元麻布春男の焦点

PCの技術革新が市場をけん引できなかった1年
――2002年のクライアントPC市場を振り返る――

元麻布春男
2002/12/20


 「元麻布春男の焦点:IAサーバ市場にも影を落とす景気後退の波」で、2002年のサーバ分野について見てきた。今回は、2002年のクライアントPC分野を振り返ろう。

 サーバ分野と同様、クライアントPC分野にも今年は厳しい1年となった。長期化する不況により個人消費が低迷し、コンシューマ向けPCが伸び悩んだだけでなく、企業がクライアントPCを更新するサイクルも長期化しつつある。この不況の出口はまだまだ見えそうにない。

 このような状況の中、唯一伸び続けているのがADSL回線の契約者数だ。総務省の調査によればDSLの加入者は、2002年11月末時点で約520万回線にも上り、さらに順調に伸び続けている(総務省の「DSL普及状況のページ」)。ADSL回線の普及には、広帯域のインターネット接続(いわゆるブロードバンド接続)の実現という側面もあるが、ADSLの普及を後押しする主な推進力は、実質的に工事不要の手軽さと、定額制の料金システム、月額利用料金の合計額の低さ、という点にある。ブロードバンド接続を前提としたインターネット・テレビなどのコンテンツを目的としたものでは恐らくない。そのため、米国のように市内電話料金が実質的に固定料金であったならば、これほどまでにADSLが普及したかどうか疑問を感じる。もちろん、ブロードバンド接続の普及が新たなコンテンツの開発を生むという側面もあるだろう。2003年は、そういった新しいブロードバンド接続の流れに期待したい。

次々と登場したプロセッサとチップセット

 市場が低迷する一方で、技術的な革新はこの1年も止まることはなかった。2002年の年明け早々にリリースされた、0.13μmプロセス製造によるPentium 4(開発コード名:Northwood)は、デスクトップPCの全セグメントをPentium 4化する切り札であると同時に、ノートPCのメインストリームをPentium 4化した。2003年に開発コード名「Banias(バニアス)」で呼ばれるノートPC向けプロセッサが登場しても、ハイエンド(動作クロックの最も高いセグメント)は当面Pentium 4で占められることになるハズだ。

 このNorthwoodコアとともにやってきたのが、DDR SDRAMをサポートしたIntel 845チップセットだ。Intel純正としては初のDDR SDRAMサポートのチップセットとなったこのIntel 845により、メモリの主流がDDR SDRAMになることが確定し、PCメイン・メモリにおけるRDRAMがニッチ・プレイヤーとなることが決定した。Intel 845がサポートしたDDR-266から、現在はDDR-333がサポートされるに至っているが、2003年はDDR-400の対応がウワサされている。

Hyper-Threading技術に対応するPentium 4に付けられるロゴ・マーク
Hyper-Threading技術を有効にする条件(OSやチップセットを含む)が揃ったPCに付けられるロゴ・マーク。2003年は、このロゴが付けられたPCの数が数量、機種ともに大幅に増えるはずだ。

 一方、Intelは既存のIntel 850EチップセットでPC1066 RDRAMメモリをサポートすることで、「最高性能=RDRAM」という図式を守った形だが、この先があるかどうかは疑問だ。PC1066への対応において、転送レートの向上と引き替えに、Rambusチャネルに接続可能なメモリ・デバイス数に24チップまでという制約が加わる(本来はチャネルあたり32チップ接続可能)など、既存の製品の延命は限界にきているからだ。かといって、Intelのロードマップに次のRDRAM対応チップセットがあるわけでなく、サーバ/ワークステーション向けの分野から一足先にRDRAM対応チップセットは事実上姿を消してしまった。

 サードパーティであるSiSもRDRAMをサポートしたチップセットを発表したものの、量産は開始されておらず、いまのところ単なる「アリバイ」に近い状態だ。ただ、2003年に次世代のPC1200 RDRAMメモリのサポートをともなう形で、RDRAM対応チップセットが登場する可能性が高い。現時点で、Pentium 4の性能を最も引き出せるチップセット/メモリがIntel 850EとPC1066メモリであるのは間違いないが、その将来性が必ずしも確かでないことは踏まえておかなければならないだろう。

 Northwoodコアの、いわば最終形としてHyper-Threading技術をサポートしたPentium 4が2002年11月にデビューした。1つの物理プロセッサでありながら、論理的には2つのプロセッサに見えるHyper-Threading技術には、複数のスレッドを効率よく並列に処理することでプロセッサの利用効率を高めるという、今後Intelがプロセッサの高性能化を図る方向性が見てとれる。

厳しい年となったAMD

 AMDにとっても2002年は厳しい1年となった。6月に0.13μmプロセス製造によるAthlon XP(開発コード名:Thoroughbred)を発表したものの、当初の供給状況は決して潤沢とはいえなかった。動作クロックの引き上げも滞りがちで、Intelとの差は開く傾向にある。本稿執筆時点において、AMDが発表しているAthlonの最高クロックは2.25GHz(モデルナンバーで2800+)だが、このプロセッサが2002年内に出荷される可能性はほとんどないと考えられている。ここ数年、プロセッサ市場でのシェアを伸ばし続けてきたAMDだが、今年はシェアを落とす結果になった模様だ。

 AMDにとってもう1つの大きなニュースは、創業者のジェリー・サンダース(Jerry Sanders)会長に代わり、ヘクター・ルイズ(Hector de J. Ruiz)社長が最高経営責任者(CEO)の座に就いたことだ。ルイズ社長は、AMDの今後の事業展開について、サンダース会長とはやや異なるスタンスを示している。1つは、自社ファブ(製造工場)での生産にこだわらない姿勢で、設備投資の効率化をとなえている。すでにこの路線は、台湾の半導体製造会社であるUMCとの提携や合弁という形で姿を現しつつあったが、これはルイズ社長の方針だったようだ。サンダース会長にとって、自社ファブでIntelに勝てるプロセッサを製造して販売することは、単なるビジネス以上の何かだったように思うが、ルイズ社長路線ではあくまでもビジネス上の合理性が優先されるということなのだろう。今後AMD製プロセッサの量産は、自社ファブであるFab 30から、徐々にUMCへの生産委託、さらにはUMCとの合弁会社へとシフトしていくものと思われる。

 また、ルイズ社長は、チップセット・ビジネスについても、いままで以上にサードパーティ重視の姿勢を打ち出すようだ。サードパーティにチップセットを依存すると、サードパーティの開発状況によって自社のプロセッサの販売計画が左右されることになる。実際、2001年にIntelは、Intel Xeon向けのチップセットが、サードパーティであるServerWorksからリリースされず、大幅に販売開始が遅れるという経験をしている。これは、2000年ごろからサーバ向けチップセットをServerWorksに依存してきた結果である。こうした苦い経験から、Intelでは方針を転換し、2001年中ごろからサーバ向けチップセットの自社での開発を再開している。

 もちろん、AMDもこうしたリスクは十分に把握している。それを克服するため、プロセッサの開発段階からチップセット・ベンダの参加と協力を得る、ということのようだ。これまで以上にサードパーティ製チップセットへ依存しながら、自社のリソースはプロセッサ関連に集中させるという戦略なのだろう。米国の新聞に掲載されたインタビューによれば、AMDはチップセットを作らない、という過激(?)な発言さえみられたほどだ。

次世代プロセッサ「AMD Athlon 64」のロゴ・マーク
サーバ/ワークステーション向けとして新たに「AMD Opteron」というブランドを採用する一方、クライアントPC向けとしては一応の成功を見た「Athlon」ブランドを残しつつ、64bitを強調するネーミングとした。

 この背景には、現在のAMDにとってチップセットに対して開発リソースを割く余裕がないという切羽詰った事情も垣間見える。2003年にAMDは、「AMD Opteron」という本格的なサーバ向けプロセッサの投入も行う。AMD Opteronならびに次世代のクライアントPC向けプロセッサのAMD Athlon 64では、独自の64bitアーキテクチャ「x86-64テクノロジ」を採用する。これらのプロセッサを成功に導くためには、これまで以上にソフトウェア・サポートなどが欠かせないのは間違いない。経常利益が確保できているのならば、人員増などによって開発リソースを拡充するという手もあるだろうが、現在のAMDは連続して赤字決算となっており残念ながらそういった余裕はない。いまや、サードパーティの協力を得て自社のリソースをプロセッサ関連開発に集中するしかない、という状態でもあるのだ。この戦略がうまくいくかどうか、2003年のAMDの動向に注目したい。

次世代のI/Oが見えてきた2002年

 2002年はI/Oの分野でも、さまざまな技術が登場した年だった。Microsoftが待望のドライバをWindows向けにリリースしたことで、USB 2.0も本格的な普及期に入った。480Mbits/sと高速なUSB 2.0が利用可能になることで、これまでSCSIやIEEE 1394が主流だった外付けストレージは、急速にUSB 2.0とイーサネットにシフトし始めている。いまもイーサネットの主流は100BASE-TXだが、すでに1000BASE-Tのイーサネット・カードも1万円を大幅に割り込み、安価なスイッチング・ハブの登場とともに、普及の兆しを見せている。少なくともサーバにおいては、1000BASE-Tは必須となっており、標準装備が一般的になっている。

 グラフィックス分野ではAGP 8xが登場したが、そのインパクトについてはハッキリしない点も多い。一般的なビジネス・アプリケーションはもちろんのこと、3DゲームでもAGP 4xに対するAGP 8xの効果はほとんど見られない。1年半もすると、PCI Expressが登場することを思えば、AGP 8xに移行する意味がどれくらいあるかは微妙なところだろう。思えば、AGP 2xから4xへの移行の際も、性能的なアドバンテージがハッキリとせず、それもあってAGP 2xしかサポートしないIntel 440BXチップセットが予想以上に延命したこともあった。新規に購入する場合にAGP 8xを拒む理由はまったくないが、AGP 8xを目的に新規購入するというのは、大多数のユーザーにとって割りに合わないものとなるに違いない。

Tablet PCの価値は?

富士通のTablet PC「FMV-STYLISTIC」
Windows XP Tablet PC Editionを搭載したピュア・タブレット型PC。ドッキング・ステーションに接続することで、省スペース・デスクトップPCとしても利用できる。

 2002年のクライアントPCを語る上で、避けて通れないのがTablet PCの登場だ。最もモビリティの高いポータブルPCというコンセプトで登場したTablet PCだが、出荷が11月末からということで、2002年に大きなインパクトを与えることはなかった。では2003年にはブームになるかといわれると、そこまで明るい兆しは見えないというのが正直なところだ。

 まずハッキリさせておきたいのは、Tablet PCは革命的な新製品ではない、ということだ。それは、OSであるWindows XP Tablet PC Editionが、Tablet PCのために新しく開発されたOSでも、Tablet PCのために最適化されたOSでもないことが如実に物語っている。Windows XP Tablet PC Editionは、Tablet PCに求められる機能を追加したWindows XPであって、それ以上の何ものでもないのだ。当然それを搭載するTablet PCも、革命的な新製品というより、Windows XPを搭載した既存のノートPCの延長線上にある製品ということになる。

 もちろんだからといって、Tablet PCに加わった手書き入力機能や付属のアプレットに価値がないといっているわけではない。問題は、その価値がいくらに評価されるか、という点にある。例えば、B5サイズのサブ・ノートPCを新規に購入すると仮定して、BTOのオプションとして1万円でTablet PCになるといわれれば、恐らく筆者はその1万円を払うと思う。だが、5万円といわれれば、答えは「ノー・サンキュー」だ。たぶん筆者にとってTablet PCがもたらす付加価値は、2万円から3万円の間だと思うのだが、現実のTablet PCの販売価格は、これより高い。価格というものは、継続的に製品をリリースし続けることで徐々にこなれていくものだが、過去の実績からいって継続的に製品がリリースされ続けるかどうかに不安があるだけに、手を出しにくい製品になっているように思う。

 このように2002年は新しい技術が次々と登場したものの、それが市場をけん引するまでには至らなかった。また、製品としては結実しなかった技術も多い。2003年には、ノートPCにBaniasが投入され、Hyper-Threading技術も幅広く実装される。前述のようにAMDからも新しい64bitプロセッサがリリースされる。これらの製品がIT市場をけん引できるかどうかに、2003年の明暗がかかっているといってもよいだろう。2003年の年末に書く原稿には、明るい話題が多くなることを望みたい。記事の終わり

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