前世紀のLinux:黎明編
 〜 Googleがあまり知らないLinuxの歴史 〜

WASP株式会社
生越 昌己
2008/9/29


Linux、登場

 「PC互換機」がDOS/Vマシンとして日本でも認知されるようになったころ、CPUは386や486といった32ビットのものになっていました。そこで、それまで16ビットコードだったminixを32ビット化する動きが出てきます。

 ところが、x86 CPUでは16ビットコードと32ビットコードには直接の互換性がなかったため、32ビット環境への移行はなかなか難しいものになっていました。Gnutoolsが使える32ビット環境にあこがれつつ、なかなか移行できない人が少なからずいました。

 そこに完全32ビットOSとしてLinuxが登場します。しかも、ほとんどネイティブにGnu toolsが動きます。

 minixユーザーが求め続け、パッチをタネンバウムに送りながらもなかなか実現されなかった機能()も実現されていました。「OSの教科書」としてのminixよりも「代替UNIX」を求めていた人たちにとって、Linuxはとても素晴らしい環境に見えました。そこでかなりの人々がLinuxに乗り換えたものです。

注:例えば、仮想記憶やシンボリックリンクなどがそれに当たります。

 とはいえ、Ver.0.95のころまでは「なんとかUNIXっぽく動く」程度のものでしかなく、「ハッカーのおもちゃ」でしかありませんでした。

 Ver.0.96の前後に、Linuxの実用上大きなイベントがいくつか起きます。主なものを挙げると、

  • Softlanding Linux System(SLS)と呼ばれるディストリビューションが現れた
  • X Window Systemが動くようになった
  • kon(日本語コンソール)が動くようになり、同時に日本語を扱うソフトウェアが集まるようになった

というものがあります。また、もうしばらくして、カーネルにTCP/IPのコードも組み込まれました(0.95のころは、DOS上でよく使われていた「KA9Q」というネットワークコードが使われていました)。

 いずれの動きも、Linuxを実用OSに近付けるものでした。前述のとおり、一般的なPCの上のOSはMS-DOS(DOS/V)からWindows 3になろうという時期で、まだ16ビットOSでしたから、ハッカー的には「LinuxはすでにDOSに勝ったものだった」ともいえます。

 こうして実用OSへの道を歩み始めたLinuxの利用者は、急激に増えました。日本でもkonの開発者でもある真鍋敬士氏が、初期の「Linuxメーリングリスト」を始めます。この当時はいまほどインターネットが一般的なものではなく、ネットワーク上のコミュニティはパソコン通信が主流の時代でしたから、あちこちのパソコン通信サービスにLinuxのコミュニティが生まれました。

 このときのコミュニティの中心になった人たちの多くはminixを経験していました。minixで起きた「コミュニティの分裂」ということも記憶していました。ですから、「Linuxメーリングリスト」でネットコミュニティ間の連絡を取り合い、なるべくコミュニティ間での感情の擦れ違い的なことが起きないように努力していました。幸いなことに、minixで起きたようなことは、当時のLinuxの世界では起きませんでした。

 このような活動は、後にエリック・レイモンド(Eric S. Raymond)が唱えた「The Cathedral and The Bazzar(伽藍とバザール)」とは大きく異なるものです。

 しかし当時は、増えたとはいいながらLinuxの利用者はまだまだそれほど多くはなく、バザール的な開発やコミュニティ運営よりは、「力を合わせる」ことの方が効率がよかったのです。日本でバザール的なものの有効性が感じられるようになったのは、地方ユーザーズグループやディストリビューション開発が盛んになった、1997年ごろからではないかと思います。

JE誕生と日本での認知度向上

 前述のように、日本では「Linuxメーリングリスト」を通じてさまざまな情報交換がされるようになりました。その中で主宰の真鍋さんが、「Linuxで動くソフトのリストを作りたい」ということで、主に国産のソフトウェアのリストを作り始めました。すでにそれまでにかなりのソフトウェアが日本語化されていたのですが、情報として集約されたものは特にありませんでした。

 そのポストからしばらくして、SLSにadd onして日本語を使うための「JE」がリリースしました。JEのごく初期の版は、専用のインストーラもなく、SLSのインストーラに依存したものでしたし、パッケージングの稚拙さはありましたが、「インストールするだけで日本語がバリバリ使えるパッケージ」は非常に画期的でした。それまでは、「UNIXではソフトは自分でコンパイルするものだ」みたいな空気があり、バイナリで配布するなんてことはとても考え付くようなことではなかったからです。

 それ以前のLinuxでは、

  1. まずSLSをインストールする
  2. konをインストールする
  3. NEmacs(Muleの前身である日本語Emacs)をインストールする
  4. 各種アプリをインストールする

といったような手順で環境を構築していたものです。これはとにかく面倒でしたし、初心者にはちょっと荷が重いことでもありました。しかし、JE以後の日本語環境構築は、

  1. まずSLSをインストールする
  2. JEをインストールする

だけで終わりです。これで表示から処理までの、今日普通に日本語処理用として存在するプログラムは、ほぼ全部動くようになります。これは当時としては非常に画期的なことでした。

 しかも、JEは独立したパッケージではなく、ほかのパッケージのアドオンとして作られていました。この方法は、元のパッケージとは別にインストールしなくてはならないという欠点はありましたが、逆に多くのパッケージと組み合わせることが可能でもありました。実際、初期のJEはSLSのことを考えて作られたものですが、後に出たSlackwareにもインストールできましたし、ちょっと工夫するだけでほかのディストリビューションにも対応できました。

 とにかく、このJEのおかげでLinuxは日本で認知されたOSとなることができた、といっても過言ではないでしょう。

 面白いのは、この当時、日本以外の国で日本語の使えるOSを手に入れるのに一番簡単だった方法が、この「LinuxにJEを入れる」ことだったということです。ほかのOSだと、日本以外では日本語版は販売していなかったのですが、Linux+JEだと「ネットから落とすだけ」だったからです。

 JEは後に、羽根秀也さんたちの手により「PJE」という、より整理されたものとなります。また、Red Hat系でも使えるようにとjrpmというプロジェクトもできました。初期のころのRPM系ディストリビューションの日本語版で使われたRPMの中には、jrpmを起源とするものがありました。

前世紀のLinux:飛翔編 予告
後編では、Linuxの実用化にともない、「フリーソフトウェア」やユーザーに生じたさまざまな波紋、そして商用化への動きを紹介します。

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Index
前世紀のLinux
 Googleがあまり知らないLinuxの歴史:黎明編
  Page 1
 Linux誕生前夜のパソコン業界
 その先駆者、minix
  Page 2
 Linux、登場
 JE誕生と日本での認知度向上

Linux Square全記事インデックス


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