてやって来ました。何かいいことがあったのでしょうか。私は尋ねてみました。
「先日、人事考課がありました。私の評価が良くなったのです」
顔が明るくなる気持ち、分かります! でもここまでくるには、SEと私の長い道のりがあったのです。
私がSEと初めて会ったのは1年くらい前のことです。SEはお客さまのプロジェクト現場に常駐していました。仕事はまじめにやっています。でもSEには、1つ気になることがありました。同期入社の社員と比べると、明らかに昇格が遅れていたのです。
同期の社員たちは、主任からグループリーダー、プロジェクトマネージャへと、どんどん昇格しています。でもなぜか自分は昇格が遅い。仕事の仕方がまずいのか、スキルが足りないのか。何が問題なのだろう? SEは、何とかこの状況を改善したいと思っていました。
プロジェクトが進むにつれ、SEの仕事は忙しくなっていきました。同期との飲み会のお誘いメールが来ても、作業やトラブルで断ってばかり。そのうちお誘いもなくなってしまいました。
仕事は難しいし、お客さまにも怒られる。納期も厳守しないといけない。私はちっとも良い思いをしていない。同期の仕事は私よりマシ。なのに私と同じ給料をもらっているのは変だ。SEはそんなふうに思っていました。心の中に、少しずつ「不公平だ」との思いが積み重なっていきました。
私が初めて会ったとき、SEはこういっていました。「ひどい仕事に放り込まれた。自分だけが損している気分……」
そこで私は、SEの仕事のやり方についていろいろと尋ねました。何か問題が見つかるかと思ったのです。でもSEは、きちんと仕事をしていました。お客さまからの評判も良いものでした。それゆえにSEは、会社に評価されていないことに余計に腹を立てていたのです。
ちょうどそのころ、SEは上司との目標面談の時期を迎えていました。目標面談とは、会社でどのように働きたいか、どんなふうにスキルを伸ばしていきたいかを含め、向こう1年の目標を上司と話し合う機会です。SEは自分の目標を記入した書類を作る必要がありました。でもSEは、この面談は無駄な作業だと思っていました。
「目標を決めてもそのとおりになりません。会社に文句をいっても改善されません」
SEの思いにも、それなりの理由がありました。SEは現場にいますが、上司がいるのは本社です。SEが本社に戻るのは、交通費精算と福利厚生手続きのときだけ、それもお客さまの作業が終わった夜遅くです。上司と顔を合わせることなどめったにありません。
上司はSEを知らないし、SEも上司を知らない。そんな上司と目標面談をしても意味はない。SEは以下のように決めていました。
「時間の無駄だから、書類は適当に作ってメールして終わらせよう」
これを聞いて私はピンときました。もしやここにSEの改善点があるのでは? そう感じたのです。そこで私は、開発現場から離れて、少し違った側面からSEを眺めてみようと思いました。
まず私はSEに、上司が要求しているのに実行していないことがあるのかどうかを尋ねてみました。
するとSEが話し始めました。週1回の作業レポートを出していない。月1回の帰社日に本社に戻らない。休暇届けを出さない。決められた研修を受講していない。結構な数が出てきたのです。
次に私は、会社が要求しているのに実行していないことを尋ねてみました。
交通費精算の締め切りを守らない。部長が異動したことを知らない。会社のメールニュースは読まない。イントラネットのパスワードを変更していない。健康診断を3年受けていない。これもたくさん出てきました。私が驚く以上に、話しているSE本人が驚くほどです。
SEはいいます。「とはいっても、お客さまの作業が優先です。時間がないのです」
確かに正論です。でも、会社の立場で考えてみるとどうでしょうか。
給料は、社員が会社という道路に従って正しく車を運転することへの対価といえます。調子が良くてスピードを出し過ぎるとか、調子が悪くてスピードを落としてばかりとか、自分のペースだけを守っていると、燃費の悪いやつだと判断されるケースもあるかもしれません。回線の遅いインターネットやブチブチ切れるIP電話がユーザーから嫌われるのと同じように、一定の品質で作業ができない社員も、会社から嫌われる可能性があります。
これを聞いてSEはいいました。「なるほど。雇い主である会社から見ると、私の品質は悪いのかもしれません……」
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