作業工数は1075万円分ですが、446万円しか払いません。瑕疵対応は無償でしょう?:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(46)(2/3 ページ)
定額制の保守契約にもかかわらず、瑕疵対応を理由に支払いを減額され続けた保守ベンダー。準委任と請負の悪いところ取りな契約を、裁判所はどう判断したのだろうか。
「準委任契約」か「請負契約」か
判決文を読むと、この契約が「準委任契約」なのか「請負契約」なのかが非常に曖昧である。
「毎月定額で継続的に作業をする」という点は、支払いの根拠を「作業時間」に持つ準委任契約と考えられる。一方、「支払いの条件がユーザーの検収、つまり仕事の完成」にあり、「瑕疵の修補は支払いの対象にならない」とする当たりは請負契約に見える。
ベンダーは「請負に見える部分は本来の契約と異なっているものだ」と訴えたが、作業の実態は「月額費用の上限は決められていながら減額だけは可能」という随分とユーザーに都合の良いものだった。果たしてそれは契約に対して妥当だったのか。
裁判所はこの契約が準委任なのか請負なのか、以下のように判断した。
東京地方裁判所平成24年4月25日判決から(つづき)
本件個別契約の契約書では、(中略)仕事の内容を定めるのではなく(中略)稼働時間によって定めていたこと、(中略)ベンダー社員が常駐させられ、ユーザーの完全な指揮命令下に置かれ、(中略)請負であれば、当該月の作業内容、時間が大きく変動することが予想されるのに、月額メンテナンス料を299万2500円と定めていたことが認められるのであり、(中略)本来は準委任契約に近い性質を有していたものとみるのが相当である。
しかし、本件個別契約の契約書の作業内容には、本来、請負として把握するのが相当である「ソフトウェアの軽微な改変または機能追加」が含まれていて、(中略)必ずしも軽微とはいえない改変または機能追加も本件個別契約に基づいて行われていたと認められる。また、報酬支払いの前提としてユーザーによる「検収」を定めており、ユーザーからのクレームに押され、実績工数を大きく下回る請求工数となることが常態化していたから、その後の運用の実態において、本件個別契約の実質は請負に近いものとなっていた。
このような実態に照らすと、当事者間の黙示の合意により契約内容が変更されたものとみる外ない。
契約は「実態」によって黙示的に変わる
「契約の変更はされなかったが、両者の黙示的な合意によって実態は請負に変更された」という珍しい判断だ。私は今まで多くのIT訴訟を見聞きしてきたが、正直、こうした例は初めてだ。契約書という「紙」も「実態」と「黙示的な合意」の前では万能ではないということになる。
もっとも、保守の現場を経験したことのある私からすると、この契約変更が本当に「両者の合意」の下でなされたのかは、極めて疑問である。
社員を299万円分常駐させられ、実際の仕事量はそれを上回るリスクも背負っていたにもかかわらず、仕事の完成をユーザーが認めなければ支払いを減額されるという契約は、かなりベンダーに不利な条件だ。請負と準委任の「悪いとこ取り」に作業が変質していくのをベンダーが喜んで受け入れたとは到底思えないが、顧客との関係維持を重視せざるを得ない弱みにつけ込まれたのかもしれない。
ただ、ここで裁判所は「契約だけが全てではない」とする考え方を提起している。「いくら契約があっても、常識的に考えておかしいとなれば、100%それに縛られるとは限らない」という判断だ。
裁判所は当初見積もりを超える工数をベンダーが請求することについて、以下のように判断した。
東京地方裁判所平成24年4月25日判決から(つづき)
(ベンダーの当初見積り工数よりも超過した工数分の請求が認められるかについては)、社会通念によってこれを決める外ない。見積もりに応じて発注がされている以上、見積工数を超過する請求工数は原則として認められないと解すべきである。ただ、超過するに至った原因がユーザーによる追加的な指示に起因するときはユーザーが負担すべきである。
「見積り時点で想定されていなかった作業は、ユーザーが追加費用を払うべき」とする判決で、ベンダーには請求した300万円の半額が支払われることになった。
「準委任契約であっても、その実態が請負であることに両者が合意したのなら、契約形態は黙示的に変わる。ただし、当初の契約時点で想定していなかった作業についてはユーザーが負担すべき」としたものである。請求が600万円だったのに対して、支払いが300万円だったのは、ベンダーの行った作業が本当に想定外のものであったかなどを精査しての結果である。
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