Watsonはスマートフォン/ウェアラブル端末で収集したユーザーデータの活用で医療ITを革新できるのか:ヘルスケアだけで終わらせない医療IT(4)(1/3 ページ)
「IBM Watson」は、スマートフォンやウェアラブル端末などのデバイスから収集したデータと、電子カルテや遺伝子情報などの膨大な医療情報とを有機的に結び付けて医療現場の活動を支援できる認知システムとして注目を集めている。本稿では、2015年5月19日、20日に東京で開催された「IBM XCITE SPRING 2015」での講演内容を基に、IBM Watsonがどのように進化し、医療やライフサイエンス分野で活用されようとしているのかを紹介する。
編集部より
IoTやウェアラブル機器の普及で広まりつつあるヘルスケアIT。しかし、そこで集まる生態データは電子カルテや医療で生かされていないのが、現状だ。@IT特集「ヘルスケアだけで終わらせない医療IT」ではヘルスケア/医療ITベンダーへのインタビューやイベントリポートなどから、個人のヘルスケアだけにとどまらない、医療に貢献できるヘルスケアITの形を探る。
今回は、2015年5月19日、20日に東京で開催された「IBM XCITE SPRING 2015」での講演内容を基に、IBM Watsonがどのように進化し、医療やライフサイエンス分野で活用されようとしているのかを紹介する。
現実化するスマートフォン/ウェアラブルデータの医療活用
本格的なIoT(Internet of Things)時代を迎えつつある今、スマートフォンやApple Watchなどのウェアラブル端末で収集した体温や脈拍などの生態情報を、ヘルスケアの領域で活用するだけにとどまらず、医療領域で積極的に活用して医師をはじめとする医療従事者の活動を支援しようとする動きが活発化している。
こうした取り組みを実現する切り札として注目されているのが、「IBM Watson」(以降、Watson)である。Watsonは、ビッグデータをクラウド上で解析、学習して、人間の高度な意思決定を支援する技術と位置付けられている。
IBMは2015年4月、ヘルスケア分野でのWatsonの活用を推進する専門の事業部門となる「IBM Watson Health」の創設を発表。スマートフォン/ウェアラブル端末で収集したユーザーデータをクラウド上に集約し、Watsonの技術を使ってビッグデータ解析サービスを開発、提供することを明らかにしている。
同社は、Watson Healthの立ち上げとともに、アップルとの提携関係を拡大し、アップルが提供するiOSアプリ開発用の「HealthKit」「ResearchKit」を採用する開発者に対して、アプリが収集するユーザーデータをセキュアに保存、解析、モデリングできる「Health Cloud」を提供するとしている(参考:IBM、「Apple Watch」などのヘルスビッグデータ部門「Watson Health」立ち上げ - ITmedia ニュース)。
HealthKitは、iPhoneやApple Watchで収集するヘルスケアデータをサードパーティアプリで使えるようにするためのツール。ResearchKitは、iPhoneやApple Watchのユーザーが医療機関の研究にデータを提供できるようにするオープンソースソフトウエアのフレームワークである。当のIBM自身も、HealthKitを使って企業向けのアプリを開発し、「MobileFirst for iOS」アプリとして提供する計画だ。
さらにIBMは、医薬品/日用品大手のJohnson & Johnsonおよび米医療技術大手のMedtronicsとの提携も発表。Johnson & Johnsonは、手術患者の術前/術後ケアを支援するモバイルベースのコーチングシステムを、Medtronicは患者データの分析結果を活用する機器を開発するとされている。さらに、医療データのクラウドサービス企業であるExplorys、公衆衛生統合管理ソフトウエアベンダーであるPhytelの買収も発表。ヘルスケア/医療分野のデータ分析能力を強化している。
Watsonで何が実現されるのか?
では、ヘルスケア/医療分野に革新をもたらすと期待されているWatsonは、どのような技術なのだろうか。
Watsonが最初に世の中で注目されたのは、米国の人気クイズ番組「Jeopardy(ジョパディ)!」に出演し、人間のクイズ王と対戦して勝利を収めた2011年2月のことだ。当時の新聞や雑誌は、人工知能(AI)システムがクイズ王を破ったと報道し、人々を驚かせた(参考:IBMのスーパーコンピュータ「Watson」、クイズ対決で人間に勝利 - ITmedia ニュース)。
それから4年が経過した現在、Watsonはクラウド化が図られる一方で、機能/サービスの大幅な拡充が行われ、ヘルスケア/医療をはじめ、金融サービス、顧客サポートなど、さまざまな領域で実用化/商用化が本格的に進みつつある。
Watsonは4年前、AIを実現するシステムとして注目を集めたが、IBM自身は、WatsonをAIの枠にとどまるものとはみなしておらず、ビッグデータを駆使して自然言語を理解、学習し、高度な人間の意思決定を支援する「コグニティブ・コンピューティング(Cognitive Computing)」技術と定義している。
「コグニティブ・コンピューティング」とは何なのか。日本IBMで成長戦略Watsonの理事を務める元木剛氏は、次のように説明する。
「AIは、人間の知能の働きを再現することを目指すものだが、われわれはそれだけでは十分ではないと考えている。最近、AIに代わるキーワードとして「IA(Intelligence Amplification:知能増幅)」という言葉が再評価されつつあるが、これは、人間の知的な活動を補完したり、拡張したりすることを意味している。コグニティブ・コンピューティングは、まさにその方向を目指すものだ」
商用化/実用化に向けた取り組みが本格化
ここでは、Watsonがどのように進化しつつあるのかを見てみよう。
Watsonの研究開発がニューヨークの研究所でスタートしたのは、Jeopardy!で勝利する4年ほど前のことだ。その目的は、大量の文献から自然言語を理解、学習し、人間のような知的な意思決定支援を可能にすることだった。具体的には、人間の質問に対する応答を自動化することである。プロジェクトには日本IBMの東京基礎研究所からも2名の研究者が送り込まれたという。
Jeopardy!に挑戦した当時のWatsonの特徴は、主にテキストで書かれた文献から自然言語を的確に「理解」し、膨大な文献データから知識を獲得して「学習」すること。そして、思考、判断の背後にある「根拠」をきちんと提示すると同時に、その確信度を提示することである。これらの機能は、現在でも変わっておらず、Watsonの基本的な特徴となっている。
Watsonはその後、クイズに解答する質問応答技術の手法を一般化する取り組みを進めると同時に、さまざまな機能やサービスを拡充していった。また、パイロットプロジェクトにも積極的に取り組み、ヘルスケア/医療をはじめとする、さまざまな分野での実用化を進めながら適用領域を広げていった。
2014年1月には、Watson専門の事業部「IBM Watson Group」が立ち上がり、Watsonをクラウドサービスとして提供するなど、事業化に向けた取り組みがスタートした。パートナープログラムのエコシステムも本格的に稼働しており、健康アドバイスを行うスマートフォンアプリ「Welltok」をはじめ、すでに数多くのサービスの提供が開始されている。
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