なぜ未曾有の人材不足でも、エンジニアの年収は上がらないのか:多重下請けも海外人材活用も「元」は同じ(1/3 ページ)
市場原理では需給バランスで価格が決定する。なのになぜ、俺の、私の年収は上がらないんだ!――IT“業界”解説シリーズ、第7弾はマクロ視点での多重下請け考察です。
複雑怪奇なIT“業界”を解説する本連載、第1弾はIT業界にまん延する多重下請け構造と偽装請負について、第2弾は多重下請け構造が起こる仕組みについて、第3弾はシステム開発プロジェクトには複数の契約形態が混在することを、第4弾はユーザーはなぜプロジェクトに協力したがらないのか、第5弾は「案件ガチャ」が起こるメカニズム、第6弾はベンダーの営業が安請け合いする理由を説明しました。
今回は、再び「多重下請け構造」について考えます。
就活時、偏った業界研究をしてIT業界に就職したITエンジニアの中には、キャリアアップしたくても、なかなか実現できずに苦しんでいる人が多くいます。
その理由の一つが、業界の多重下請け構造です。
本連載第2回「多重下請け構造であえいでいるエンジニアが知っておきたいIT業界の仕組み」では、多重構造やSES(System Engineering Service)の「仕組み」というよりも、三次請け、四次請け、あるいは五次請けといったポジションに甘んじてしまう方が「楽」だと考える企業経営者や営業スタッフの方に問題があるという結論に至りました。
しかし、本当に多重下請け構造に問題はないのでしょうか。
今回は、業界をよく知るリサーチャーへの取材などを通じて、業界横断的、あるいは雇用、労働という俯瞰的な視点から、多重下請け構造下であえぐエンジニアたちの活路を見いだしていきます。
製造業界とIT業界の違い
ここでいま一度、ソフトウェア業界の多重下請け構造についておさらいします。
エンドユーザーが発注した開発案件を、元請け→下請け→孫請けの順に分散して仕事を流していく。その商流を図にすると、元請け企業を頂点としたピラミッドのような形になる。
中略
ピラミッドの層が何層にもなることを「多重請負」「多重下請け構造」という(連載第1回「IT業界の仕組みと偽装請負の闇を分かりやすく解説しよう」より)。
リサーチャーは、「そもそも、ソフトウェア開発ビジネスそのものが、分業制になっており、多重下請け構造になりやすい側面を持っている」と指摘します。基本設計、詳細設計、製造、検証などの工程がハッキリと分かれており、それぞれの工程を完全に分業しやすいという点で、建設業界とも共通しています。このような「ウオーターフォール型の開発自体が、多重構造に陥りやすい」のだそうです。
しかし「一般の製造業でも設計や製造、検証は工程分けされている」と考える読者もいるかもしれません。事実、自動車の完成車メーカーも、設計や組み立ては自社で行いますが、部品は下請け(Tier 1)メーカーから調達していますし、その部品メーカーも製造に必要な部品を、さらに下請けの部品(Tier 2)メーカーから調達しています。
建設業とソフトウェア開発業(少なくとも本稿で採り上げる大規模請負システム開発)が、自動車や電機など他の製造業と異なるのは、製造対象が全て「一点物」であるという点です。
同じ設計の製品を量産するのであれば、熟練工の作業を自動化するロボットを導入すれば、製造工程や検証工程をオートメーション化できます。しかし、毎回異なるものを製造する場合はそうもいかず、多くの工程において、専門的な知識やスキルを備えた人間の手を介して作り上げていかねばなりません。
専門知識や経験を持つエンジニアが必要とされる一方、元請け企業(大手SIer)は、優秀なエンジニアを常時必要な人数そろえることができません。解雇条件が厳しく雇用の流動性が低い現状、案件を受注できたときのためだけに大勢のエンジニアを継続的に雇用するのは、企業にとってリスクであるからです。
そこで登場するのが、「外部企業への委託」という考え方です。自社には雇用維持可能な必要最小限の人数をそろえ、後は受注案件の規模に応じて、工程の一部、あるいは全部を丸ごと外部の企業に委託することで、リスクヘッジしているのです。
こうして下請け構造は生まれます。三次請け、四次請けが生まれる仕組みも、規模こそ違えど、同様のロジックです。雇用の流動性の代わりを、多重下請け構造が担っているのです。
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