成長が自己責任になった令和を、きみたちはどう生きるか:ホワイト化が進むニッポンのIT業界で、いま何が起きている?(2/3 ページ)
日本社会のホワイト化により「強制的なチャレンジ」が激減し、エンジニアの成長は自己責任の時代へ。AIの進化と「2029年問題」が迫る中、きのこる先生が現状維持の危機を訴える。
ブラック企業とは何だったのか
さて、「ブラック企業」とカジュアルに書いてきましたが、それはいったい何なのでしょうか。菌類の経験から、よくある3パターンに分類してみました。
ハラスメント型
怒号や暴力が飛び交う環境が、菌類が抱くブラック企業の典型的なイメージです。ホテルに深夜カンヅメにされ、顧客と上司に挟まれ、罵倒されながら無理難題に延々取り組んだことは、いま思い出してもウッとなります。
もちろん、こんな環境は論外です。怒号や暴力で生産性高く仕事できる人間はいませんし、それにさらされることは心身の健康被害に直結します。しかもハラスメントは、直接自分に向けられるものだけでなく、誰かに向けられたものを傍観者として見るだけでも、思考能力や認知能力が下がったり、攻撃的になったり、という弊害があることが知られています。
ハラスメントがはびこっている空間でいい仕事ができるわけがありません。そんな企業は滅んでほしいし、もしそんな環境に捕まってしまったら、速やかに逃げる算段をした方がいいでしょう。
デスマーチ型
経営の三大資源として「ヒト」「モノ」「カネ」がよく知られています。最近はそこに「情報」を足して四大資源と呼ぶことも多くなりました。これらが不足していると、円滑に仕事が回らなくなります。
すると、もう一つの貴重なリソースである、納期や締め切りまでの「時間」も不足します。その不足を埋めるための長時間労働、いわゆる「デスマーチ」が発生するのも、ブラック企業の特徴です。残業300時間/月とか、28連勤とか、菌類も全然うれしくない記録を持っています。
もちろん、こんな環境も論外です。長時間労働は生産性を下げるだけでなく、心身の健康も損ないます。デスマーチは労働力の搾取なのです。人を増やすより残業代を払った方が安上がりで手っ取り早いけれど、適正なリソースで持続可能できないなら、事業として成立していないとも言えます。
さらに恐ろしいことに、デスマーチに巻き込まれると正常な判断力が鈍ってきて、自分がデスマーチの中にいることすら分からなくなったり、むしろ気持ちよくなったりすることさえあります。心身の健康や人間関係を失う前に、デスマーチからは速やかに逃げましょう。
丸投げ型
ブラック企業のもう一つのパターンは「丸投げ」です。責任が大き過ぎたり、権限やリソースが不足したりする仕事をまるっと投げつけ、成功への支援なしにひたすら成果だけを求め続ける。その過程でハラスメントやデスマーチを併発することもある、厄介なパターンです。菌類も涙目になりながらベクトルと複素数の勉強をしたことを思い出しました。
でも、ここだけはちょっと立ち止まって考えたいポイントです。もちろんハラスメントやデスマーチの強制は論外ですし、無責任な「丸投げ」もハラスメントの一つです。ですが、適切な支援が得られれば、それは背伸びした仕事に取り組むこと、つまり「チャレンジ」にもなるのです。
メンバーのチャレンジをサポートし、仕事がうまくいくように導くこと。そしてその仕事を通じてメンバーが成長し、より責任が重い仕事ができるようになること。これは、マネジメントの仕事そのものです。
つまり、ブラック企業の「丸投げ」は、期せずして「強制力のあるチャレンジ」としての機能を備えてしまっていたのです。そのチャレンジを(心身を壊さず生きのこった上で)やり遂げたなら、その人はグッと成長していることでしょう。
「ブラック企業で成長した」という人の話は、こういう経験がベースになっています。もちろん、その陰には「生きのこれなかった人」がいることを忘れてはなりません。
ブラック企業と生存バイアス
菌類が見聞きしたブラック企業を、3つのタイプに分類してみました。ホワイト化以前のやばい職場環境は、だいたいこれで説明できるように思います。もちろん、丸投げ型+デスマーチ型など、複数の特徴を備えた、よりやばい職場もたくさんあります。
「ブラック企業で成長した」という人の話は、ハラスメントやデスマーチに心身を壊されることなく生きのこることで、丸投げされた仕事が(サポートがあったかどうかはともかく)背伸びしたチャレンジとして機能し、結果として成長の糧になった、という場合がほとんどです。
過酷な環境を生き抜いた人「だけ」がその環境とそこで得た成長について語ることができるのですから、その発言は「生存バイアス」によるものでしょう。
成長に不可欠な負荷
人間の心身を壊し、命さえ奪うことがあるブラック企業が淘汰(とうた)されつつあるのは、社会全体にとって間違いなく良いことです。
ですが、人間が成長するためには適切な負荷が必要です。スポーツ選手が練習を欠かさないのと同じように、仕事においても自分の能力の「ちょっと上」、背伸びした課題に取り組む過程が、成長のために欠かせない「負荷」として機能します。
いまの能力や知識でできる仕事だけをこなしていると、それ以上のスキルは身に付きません。分からないことや未経験な分野に取り組む過程で行う調査や試行錯誤を経て、新しい能力や知識が身に付くのです。
「丸投げ型」のブラック企業においては、(適切かどうかはともかく)「負荷」がかかる仕事が降ってきます。つまり、強制的にチャレンジさせられる毎日を送ることになるのです。なるほどそれは鍛えられそうだ……生きのこりさえすれば。
ところが、ホワイト化した社会ではそうはいきません。雑な丸投げは「ハラスメント」と感じられてしまうことがありますし、適切なサポートがなければ実際にハラスメントです。リーダーやマネジャーもそれを分かっていますから、どこまで任せていいのか、どこまでチャレンジさせていいのかを常に悩んでいますし、悩むぐらいなら自分でやってしまえ、と考える人も増えてきたように感じます。
つまり、ホワイト化した現代の組織では、黙っていると成長に必要な負荷である「チャレンジ」の機会が得られないリスクがあります。負荷をかけずに成長することはできませんから、自分からチャレンジに飛び込み、自分で自分に仕事的な負荷をかける必要がある。これが「成長自己責任時代」です。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
ニューノーマル時代のエンジニア生きのこり戦略
コロナ禍3年目を迎え、いろいろな常識が変わったよね。でも、変わらないものもあるんだよ。
きのこる先生の「リモートワーク時代のエンジニア生存戦略」
この状況、いつまで続くんでしょうね? え、これからもずっと? ということは、いろいろ変わらなくちゃいけないということですか?
どの時代にも生き残るエンジニアのスキルとスタンス
私がベンチャー企業を渡り歩きVPoEになるまでの経歴と、活躍している多数のエンジニアたちと出会い、一緒に仕事をしてきた経験を基に、外部の状況にかかわらず必要とされるエンジニアに共通するスキルやスタンスをお伝えします。

