府中市とGovTech東京が挑む、職員が「自分たちでやる」デジタル化:プロセスの共有が、持続可能なチャレンジを可能にする(3/3 ページ)
人口減少により、全国的に人材不足が課題となる中、府中市はGovTech東京と連携し、今後起こり得る職員不足を見越し、住民状況の見える化やデータを活用した業務効率化を進めている。専門家とタッグを組み、「自分たちでやる」価値を追求する同市の取り組みを紹介する。
「内部事情が分かる」GovTech東京だからできること
行政機関のデジタル化を支援する上で、GovTech東京が大切にしていることは何なのか? GovTech東京 DX協働本部の田邊進一さんは次のように話す。
「私は以前、東京都の職員でもあったんですが、行政にいたこともあって内部の事情が分かるんですよね。例えばネットワーク一つにしても民間とは違いますし、行政は公平性を重視するので、民間のサービスをすぐ使えるかといったら、それもできない。行政には共通した悩みがあります。
ただ、困っていることは自治体によって全然違うんです。ある自治体はネットワーク環境に悩んでいるのに対し、ある自治体は予算で苦労していて、使う環境すら持てていない。また担当者も、デジタル専任の担当者がいる自治体もあれば、通常業務を行いながら兼務している小さな自治体もあります。こうした状況の中で、技術論だけで『できますよ』と言っても解決できないんです。悩みをきちんと聞いて、寄り添っていく必要があります」(田邊さん)
行政機関でデジタル人材を採用する場合、施策はその人のスキルに依存してしまう。だが、GovTech東京に聞けば一通りのシステムの知識が分かる。さらに、コンサルタントも在籍しているため、課題の整理から支援してもらうこともでき、東京都の職員と技術者がペアで対応に当たることもある。行政的な面と技術的な面、両方を支援できるのが、民間とは異なるGovTech東京の強みだ。
GovTech東京の支援もあり、現在、府中市では「保育所等空き状況マップ」をはじめ、市で持つデータの見える化に取り組んでいる。こうした取り組みが進むことによって、住民の状況が可視化・分析できるようになる。近い将来、データに基づいた施策の意思決定へとつなげていく予定だ。
行政機関のデジタル化を推進していくために
府中市の住民状況の可視化、分析はまだ始まったばかりに見える。だが、民間企業に丸投げではなく、「自分たちで行っている」のが今までとの大きな違いだ。また、デジタル化推進に向けて、行政ならではの強みもある。
「民間企業だと、事業者間が競争をするので、自分たちの持っているノウハウや知識、経験を外に出すことはありません。ですが、行政機関の場合、ノウハウを共有する文化があるんですよね。例えば、データ利活用で先行自治体がある場合、割と気軽に連絡を取って情報を共有し合うんです。『みんなで良くしていきましょう』といった土壌があるのは、民間から行政に入って、とても驚いたことです」(島田さん)
「今、成功事例や結果だけではなく、共有できそうだなと思っているのが、『それをどう解決したか』というプロセスです。プロセスには苦労や失敗事例も含まれるので、一般的には、あまり外には出したくありませんよね。でも、苦労した点も共有することで、同じ間違いをしなくてもよくなりますし、結果を出す道のりも最短でいけるようになる。最近では、プロセスの共有もされ始めてきているので、共有する文化の変化をすごく感じています」(田邊さん)
「よく『デジタル化』と言いますが、押印一つとっても『デジタル化するんだから、押印全部なくしちゃえばいいじゃん』みたいにはできません。それぞれの手続きには意味もありますし、制度を変えなければいけない場合もあります。でも、最初に取り組んだ人がプロセスを共有すると、後から続く人たちにも継承していけます。そういったところに、皆さんが気付き始めたんだと思っています。
あと、ツールの影響も大きいですね。ノーコード/ローコードの開発ツールがいろいろ出てきて、実際に業務に当たる人が、自分でアプリケーションを作ることができるようになった。そうした土壌が、プロセスを共有する文化の醸成につながってきているんだと思います」(佐々木さん)
結果だけ示されても、進め方が分からないでは自分たちの取り組みができない。しかも、行政機関の場合、デジタル化の結果を出すためには、単にツールを導入するだけではなく、庁内のルールを変えることが必要な場合もある。だが、ゴールにたどり着くプロセスが分かれば一歩を踏み出せる。
また、自治体の強みである横の連携を生かしていけば、実績が1つできると、他の自治体が後に続く。変わり始めたら、一気に広がることが期待できそうだ。
まずは「自分たちでできること」から
最後に、今後の展望について聞いた。
「行政事務のデジタル化における、1丁目1番地は『行政手続きのオンライン化』だと思うんです。でも、申請だけオンラインでできても、決定通知を送るのが依然紙のまま、といったことがよく起こります。こうした状況をさらに効率化し、職員の負担を下げる方法を考えるには、やっぱりデータを基に判断していくことになると思うんですよね。こうした取り組みを外出ししちゃうと、庁内にノウハウが残りません。
自分たちが所管している住民状況のデータに加え、他部署の統計データも見える化され、共有される。今回、スモールスタートは切れたので、自分たちが何に着目し、効率化をしていかなければいけないかを、統計データに基づいて各担当課が自分たちで考えられるような環境を作っていけるといいなと思っています」(島田さん)
「私は業務のデジタル化、DXを進めるに当たって、職員のマインドが変わっていくことも大切だと思っています。ツールをはじめ、新たなことに挑戦するのって、時間もエネルギーも必要ですよね。私が『やりたい!』と一念発起しても、私ひとりが一生懸命勉強すれば実現できる話でもありません。
周囲に過度な負担がかからないよう意識しつつ、少しずつ便利になっていくように広めていきたいです。また、便利なツールを使ってみて、『こういう使われ方もあるようですが、どうですか?』といった形で新たな選択肢を共有しつつ、何が最適なのかを皆が考えられる土壌を作っていきたいと思っています」(佐々木さん)
「GovTech東京は立ち上がってまだ2年ですが、私たちが目指すところは、今回府中市さんと取り組んだような内製開発を、きっちり支援できるようにしていくことです。また、自治体には『2〜3年で担当者が変わる』という制約があります。担当職員が変わっても継承できる形、横展開できる形に持っていきたいです。
そもそも、私たちGovTech東京の職員自体も任期付きです。私たちもちゃんと継承できるよう成果を出していきたいですし、GovTech東京を離れても、何らかの形で行政を支援していきたいと思っています」(田邊さん)
今回の、府中市とGovTech東京の取り組みで価値があるのは、外部の業者に丸投げするのではなく「自分たちでやる」ということだ。人口減少社会に伴い、DXをはじめ、国を挙げてデジタル化の推進が叫ばれている。デジタルスキルは今後、行政業務における基本スキルになるだろう。
府中市が住民状況の可視化に取り組むに当たり、使えるデータの制約など、民間の立場で想像するほど、その取り組みが容易ではなかったように、これからの道のりも、ひょっとしたら平たんではないのかもしれない。だが、行政的、技術的な立場から自治体を支援できるGovTech東京の存在が、行政機関の未来を明るく照らしているように思えた。東京都だけではなく、他の都道府県にも広がっていくことを望まずにはいられない。
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筆者プロフィール
しごとのみらい理事長 竹内義晴
「楽しくはたらく人・チームを増やす」が活動のテーマ。「ストレスをかけるマネジメント」により心が折れかかった経験から、「コミュニケーションの質と量」の重要性を痛感。自身の経験に基づいた組織作りやコミュニケーションの企業研修、講演に従事している。
2017年よりサイボウズにて複業開始。ブランディングやマーケティングに携わる。複業、2拠点ワーク、テレワークなど、これからの仕事の在り方や働き方を実践している。また、地域をまたいだ多様な働き方の経験から、ワーケーションをはじめ、地域活性化の事業開発にも携わる。
元は技術肌のプログラマー。ギスギスした人間関係の職場でストレスを抱え、心身共に疲弊。そのような中、管理職を任され「楽しく仕事ができるチームを創りたい!」と、コミュニケーション心理学やコーチングを学ぶ。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。
著書に、『Z世代・さとり世代の上司になったら読む本 引っ張ってもついてこない時代の「個性」に寄り添うマネジメント(翔泳社)』などがある。
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