府中市とGovTech東京が挑む、職員が「自分たちでやる」デジタル化:プロセスの共有が、持続可能なチャレンジを可能にする(2/3 ページ)
人口減少により、全国的に人材不足が課題となる中、府中市はGovTech東京と連携し、今後起こり得る職員不足を見越し、住民状況の見える化やデータを活用した業務効率化を進めている。専門家とタッグを組み、「自分たちでやる」価値を追求する同市の取り組みを紹介する。
「まず、できることは何か?」オープンデータによるスモールスタート
DXにおけるゴールを決める上で、将来必要となる職員数と業務量の把握はもちろん重要だ。だが、住民のニーズを知るためには、住民が置かれている状況を見える化し、分析する必要があった。そこで、市で持つ住民の統計データを可視化し、そこから、行政として必要な施策を意思決定していくのだ。こうした仕組みはEBPM(Evidence-based Policy Making:証拠に基づく政策立案)と呼ばれる。さまざまなデータを収集、蓄積、分析、可視化し、意思決定を支援するための手法だ。
だが、住民データはそれなりのボリュームがあり、日々発生する履歴データも含めると仕様が複雑になる。また、スキル的に見ても、ある程度のレベルに達していなければEBPMを実現するのは難しい。
自分たちでできる実現可能性を考えると、いきなり本丸に手を付けるよりも、「街頭消火器を地図上にマッピングする」「保育所の所在地と入園可能な人数を表示する」など、データ量が少なく、かつ、個人情報も含まないデータを対象にして、「スモールスタートで始めた方がいいのではないか」と、方向性を見直すことにした。
「手元にデータがない」市民に関わるデータを可視化するために
方向性を見直したものの、島田さんが所属しているのは情報システム部門であり、市民に関わるデータを直接収集していない。そのため、行政データの可視化をスモールスタートで始めるにしてもデータが手元になく、何から始めるべきなのか分からなかった。そこで、直接市民向けの事業を持っている部署にニーズ調査をしてみることにした。
「職員の皆さんにニーズを聞いても、すぐには手を挙げてくれないんじゃないかと不安でした。全庁に照会しましたが、はじめはどこの課からも回答が来ませんでした」
だが、協力を仰いで行く中で、少しずつだがニーズが上がるようになってきた。保育所の位置と受け入れ可能人数の見える化で協働した、文化スポーツ部 文化生涯学習課 文化振興係長の佐々木さんは話す。
「当時、私は保育支援課にいました。以前、他の自治体に保育所の所在や受け入れ可能な人数など、情報を地図上にマッピングする先行事例があることを知り、『保育情報には、こういう使われ方があるんだ!』と興味を持っていました。今回、情報戦略課からニーズ調査があり、『ひょっとしたら、うちでも協力できることがあるんじゃないか』と思って応募しました」(佐々木さん)
ニーズ調査の案件について、最終的には9課14件集まった。「反応がないことも想定していたので、14件というのはすごい救いでした」(島田さん)
「これなら、自分たちでもできそうだ」GovTech東京との出会い
行政のデータを可視化できそうなニーズは分かった。だが、可視化といっても「どのようにすれば行政データを地図上にマッピングできるのか?」「データをグラフ化し、分析できるのか?」――この時点では、皆目見当がついていなかった。
そこで、島田さんは「まず、基本的な知識を収集したい」と、東京都26市が集まる「市長会」のデータ利活用研修に参加した。市長会は東京都や市の職員が事務局を運営しており、26市共通の行政課題から重点テーマを決めて協働で取り組んでいる。令和3年から7年までのテーマは多摩地域における行政のデジタル化推進だった。
データ利活用研修では、技術的な質問ができる場面があった。そこで島田さんは、講師に対して「市で持つ事業の統計データを可視化したい」「だが、技術的に行き詰まっていることが幾つかある」と質問した。研修後、そのやりとりを見ていたGovTech東京のメンバーから声を掛けられた。
「GovTech東京」とは、東京都の区市町村におけるDXを推進するための組織だ。都庁だけではなく、区市町村全体のデジタル化・DXも支援するために設立された東京都の外郭団体である。行政職員に加え、デジタル人材を独自に採用し、区市町村のDX支援に当たっている。
GovTech東京のメンバーに現状の課題を相談したところ、統計データ可視化を支援してもらえることになった。島田さんは、淡い期待を抱いた。「技術上の課題はこれで解決する」「もしかしたらアプリケーションも作ってもらえるんじゃないか」――だが、GovTech東京には「技術的な助言や設計支援はするが、実際の開発や運用は自治体自身が担う」という方針があった。自治体が自分たちの力でDXを推進できるよう、伴走しながら知見や手法を提供する「支援型」のスタンスを取っているのだ。
当初、アプリケーションを自分たちで作れる自信はなかった。だが、GovTech東京から支援された手順で作ってみると、それほど難しくなく「これなら、自分たちでもできそうだ」と島田さんは先行きの見通しに明るさを感じた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
 「カオス」を楽しむ! GovTech東京の女性エンジニアたちが描く、住民体験とDXの未来 「カオス」を楽しむ! GovTech東京の女性エンジニアたちが描く、住民体験とDXの未来
 GovTech東京で、立ち上げ時期ならではの混沌(こんとん)を整備していく過程を楽しむ女性エンジニアとクリエイター。彼女たちは、行政と都民の未来をどのように変えていくのか――。
 人口減でも「人材不足」を乗り越える カギは「人に仕事を合わせるDX」 人口減でも「人材不足」を乗り越える カギは「人に仕事を合わせるDX」
 人口減でも人材不足に悩まない社会へ――IT未経験の主婦やシニアがノーコード開発で活躍し、新しい働き方を実現しているジョブシェアセンター。誰もが能力を発揮できる「人に仕事を合わせる」DXが、個人と地域の好循環を生む取り組みを深掘りする。
 「デジタル化」のその先へ! 長野の中小企業がDXで挑む市場変化という魔物 「デジタル化」のその先へ! 長野の中小企業がDXで挑む市場変化という魔物
 DXを「デジタル化による業務効率化」ではなく、本当の意味での「変革」として捉え、市場変化に対応すべくチャレンジする長野テクトロン。最初は批判的な声が多かったが、現在は従業員が前のめりに。同社がたどった従業員を巻き込んだプロセスとは?
 「技術が変わると、人が変わってくる」 デジタル化で建設業界を盛り上げる巴山建設の挑戦 「技術が変わると、人が変わってくる」 デジタル化で建設業界を盛り上げる巴山建設の挑戦
 人手不足や高齢化が問題となっている建設業界。何もしなければ深刻になることは目に見えている。そこでデジタル化となるのだが……。ICTには「全く興味がなかった」という担当者は、3年後に「技術が変わると、人も変わる。それが仕事の楽しさ」であることを知る。その変化のプロセスを追った。
 なぜ、星野リゾートの「成長の足かせ」だった情報システム部は、基幹システムを再構築できたのか なぜ、星野リゾートの「成長の足かせ」だった情報システム部は、基幹システムを再構築できたのか
 宿泊施設の基幹システム再構築にチャレンジしている、星野リゾート 情報システムグループ。ホテル業界特有の「解決しにくい本質的な課題」解決までの道のりは、10年にわたる歳月と試行錯誤の繰り返しだった。
 なぜ、倒産寸前だった事務機屋は「働き方改革事例共有会社」に変われたのか なぜ、倒産寸前だった事務機屋は「働き方改革事例共有会社」に変われたのか
 ときは常に移ろう。オワコン産業企業は時代の変化にどう対応していくべきなのだろうか――。
 デジタル化の目的は効率化だけなのか? 大阪の製造業に起こった「うれしい想定外」 デジタル化の目的は効率化だけなのか? 大阪の製造業に起こった「うれしい想定外」
 デジタル化やDXといえば、仕事の「見える化」や「効率化」など、目に見えて分かりやすい効果を期待することが多い。だが、変革の本質は「想定していなかったこと」にあるのかもしれない。
 「環境変化に合わせて進化するシステム」を支える、不動産仲介企業情シスの矜持 「環境変化に合わせて進化するシステム」を支える、不動産仲介企業情シスの矜持
 全国規模で不動産を売買するランドネット。それを可能にしているのは、環境変化に合わせて積極的に進めてきたDXだ。現場から「よく変わる」と言われる情報システムはいかに開発されているのか? そこには、現場とシステム担当者との「信頼関係」があった。
 連載「ITのチカラ」始まります 連載「ITのチカラ」始まります
 新たな連載が始まります。その名も「ITのチカラ」。会社や社会のさまざまな課題に、デジタル化やDXなど「ITのチカラ」で取り組んでいる人や企業の「ストーリー」をお届けする連載です。

