頓挫したプロジェクトに5000万円支払うのは、“普通”なのか?:コンサルは見た! 与信管理システム構築に潜む黒い野望(2)(4/4 ページ)
箱根銀行の与信管理システムはバグだらけだった。粗い要件定義書、荒ぶるユーザー担当者、銀行業務に明るくないシステム開発会社、プロジェクト失敗の原因はどこにあったのか?――ITコンサルタント白瀬と江里口は事件を解決できるのか?
イチ抜けた
「白瀬さんに、ちょっとお知らせしたいことが」と、別府部長から電話があったのは数日後のことだ。
「実は、ゴールウェイテクノロジーがプロジェクトを抜けると言いだしまして。力不足だったと……」
「そんな! 確かゴールウェイには、既に1億円くらい払ってるんですよね? 金だけもらって途中で引き上げるなんて無責任過ぎる」
「まあ、しかし箱根銀行サイドもいろいろと問題がありましたから。あまり無理も言えないかと……。とにかく、ベンダーを代えて早々に再スタートを切りませんと」
「もしかして、既払い金の返還もしてもらわずにですか?」
「そこは草津に交渉させてます。既払い金1億円の半分くらいは返してもらうことになりそうです」
「ということは、ゴールウェイには5000万円渡すってことですか?」
白瀬の中に1つ、違和感が増えた。
5000万円と1億円の差
「ゴールウェイに一番厳しく当たっていた草津がそう言うんですから、そこはそれくらいかと。草津の話では、システムの8割方は完成していて、後は誰でも引き継げる状態なので、一定の成果物にはなっているそうです」
このプロジェクトの契約は「請け負い」だ。原則的には仕事が完成しない以上、一銭も払わないことだってあり得る。確かにITプロジェクトでは、請け負いであっても、作業量に応じて一部の支払いをすることもあるが、それはあくまで交渉の結果であり、最初からユーザー側が「半分は払う」と言いだすのは珍しい。
「それに私も、今回の失敗はやはりわれわれと申しますか、草津にも非があると思いましてね。それで……」
「そうですか」
白瀬の心に、さらにモヤモヤしたものが広がった。システムが本当に8割方できているのなら、どんなに草津が嫌な人間だったとしても、もう少しの我慢ではないか。ゴールウェイ規模の会社にとって、5000万円と1億円の差は大きい。ここまでやってきたのなら、石にかじりついてでも仕事を完遂し、満額をもらえるようにしたいものではないだろうか。
「いずれにせよ、代わりのベンダーを探さないといけませんね」
白瀬は心配したが、別府の答えは意外とあっさりしたものだった。
つづく
「コンサルは見た! 与信管理システム構築に潜む黒い野望」第3話は9月7日掲載です。白瀬と美咲のその他の事件解決譚は、書籍『システムを「外注」するときに読む本』をご覧ください。
書籍
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※この連載は、本書制作時に諸所の事由から掲載を見送った「幻の原稿」を、@IT編集部が奇跡的に発掘し、著者と出版社の了承を得て独占掲載するものです
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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