ローコード開発ツールの進化が示す、エンジニアの役割再定義とデータ駆動型オーケストレーション:AIとローコードが開くソフトウェア開発の未来(2/2 ページ)
AIの進化がソフトウェア開発者の役割とスキルを大きく変革する。エンジニアよ、データ理解と協調するマインドセットを武器に、未来の開発を切り開け。
AIエージェントやバイブコーディングの活用
Clarisは、今後半年から1年間でAIをさらに活用し、プロエンジニアではない人たちも開発プラットフォームを利用できる方向に大きく進んでいきたいと考えている。
その目標の一つとして、市民開発者が自然言語で「こんなものを作りたい」と入力すると、AIが提案してくれるといった機能を目指しており、将来的にはAIエージェントがそういった提案を行う計画もある。
このような「バイブコーディング(雰囲気コーディング)」は、アイデアをすぐにソリューションに結び付ける点で非常にパワフルであると評価されている。
その一方で、懸念も存在するとマッキャン氏は指摘する。最も懸念しているのは「信頼性」である。バイブコーディングでソリューションを作成する能力は有効だが、実際にビジネスで使えるセキュアでプライバシー保護されたエンタープライズ規模のアプリケーションを構築することとは別の話である。ビジネスレベルで利用するには、その裏にしっかりとしたインフラが必要となる。
Clarisのパートナー企業からは、「バイブコーディングで作られたものは、メンテナンスやテストが難しい」という意見も聞かれるという。バイブコーディングに慣れ過ぎると、「既存のものを改善するよりも新しく作った方が早い」という発想に傾きがちだ。しかし、本番環境でメンテナンスやテストが困難なシステムを作ることは、大きなリスクとなる。
これは、バイブコーディングが良いか従来のコーディングが良いかという話ではなく、「どのような用途でどんなテクノロジーを使うかという使い分け」の問題であるとマッキャン氏は考えている。
人間とAIの協調と役割分担は?
AIがもたらす革新の中でも、最も重要な視点は「人間とAIの協調」である。
AIが高度化しても、最終的なゴールはAIには分からないため、あくまでAIが作成したものを人間がブラッシュアップしていく必要がある。マッキャン氏は、データを理解している現場の人間が不可欠であり、完全にAI任せにはできないという認識を強く示す。
マッキャン氏は、FileMakerのAI活用における2つの焦点を挙げる。一つは、AIを活用して、ソリューション構築のハードルを下げること。もう一つは、ソリューションの中でAI機能を活用することで、ビジネスユーザーがAIの恩恵を受けられるようにすることである。
アプリケーションの性質自体も進化し、情報の収集方法や種類、ユーザー体験が変化していく。「固定型、決定論的」なものから、より「アダプティブ(適用型)」なものへと変化するだろう。AIはデータ収集、保存、保管、データ抽出においてかなりの部分を担うようになるが、最終的な判断と修正は人間が担うことになる。
AI時代のエンジニアに求められるスキル
AIがソフトウェア開発の未来を形作る中で、エンジニアに求められる能力も変化しつつある。
求められるスキルは「データ要件の把握」と「データ利活用力」
マッキャン氏は、AIの活用が進むことで、ソリューション作成におけるスキルギャップはさらに拡大するとみている。
強力なテクノロジーが普及しない理由の一つは、一般の人々がデータをセキュアにアクセスし、統合する方法を知らないことにある。従って、データ自体を深く理解し、ユーザーの要件を正確に把握し、ビジネスをしっかりと構築できるエンジニアのニーズは爆発的に伸びていくと予測する。
FileMakerアプリ開発者にとっては、AIによって開発作業時間が短縮される中で、「データ利活用力」がより求められるスキルとなるだろう。
データ利活用力とは、ユーザーのビジネス課題に対して、正確で実用的な回答を導き出すために欠かせないものである。開発者は、対象となるデータを深く理解した上で、それをどのようにAIと結び付けるかを考える必要がある。
今後は、画面作成だけでなく、FileMaker、Web、APIなどを通じたデータの収集や解析、そしてAIが出した結果を業務の文脈に沿って強化するという発想で、データ解析とAIを組み合わせられる技術者のニーズが高まっていく。
FileMakerにおいては、FileMakerアプリとLLM(大規模言語モデル)の連携を実装できるエンジニアが求められるだろう。
「新しい技術を信じ、飛び込んでいく」マインドセットも重要
AI時代において最も重要なのは、「新しいことを学び続けるマインドセット」であるとマッキャン氏は強調する。
それは「技術の可能性は無限にあると信じ、その最先端に真っ先に飛び込んでいこうとする考え方へのシフト」を意味する。
Claris社内のエンジニアを見ても、AIを受け入れて活用し、自身の開発能力をさらに高めている人たちが上位に進んでいるという。AI固有の新しいスキルや技術を自ら習得しようとする姿勢が重要である。
Clarisは企業としてハッカソンなどを開催し、新しい技術の可能性を支援する体制を整えているという。
AI時代のエンジニアたちへ
変化の激しいAI時代において、エンジニアは自身の役割とスキルセットを再定義する必要がある。もはや単にコードを書くだけでなく、データそのものを深く理解し、ビジネスの課題を解決するための全体的なオーケストレーションを担う存在へと進化が求められている。
この変革期においてエンジニアは、AIを脅威ではなくパートナーとして捉え、自らのスキルとマインドセットを常にアップデートし続けることで、新たな価値を創造し、ソフトウェア開発の未来を共に築き上げていくことが期待されている。Clarisが目指す「プロフェッショナルな開発者とビジネスユーザーが協調し、AIの恩恵を最大限に享受する未来」の実現に向けて、エンジニアの果たす役割は計り知れないほど大きい。
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