連載:IFRSと経営
IFRSがもたらす負荷、そして経営メリット
野村直秀
アクセンチュア株式会社
2009/7/23
IFRS導入は経営にどのようなインパクトを与えるのか。挙げられるのは業務プロセスやITシステムへの影響。教育の重要性も増す。しかし、負荷だけではない。IFRSが実現する「徹底した標準化と集約化」は経営の効率化、高品質化を生み出す(→記事要約<Page 3 >へ)
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内部統制への影響
これまで述べてきたように、IFRS対応により、様々な業務プロセスやシステム、社内ルールが大きな影響を受けることを確認していただけたと思います。このように影響を受ける範囲の多くは、内部統制報告制度の対象範囲でもあります。したがって、IFRS対応をすることにより既存の内部統制および関連文書の再整備が必要になります。
一方、IFRSをグループ企業内で適用することにより会計処理方法や業務プロセスの標準化が行われ、実質的な内部統制報告業務の工数削減も可能となる場合もあります。
IFRSによりもたらされる経営基盤の活用
IFRSという新しい会計基準が日本の企業にもたらすものは、単に“IFRS対応”という負荷だけではなく、世界のさまざまな国でIFRSという共通言語で経営が議論できる基盤ができるということを忘れてはならないでしょう。
日本企業は、これまでも世界各国に進出し、生産活動や販売活動を積極的に展開し、多額の収益を上げてきました。ここ数年は海外で獲得する収益が日本国内で獲得する収益を凌駕するような企業も増えてきています。
しかしながら、日本企業は長い間、進出した企業の業績をその国の会計基準を用いて記録してきました。日本の本社あるいはほかの拠点との業績情報を共有化するために、修正や補正などを行ってきました。
このような手法は、現地の間接業務に必要なコストを極力圧縮して、効率的な運営を志向したことが大きな理由の1つといわれています。しかしながら、近年のように海外収益の増大や、海外で行われるオペレーションが複雑化する中で、企業グループ全体のオペレーションの調整やリスク管理を適時・適切に行うためには大きな障壁の1つとなっていました。
IFRSは、世界100カ国以上で適用される会計基準であり、英語に次ぐビジネス界の世界共通言語といってよい立場になることが確実です。
これからも、世界各国で果敢にビジネスを展開していく必要性が高い日本のグローバル企業は、このような経営基盤を有効に活用して、グループの経営効率の最大化を目指すべきです。一足早くIFRSを導入したEUのグローバル企業や一部の米国企業はこのメリットに気づき、すでにこの基盤を最大限活用できる経営管理の仕組みの導入をすすめています。それでは、IFRSのもたらす経営基盤を活用できる経営管理の仕組みとは、どのようなものでしょうか?
一言で表現すると「徹底した標準化と集約化」といえます。IFRSという共通言語を活用するためには、グループ内の会計処理方法を統一化(標準化)することが必要であるとは前述した通りです。IFRSで表現される財務情報を経営管理の観点から適時に分析するためには、主要な業務プロセスや各種コード体系の統一が必要となります。そして統一されたコード体系に基づくさまざまな取引情報を標準化されたERPなどで管理することにより、それらの情報はグループ企業内で瞬時に共有することが可能となります。
また、標準化された当該ERPのシステムやその保守業務のみならず、グループ内で統一された経理業務などをグローバルでシェアードサービス化することにより、大きなコストダウンが可能となり、また業務品質の維持・向上も期待できます。
このようなオペレーションモデルに至る道は、決して平坦なものではありません。しかし、IFRSのもたらす新しいグローバル経営基盤を活用して自社の強みに生かすことが必要とされていることも事実といえるのではないでしょうか。
筆者プロフィール
野村 直秀(のむら なおひで)
アクセンチュア株式会社
経営コンサルティング本部 財務・経営管理 グループ統括
エグゼクティブ・パートナー 公認会計士
アーサーアンダーセン公認会計士共同事務所、朝日アーサーアンダーセン株式会社、KPMGコンサルティングを経て、2006年にアクセンチュア入社。大手メーカーの決算早期化プロジェクトや大手金融機関の内部統制強化プロジェクトなどを担当。共著書に「内部統制マネジメント」など。
アクセンチュアのIFRSチームを率いる(Webサイト)
要約
IFRSの導入は経営的にどのようなインパクトをもたらすのか。まず挙げられるのは業務プロセスとITシステムへの影響だ。業務プロセスではさらに営業プロセス、固定資産管理プロセス、研究開発プロセスなどが挙げられる。営業プロセスでは売り上げの認識時点が変更されることで納入先・物流業者の協力や、営業担当者による新たな作業が必要になる。
ITシステムでは特に経理システムへの影響が大きい。IFRSが適用されても税務は現状のまま残ることが予測され、経理システムはIFRSと現行税法の両方に対応する必要がある。
経営全般への影響を考えると、企業は自社が掲げている経営目標数値を見直す必要がある。例えば、総資産利益率を経営目標数値として提示している企業の場合、IFRSの導入で固定資産および固定負債として計上される金額が大幅に増加することが予想される。新たな経営目標数値を設定・開示することが必要になる。
IFRS適用、そしてIFRS適用後の業務プロセスを適切に処理するためには社員への教育が重要だ。特に経理・財務部門への教育は、早急に開始することが望まれる。原則主義のIFRSを正しく理解した上で、自社の各種取引の内容を判断して適切な社内ルールを構築および維持できる人材の育成が必須となるからだ。
IFRSという新しい会計基準が日本の企業にもたらすものは、単に“IFRS対応”という負荷だけではなく、IFRSという共通言語で経営が議論できる基盤ができるということでもある。日本のグローバル企業は、このような経営基盤を有効に活用して、グループの経営効率の最大化を目指すべきだ。
IFRSを活用できる経営管理の仕組みとは「徹底した標準化と集約化」。IFRSという共通言語を活用するためには、グループ内の会計処理方法を統一化(標準化)することが必要。さまざまな取引情報を標準化されたERPなどで管理することにより、取引情報はグループ企業内で瞬時に共有できるようになる。