〜 普及がもたらしたさまざまな変化とは 〜
今でこそ無視できない存在に成長したLinuxですが、そこに至るまでにはLinusだけでなくさまざまな人の関わりがありました。Linuxカーネルがこの世に生まれた1990年代初頭を振り返ります。(編集部) |
WASP株式会社
生越 昌己
2008/9/30
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Linuxによるフリーソフトウェア界の変貌(へんぼう)
Linuxが実用品への道を歩み始めたころから、フリーソフトウェアの世界は急激な変化を遂げます。
Linuxの初期のころまでのフリーソフトウェアの世界は、基本的には「ハッカーのコミュニティ」と同義でした。便利で高機能なソフトウェアも多くありましたが、その半面、扱いは難しくドキュメントも乏しいものでした。
配布にしても、ソースコードがほぼ「as is」の状態でネット上に置かれるだけで、「使いたいやつは自分で何とかしろ」が常識でしたし、ドキュメントに関しては「ソースコードがドキュメントだ」が常識でしたし、何か質問すれば「ソース読め」が常識でした。つまり、ハッカーとまではいかなくても、ある程度知識がないことには満足に使うこともできないのが当たり前でした。
また、その「ハッカーの世界」について、ハードルを下げるような努力とか普及のための努力をするといったような活動は、あまり好まれないものでもありました。一部を除けば「初心者お断わり」であり、それを何とかしようという行為は「邪悪なこと」だと考えられていました。「良質のコードと低いコミュニケーションコスト」こそが命だったわけです。
ところが、「フリーなUNIX互換OS」を目指し始めたLinuxは、最初のころこそそういった「ハッカーの世界」でしたが、急激に「初心者」が参加するようになりました。また、早くからそこそこの実用性を持ち、管理やライセンスもあまり難しくなかったために、いままでUNIXにあこがれながら使った実経験のない人たちもどんどん参加するようになりました。
このため、いままでハッカーの楽園であったフリーソフトウェアの世界は、嫌でも変化させられました。
まず、Linuxはほぼ同時期に発表された386BSDと比較して、ブランド力はありませんでした。「ブランドUNIX」であるBSDを有名ハッカーであるジョリッツ夫妻が実装した386BSDと、どこの馬の骨とも分からない学生がゼロから作ったUNIX未満で、OSの大権威であるタネンバウムから「お前には単位やらねー」といわれたLinuxでは、丸っきり「ブランドイメージ」が違います。
幸いなこと(?)に、386BSDはジョリッツ夫妻が放置状態にしてしまったため、さまざまな事柄が進みにくくなったり、ライセンス問題の発生によって開発が停滞したりということがありましたが、それでも強いブランド力を持っていました。このままいけば、Linuxは単なる「作ってみた」だけのソフトウェアに終わってしまいそうな雰囲気さえありました。
そこでLinuxを好きな人たちは、いままでハッカーがあまり取り組んでこなかった「普及」に力を入れるようになりました。あちこちでLinuxの紹介をして、興味を引こうという考えです。
またそれと同時に、大量に参入してきた初心者をフォローするための、さまざまな体制を作るようになりました。例えば、ドキュメントの充実や初心者のための指導などです。
さらに、比較的早い時期に「商品」として配布されるディストリビューションが生まれました。このように、Linux以後のフリーソフトウェア界は、単なるハッカーコミュニティではない、別の要素が入るようになりました。この一連の変化が後のオープンソースにつながります。
JFという運動
JEのおかげで日本でのLinuxユーザーは爆発的に増えました。それと同時に多くの「タコ」と呼ばれる人(=初心者)も増えてきました。これはもう良いとか悪いとかいう以前に、当然の自然現象といえることです。
Linux本体の信頼性は、タコによる信頼性テスト(「タコ行為」ともいう)によって上がってきました。そして、これと同じようなことがJEにも求められるようになりました。つまりある種の「保証」を必要とされるようになったのです。
もちろん本来ならば、保証やサポートのたぐいは一切しなくても許されるのがフリーソフトウェアの常識でしたが、そーゆー「お約束」すら知らない人がユーザーになってしまったのですから、何とかするしかありません。
そこで「とにかくFAQだけは何とかしよう」ということで、FAQL(List of Frequently Asked Questions)を作ることにしました。最初はLinuxメーリングリストのメールを見て、質問と答えの対を作ってまとめるというところから始まりました。
最初はMLに出ている質問を整理してFAQLを作ろうという、ごく小さな集まりでしたが、これが基となって「JF」というプロジェクトが始まりました。その後、ドキュメントやLDP bookの翻訳も手掛けるようになり、いつしか日本のLDP(Linux Documentation Project)のようになっていったのです。
発足当時は小野徹さんが世話役でしたが、20世紀の終わりごろに多忙と諸般の事情から引退されました。このように長い時間の間に多少の人の入れ替わりがありましたが、いまもLinux黎明期の空気を残している数少ないコミュニティではないかと思います。
「ユーザーズグループ」の発生
初心者のフォローやドキュメント作成というような組織的な活動が始まると、自然発生的に組織ができていきます。インターネット上にプロジェクトチームのような形の組織ができるようになりました。
また、初期のLinuxはインターネット環境が未発達であったこともあって、入手が容易ではない人たちもいました。インストールもディストリビューションによって楽になったとはいえ、いまほどは簡単ではありませんでした。そこで職場や地域といった単位で、ローカルなコミュニティが形成されるようになりました。
このようにして、さまざまな要因や形態でコミュニティが形成され始めます。いままでのハッカーコミュニティと少し違うのは「ユーザーズグループ」だということです。つまり、利用者のコミュニティだということです。それまでも利用者のコミュニティがなかったわけではありませんが、特定のソフトウェアの利用者コミュニティというのはあまり例がありませんでした。ところがLinuxのユーザーズグループはそこらじゅうに生まれていました。
この「ユーザー」ですが、単純にエンドユーザーという意味ではありません。開発者や文書作成をする人といった、どちらかといえばデベロッパーに属する人たちも「ユーザー」を自認していました。
それは、どのようなかかわり方であれ「ユーザー」には違いはないという意味からです。それまでは開発者だけが評価されていたものが、開発者以外にも「コントリビュータ」は存在し得るということが認知され、利用者が増えるということはそれ自体が力になるという考え方により、エンドユーザーもコミュニティの一員という意識で見られるようになりました。
これは、それまでのコミュニティが「ハッカー独裁制」だったものが、「民主化」した結果であり、パラダイムシフトなのですが、その半面、コミュニティ運営が難しくなったという意味でもあります。
実際に「近い」関係にあるコミュニティがそういった政治的な事情で衝突していることも少なからずありました。原開発者とコントリビュータの磨擦からコードが分裂することもありました。とはいえ、そのようなどちらかといえば「悲しい理由」に属することも、コミュニティの多様化やソフトウェアの多様化につながり、後の「バザール的なもの」が発生する一助となりました。
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