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業務にそぐわないパッケージソフトウェアを導入したから訴えます。選んだのは私ですが「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(126)(3/3 ページ)

ユーザー企業が選定したパッケージソフトウェアを導入したベンダーが「業務に適合しなかった」と訴えられた。そんな要件、聞いてないよ!

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ソフトウェアは動いてナンボ……にあらず

 遠い記憶になるが、私が新卒で入社した会社の研修1日目で教わったのは、「ソフトウェア業はサービス業であって製造業ではない」ということだった。

 その言葉が意外だった私が教育担当者に「ソフトウェアは単なるモノづくりではなく、業務を良くすることを手伝うサービスだからか?」と尋ねたところ、教育担当者は、「そうではなく、ソフトウェアを作るということは、コンピュータを動かすための命令をユーザー企業に代わってするという作業であり、モノを作っているわけではないからだ」と説明してくれた。

 教育担当者の返答は恐らくソフトウェアの定義として正しいものである。ただ、今回の判決を見ると、私の質問もそう的外れなものではなかったように思われる。

 判決文にある通り、システムの導入はユーザー企業とベンダーの「協働関係」に基づいて行われるものである。それは、「ソフトウェアをつつがなく動かすため」ではなく、「ユーザー企業の業務を良くするため」の協働である。

 「ソフトウェアは動いてナンボ」ではなく、「業務を良くしてナンボ」である。「実務運用の説明を受けていないから、パッケージソフトウェアが業務にフィットしていなくとも責任を負えない」とするベンダーの主張は、ベンダーとしての「本来の責任」を果たしていないといえる。

餅は餅屋 システムはシステム屋

 ユーザー企業こそ業務を知っているのだから、「ベンダーやパッケージの製造業者に確認や質問をして、パッケージソフトウェアの適合性を確認すべきではなかったか」との論もあろう。

 しかし、本連載で再三申し上げているように、ユーザー企業の多くは素人であり、仮にユーザー企業が決めるべき事柄であっても、ベンダーの専門的な知見に基づく説明や選択肢の提示が必要である。

 「予約管理パッケージソフトウェアの中には、どれぐらい先の日程まで管理できるのか制限を有するものがある。日程管理制約の有無や内容をユーザー企業が示さないと、ベンダーはパッケージソフトウェアの選定や提案ができない」と、ベンダーから自発的に知らせることが必要なのだ。

 システムの要件定義や方式設計全体についても同様のことがいえる。システム化の要件として「何を」「いつまでに」決めなければならないのか、「ハードウェアやソフトウェアの選定に当たって、どのような条件や情報が必要なのか」はユーザー企業には分からないことであり、そこをガイドするのが専門家であるベンダーの領域であり責任である。判決文にある「ユーザー企業が適切な判断をできるように配慮すべき義務」はまさにそうしたことを言っている。

 「システムが正常に動いて、業務に適合する」までがユーザー企業とベンダーの協働であり、専門家責任の範疇(はんちゅう)であることを再認識したい。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT アドバイザリ

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