元麻布春男の焦点
新グラフィックス・チップ「Parhelia」でMatroxは復活するのか?
――再び競争が激化するグラフィックス市場――

1. Matrox Parhelia-512の新機能

元麻布春男
2002/05/17


 カナダのMatrox Graphicsは、日本でも根強いファンを持つグラフィックス・ベンダだ。ファンを惹きつける最大の魅力は、恐らく2Dグラフィックスのアナログ的な画質の良さにある。特性などの数字だけでは語れないツヤのようなものがあると思う。だが、それだけではファンは納得しない。そのときどきに応じて、性能的にも競争力のある製品でなければ、新しい製品に買い換える必要がなくなってしまうからだ。そしてこの数年、Matroxはこうしたファンの期待に必ずしも応えられていなかったように思う。今回は、エントリ・ワークステーションでの採用が多いMatroxが、5月14日に発表した新グラフィックス・チップ「Parhelia(パーヘリア)-512」を見ていこう。

沈黙を破って登場したParhelia-512

 2001年にMatroxがリリースしたグラフィックス・チップ「Matrox G550」は、グラフィックス・コアのテクノロジとしては1999年に発表されたMatrox G400を継承したものだった。つまりこの時点で2年もの間、コアの抜本的な改善を行えなかったことになる。当然、その性能はNVIDIAやATI Technologiesといった他社に比べて見劣りするものであった。新しい機能にも乏しく、アナログ的な画質の良さだけで訴求するには少々苦しい状況にあった。期待を裏切り続けたMatroxから離れていったファンも少なからずいるハズだ(Matrox G550については「元麻布春男の視点:『売り』のないMatroxの新グラフィックス・チップ『Matrox G550』」を参照)。

 Matrox G550が唯一気を吐いたのは、DVI端子を2つ備えたモデルの設定で、このクラスでは唯一といって良いものであった。そのためか、大手PCベンダの2Dワークステーションのエントリ・モデルでは定番とでもいうべき存在になったのだが、デジタル・インターフェイスがウリというのは、アナログ的な画質の良さでファンをつかんでいる同社にとって、実に皮肉なことだ。なかなか新しいグラフィックス・コアをリリースできないでいるMatroxについて、不満や懸念する声が高まっていたことは間違いない。同社が非公開企業で、社内の情報があまり外に出てこないことも、不安を招いたように思う。「このままMatroxはグラフィックス市場から撤退するのではないか?」という憶測も流れたくらいだ。

Parheliaのロゴ
幻日の3つの光点(真中、右上、左下の青い部分)をシンボル化したロゴ・マーク。

 こうした不安を払拭するかのように、Matroxは5月14日、新しいグラフィックス・チップ「Parhelia-512」を発表した。Parheliaとは、「幻日」を表すParhelion(パーヘリオン)の複数形。幻日は大気中の氷や水蒸気などで屈折した光が、太陽の左右に明るい光点(これがニセの太陽、すなわち幻日の語源)を作り出す気象現象のことだ。Parheliaのロゴ・マークは、太陽と左右に見える幻日の3つの光点をシンボル化したものであり、3つの光点は「Quality(表示品質)」「Performance(性能)」「Feature(機能)」の3つを表したものという。こうした新しいシンボルの定義にも、同社が3年ぶりにリリース新しいグラフィックス・コアに対する意気込みがうかがえる。

Parhelia-512の充実した機能

 実際、発表されたParhelia-512の中身は、そうした意気込みを裏付けるように盛りだくさんの内容になっている。例えば、Parheliaの3要素の1つであるQuality(表示品質)に関する特徴を挙げると以下のようなものがある。

  • 10bit GigaColor Technology:RGB各色を10bitで処理する(従来は8bit処理の製品が多かった)。この10bit処理はRAMDACによるアナログRGB出力だけでなく、DVD再生、テレビ出力にも用いられる。
  • Ultra Sharp Display Output:チップや内蔵RAMDACだけでなく、8層基板の採用やフィルタにもこだわることでアナログ出力の品質を改善。
  • 64 Super Sample Texture Filtering:最大64サンプルを用いるテクスチャのフィルタ処理
  • 16x Fragment Antialiasing:16個のサンプルを用いるアンチエイリアシング
  • Glyph Antialiasing:ガンマ補正も併用したテキストのアンチエイリアス

 さらにPerformance(性能)分野の特徴としては、何といっても名称の由来にもなっている内部512bitアーキテクチャ、外部256bitアーキテクチャの採用がまず挙げられる。いずれもPC用のグラフィックス・チップとしては初めて採用されるものだ。写真ではやや分かりにくいが、サンプル・カードではメモリが2個対になって、Parhelia-512の両側に合計8個が実装されていた。このメモリの配置が斜めになっていることや、上述の8層基板の採用など、256bit幅の外部データ・バスという幅広いバスを採用した裏側にはかなりの苦労がありそうだ*1

*1 256bitデータ・バスということは、データだけで256本もの信号線を狭い基板上と基板内に配線しなければならない。コンピュータ機器でよく使われる多層構造の基板(多層基板)では、各層で信号/電源の配線が可能なので、この8層基板のほうが一般的な4層基板より多数の配線を実現しやすい。ただし基板の製造コストは高くなってしまう。また、グラフィックス・チップを中心にメモリ・チップを斜め向きに配置してあるのは、100MHzを軽く越える高速な電気信号を正しく伝送するべく、各データ信号線を短くし、かつ長さをなるべく揃えるためだろう。これも、バスの信号線の本数が多く、基板上および基板内部での配線の自由度が低いことが影響しているはずだ(信号線が少なければ、配線をわざと引き回して長さを揃えるといった対処が可能)。
 
Parhelia-512搭載のグラフィックス・カード
写真では少々分かりにくいかもしれないが、メモリが2個対になって、Parhelia-512の両側に実装されている。配線長を考慮してメモリの配置が斜めになっている点などに苦労を感じる。

 この256bitメモリ・バスがParhelia-512チップに提供する帯域幅は、20Gbytes/sとされている(容量は最大256Mbytes)。今回の発表では、メモリ・バスとグラフィックス・コアのそれぞれの動作クロック周波数ともに公表されなかったが、この帯域と256bitバス幅から単純に計算すると、メモリ・バスのデータ・レートは600MHz相当となり、DDRメモリが採用されることから考えてメモリ・バス・クロックはその半分の300MHz前後、となりそうだ。ただし、これは最上位モデルが採用するメモリ・バス・クロックで、GeForceやRADEONなどと同様、これより低いメモリ・バス・クロックを採用した下位モデルもリリースされることになるだろう。

 一方、グラフィックス・コアの動作クロックだが、発表会の席上、Matroxの担当者は、「重要なのは性能であり、動作クロックではない」といった趣旨の発言をした。これから考えると、現時点で最も高いコア・クロックを持つGeForce4 Ti 4600の300MHzを大きく超えるものではない、と推測する。もし、300MHzを大きく超えられるのなら、動作クロックをもう少し強調した発表を行うだろう。今回の発表会で公開したグラフィックス・カードは、Parhelia-512チップ上に、Celeron-500MHz程度は十分に冷やせそうな巨大な冷却ファンが取り付けられていた。おそらく製品では、もっと小型のファンが採用されるのだろうが、こうしたチップ冷却の度合いは動作クロック周波数に左右されることから、まだ最終的な動作クロックは決まっていない、というのが実際のところなのだろう。今回、具体的なベンチマーク・スコアについて一切言及されなかったことも、動作クロックが確定していないことを強く示唆している。

 最後のFeature(機能)だが、ここでも多くの新機軸が見られる。まずDisplacement Mappingについて紹介しよう。Displacement Mappingとは、少ないポリゴン数(粗いメッシュ)で表現されたオブジェクトの表面を、細かいメッシュで表現されたスムーズかつ複雑な凹凸を持つ表面として表すための技術である。RADEON 8500がサポートしているN-Patchも表面を滑らかに表現可能な技術だが、N-Patchが凹なら凹方向だけ、凸なら凸方向だけの補完になるのに対し、Displacement Mappingは複雑な凹凸を表現することができる。

大きな図へ
Displacement Mappingの概念
目の粗いメッシュを細かくし、そこにビットマップ・データを凹凸情報として加える。これで平面に高さが加わる。さらにテクスチャを加えたり、光線処理を加えたりすると、図のように山脈の画像が描画できる。

 Matroxのホワイトペーパーから転載した左図をもとに、もう少し細かくDisplacement Mappingを見てみることにしよう。まず一番上は、元になる目の粗いメッシュだ。このメッシュを細かくし、モノクロのビットマップ・データ(Displacement Mapと呼ばれる)を凹凸情報として加えることで、複雑な表面を生成する(この処理をハードウェアで行えるのが、Hardware Displacement Mappingということになる)。ここにテクスチャを加えたり、光線処理を加えたりすれば、最終的な画像イメージが得られるというわけだ。

 このHardware Displacement Mappingを用いれば、例えば衛星から撮影したモノクロ写真をDisplacement Mapとして用いることで、実際の風景さながらの地形を表現することも可能になる。しかし、すべての地形をこのように細かく表現していては、どんなに高速なハードウェアであろうと、処理が追い付かなくなる可能性がある。そこで、Parhelia-512では「Depth-Adaptive Tessellation」という技術がサポートされている。これをひと言で表せば、遠いところのメッシュは粗いまま、近い(よく見える)ところのメッシュは細かくする、という技術だ。これを併用することで高速な処理を実現している。

 こうしたグラフィックスの描画機能のほか、特筆されるのは1チップで最大3台のディスプレイをサポートすることだろう。下図のようにParhelia-512は、2つのRAMDAC(ドット・クロック400MHz)、10bitカラー対応のテレビ・エンコーダ、2チャンネル分のTMDSトランスミッタ(DVIデジタル出力用)を内蔵する。実際のカードでは、これらのうち最大3つの同時出力が可能だ(ディスプレイ・コントローラを2つしか実装していないため、完全に独立した出力が得られるのは2台のディスプレイまで)。発表会場では3台のディスプレイを同時接続したゲームのデモなども行われた。現在、Matroxの採用が多いコンテンツ制作や金融分野向けのワークステーションでは、こうしたマルチディスプレイ対応が求められることが多い。こうした市場を考慮した設計ともいえるだろう。


ディスプレイ・コントローラの構成
出力は、2つのアナログ・ディスプレイ、テレビ、2つのDVIデジタルをサポートする。このうち最大3つの同時出力が可能だ。

 次ページでは、こうした魅力的な機能を持つParhelia-512の不安材料について見ていく。

  関連リンク 
「売り」のないMatroxの新グラフィックス・チップ「Matrox G550」
DirectX 8.1でATIの技術を採用した理由
RADEON 8500はグラフィックス市場に新風を巻き起こすか?
生き残りを賭けたグラフィックス・カード・ベンダの選択
PCグラフィックスの新標準「GeForce4」のインパクト

  関連リンク 
Parhelia-512の製品情報ページ
 
 

 INDEX
  新グラフィックス・チップ「Parhelia」でMatroxは復活するのか?
  1.Matrox Parhelia-512の新機能
    2.機能は魅力的だが製造面で不安もあるParhelia-512
 
 「System Insiderの連載」


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