元警察官が語る、AI時代のエンジニア生存戦略:開発未経験から、自社サービス開発のスペシャリストへ(2/2 ページ)
生成AIの進化により、将来への不安を抱えるエンジニアは多い。特定の技術を学べば安泰という正解がない今、どうキャリアを築くべきか。そのヒントを探るべく、元警察官という異色の経歴から自社開発エンジニアへ転身した黒川和弘氏に話を聞いた。
ifとforで動いている――基礎の理解がもたらしたブレークスルー
エンジニアとしての初めての職場は、ゲームやWeb3系企業のアプリケーション開発などを行う受託開発企業だった。
勉強はしてきた。意欲もある。だが、その時の黒川氏はまだ「プロ」ではなかったのかもしれない。
「受託という性質上、仕事にははっきりとした納期が存在します。でも最初は、プログラムが思った通りに書けないし、動かない。長時間労働で何とかしていたというのが実情です」
知識と経験の不足を、ひたすら労働時間で補う日々。だが、ある学びが彼に大きなブレークスルーをもたらす。それは、表面的なコーディング技術ではなく、コンピュータサイエンスの基礎への立ち返りだった。
「アルゴリズムやデータ構造を勉強しているうちに、プログラミング言語の共通点――Rubyだろうが、Javaだろうが、Pythonだろうが、Goだろうが、結局のところシステムとして書いてあることって、『if』と『for』だけだって分かったんです。それを、当時の上司から聞いて、自分で学習した内容とも合致して。そういうことなんだと理解した時に、仕事が楽しくなりましたし、長時間労働に頼らずに働けるようになりました」
目の前の言語の文法に固執するのではなく、アルゴリズムという「根底のルール」を理解したことで、視界が一気に開けた。この本質的な基礎の理解こそが、彼が語る「AIの生成したコードを正しくレビューする力」の確固たる礎となっている。
受託から自社開発へ 「ドメイン知識」の壁と課題解決
受託開発企業で経験を積んだ黒川氏は、20代のうちに再び大きなキャリアチェンジを決断する。背中を押したのは、足音を立てて近づいてきた生成AIの存在だった。
「生成AIが出てきたタイミングで、『これから先、受託の仕事は多分少なくなっていくだろう』と直感的に思いました。ここで行動を起こさなかったら自分のキャリアは終わってしまうという感覚になり、自社サービスを持っている企業への転職を決意しました」
強い危機感から、自社開発プロダクトを持つChillStackへ転職を果たした黒川氏。そこでは受託開発とは全く異なる「自社開発ならではの壁」に直面することになる。顧客の希望を愚直に実現する、ある意味「受け身」の姿勢が通用しなかったのだ。
「そもそも機能を作るためには、ドメイン知識が必要なんですよね。例えば財務経理の人の困り事を解決する機能を開発するためには、その人たちがどういう業務をやっているのかを理解しないと要件や仕様を考えられない。つまりユーザーの業務フローを理解せずして、詳細な仕様を考えることはできないということです。前職では仕様を元にコーディングしてきたので、転職直後は、自分たちがターゲットとしてるドメイン領域の知識が足りないと痛感しました」
現在黒川氏は、企業の個人立替経費の申請・承認データを元に、自動的に不正や異常・不適切な明細を検知するシステム「Stena Expense」の開発チームに所属している。能動的にドメイン知識を得るために、公認会計士の勉強会に参加したり商談に同席したりして、顧客の業務(ドメイン知識)の解像度を泥くさく上げていった。
自社サービスの開発企業にジョインしたことで、1人でコードと向き合っていた時代とは違う、チーム開発ならではの視座も得たという。
「私1人で全部の機能を決められるわけではないし、自分では最善だと思っても、他のメンバーとの議論を通じて、より効率的な代替案に気付かされることもあります。みんなの異なる視点で議論しながら仕様を決めていくのが新鮮でした」
希望通りにシステムを作るだけの姿勢から脱却し、運用面でのカバーも含めた「真の課題解決」を提案できるエンジニアへと、さらなる成長を遂げたのだ。
過酷な労働環境に耐え、泥くさく学習時間を捻出し、未経験から最前線のAI活用現場にまでたどり着いた黒川氏。最後に、これからエンジニアを目指す人、あるいはキャリアに悩む若手エンジニアへのアドバイスを求めた。
「自分が本当にやりたいことは何なのかを考えて、なおかつ、その業界は伸びているのかどうかとか、自分の得意と好きとを鑑みて、もしエンジニアに興味があるなら選んでもらえると、かなり幸せな未来が待ってるんじゃないかなと思います」
技術の移り変わりやAIの進化におびえる必要はない。物事の本質を学ぶ姿勢と、現状を変えようとする圧倒的な行動力があれば、どんな時代であってもエンジニアとして道を切り開いていけるはずだ。黒川氏の軌跡は、不安を抱える多くの読者にとって、力強い道しるべとなるに違いない。
編集部鈴木の Editor's view
未経験からエンジニアになる手段として、プログラミングスクールで学ぶ道を選ぶ人がいる。だが、黒川氏はそれをしなかった。運送ドライバーの仕事をしつつ、独学で基礎を学び、アルバイトで実務経験を得て、正社員エンジニアへと転身した。
お金を払って学ぶよりも、実務でお金をもらいながら学ぶ方が密度が濃いと私は考える。黒川さんは「経済的にスクールに通う余裕がなかったから」と自分の選択を語るが、「先が見えるから」と警察官を辞め、「AIが進化したら受託開発は衰退するだろう」と予測して自社開発企業に転職した彼のことだ。アクションの効果を予測して、考え抜いた上での行動だったに違いない。
嗅覚の良い人はいる。だが、その嗅覚を信じて、最大の努力を尽くせる人は案外少ない。
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