量子コンピューティングは“物理実験”の段階にあり、企業はアルゴリズムの研究に集中せよ:暗号解読やDB検索以外にも用途あり(2/2 ページ)
エンタープライズ分野のITリーダーのために量子コンピューティング分野を調査しているChirag Dekate氏(GartnerでResearch Director、HPC Servers、Emerging Tech.を務める)に、一般企業と国が今、何をすればよいのかを聞いた。前半ではDekate氏が2018年4月27日に講演した内容を紹介。後半では既存の暗号が解読されてしまう課題などを同氏にインタビューした。
企業が今すべきは、“過剰な期待”を捨て、アルゴリズムの研究に集中すること
──Dekateさんは、講演の中で「広くサポートされる量子プログラミングのアプローチを選ぶべきだ」と提言していましたが、企業はどのような点に着眼すべきでしょうか? 例えば、量子ゲート方式(チューリングマシンを量子ビットで再構築したもの)と量子アニーリング方式(組み合わせ最適化問題を解くための一種の物理実験装置)の違いについてはどのように考えますか?
Dekate氏:確かに両者は違います。量子アニーリング方式は、量子コンピュータではないと主張する人もいます。ただ量子コンピューティング分野では、異なる組織が異なるアプローチで“量子物理実験装置”を作っています。その中には、うまくいくものもあれば、うまくいかないものも出てくるかもしれません。
ここで重要な問いが2つあります。1つはエンドユーザーアプリケーション開発の戦略があるか否か。もう1つは開発ツールの準備がどれだけ整っているかです。どちらも不十分です。その理由は、現状ではハードウェアの複雑さをまだ十分に標準化できておらず、その結果、ソフトウェアのレイヤーへの投資はまだ進んでいないからです。
従って、企業が今できることは、アルゴリズムの研究に集中すること、といえます。今後5年で量子コンピューティングのソフトウェアスタックが整備され、そこでアプリケーションの開発が現実的になるかもしれません。
──AI分野の深層学習(Deep Learning)では計算量、データ量の増大が顕著です。量子コンピューティングがAI分野に貢献できる可能性はありますか?
Dekate氏:確かに量子コンピューティングによる深層学習、機械学習を検討している人はいます。しかし率直に言えば、現時点では「同じことができるアプリケーション」を既存環境で、より安価に、より効率的に作成できます。ほとんどのITリーダーは今あるものを選ぶでしょう。つまり前述のように、しばらくの間は「実際に実現するものは何か」「過剰な期待を持っているのではないか」、それを見極めることなのです。
量子暗号が、国による投資のドライバーに
──量子暗号などの分野については、どのように見ていますか?
Dekate氏:量子暗号は重要です。既にアルゴリズムが存在しています。一方、ショアのアルゴリズムは素因数分解を高速化し、既存の暗号を解読できる可能性があります。
米国やEU、中国で量子コンピューティングへの投資が盛んな理由の1つは、暗号は国家の安全保障に深く関係するからです。誤り訂正付きの300量子ビットの量子コンピュータがあれば、現在ある最も高度な暗号も解けるでしょう。
──それが登場するのはいつ頃でしょうか?
Dekate氏:質問されたのが2年前だったら「20年後になる」と答えていたでしょう。しかし、ここ2年で状況が変わりました。
Googleは非常に大きな予算を投入しています。Intelもオランダのデルフト大学と提携して量子コンピューティングの研究に乗り出しています。アリババもIBMも盛んに研究を進めています。従来の予測をはるかに上回るスピードで進展があります。やがて、驚くような結果が出てくるかもしれません。
図3を見てください。2015年には世界全体で15億ユーロ(約2000億円、1ユーロを130.57円として換算)の研究予算が量子コンピューティング分野に投入されたという推定です。そのうち米国が3億8000万ユーロ(約500億円)、中国が2億2000万ユーロ(約290億円)、ドイツが1億2000万ユーロ(約160億円)、カナダ1億ユーロ(約130億円)、オーストラリア7500万ユーロ(約98億円)、日本6300万ユーロ(約82億円)。この投資額が現在さらに急ピッチで上がっているのです。
図3 量子コンピューティング分野に向けた各国の投資額(2015年時点) The Economist誌(https://www.economist.com/news/essays/21717782-quantum-technology-beginning-come-its-own)に掲載されたグラフに基づき作成
IT投資は、国策として考えるべきだ
──日本の投資額は、カナダやオーストラリアより小さいのですね。
Dekate氏:その通りです。オーストラリアやカナダは量子コンピューティングに大きな投資をしています。カナダでは、BlackBerryの創業者らがウォータールー大学に量子コンピューティング研究所を設立し、この地域をシリコンバレーならぬ「Quantum Valley(量子バレー)」にすると発言しています。オーストラリアもこの分野に強い意欲を持っています。
中国では5カ年計画で量子コンピューティングのテクノロジーの進展を図っています。この分野の投資額は2006年には600万元(約10億円、1人民元を17.36円として換算)にとどまっていました。それが2016年には60億元(約1000億円)の規模と推定されています。国家が20億元、それ以外が40億元を投資した計算です。このように中国では今までに見たことがないような規模で投資が進んでいます。その結果、この分野でリーダーとなる人材が育ってきています。
──研究予算で日本は既に他の国と巨大な差がついてしまっています。そのような状況にある日本の人々へのアドバイスはありますか?
Dekate氏:今やITへの投資は国策として考えなければいけません。無論、これは量子コンピューティングに限った話ではありません。特に重要なのは次世代のITリーダーを育てることです。リーダー人材は世界的に見て希少です。そのために国としては行政が政策フレームワークを作り、持続的なエコシステムを作るべきではないでしょうか。企業あるいは新たな技術のエンドユーザーとしては、政府機関や、行政に関与する政治家に対し、進んで意見を出していくことが大切だと考えます。
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