連載:IFRSとは何なのか(1)
ここから始まる国際会計基準
伊藤久明
プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント株式会社
2009/6/29
国際会計基準(IFRS)の日本での適用が見えてきた。世界100カ国以上が採用する会計基準だが、日本企業にはなじみが薄い。IFRS誕生から広がったきっかけ、その特徴までをIFRS導入プロジェクトに従事する公認会計士が分かりやすく解説する。(→記事要約<Page 3>へ)
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本連載の第1回では、IFRSとは何かというテーマについて、IFRSの全般的な内容をその成り立ちから振りかえって説明する。なお、本文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。
IFRSの成り立ち
(1)エスペラント語と似ている?
皆さんは、エスペラント語のことをご存知だろうか。1887年に最初の文法書が発表されたエスペラント語は、全世界全ての人の第2言語を目指して開発された国際言語である。文化的な背景等を持って自然に発展してきた自然言語とは異なり、人為的に開発された人工言語に分類される。
IFRSもこのエスペラント語と同じように人為的に開発された会計基準である。元々、会計基準とは、「一般に公正妥当と認められる会計原則」といわれるとおり、自然言語同様、各国それぞれの文化的な背景などから慣習として発展してきたものである。これに対しIFRSは、初めから、投資家の意思決定に有用な情報を提供するという財務諸表の目的に適合するように開発された。
(2)そもそもIFRSであっているのか?
ここまで、国際会計基準をIFRSと略して記載してきたが、IASという略称もあり紛らわしくて分からないと思われる方がいらっしゃるかもしれない。この違いを説明したのが下記である。
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IAS、IFRS、SIC、IFRICの4つを総称して国際会計基準または国際財務報告基準という。略称はIFRSまたは、IFRSs |
まず、国際会計基準委員会(IASC)が開発した個別の基準書のことを示すときはIAS(国際会計基準)○号と表記する。IASCはその後、国際会計基準審議会(IASB)という新体制に移行したが、そこで開発された基準書を指すときはIFRS(国際財務報告基準)○号と表記する。
そして、上記個別の基準書と詳細な取り扱いを記した解釈指針を総称するときは、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards)略してIFRSまたは個別の基準書の略称との混同を避けるため「IFRSs」と複数形で表記する。ただし、新聞などのメディアでは、分かりやすさを優先してか、総称するときも国際会計基準と表記するのが一般的で、2009年6月16日に金融庁から公表された「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」、いわゆる日本版ロードマップ(日本におけるIFRS導入のあり方について示した報告書)においても、報告書タイトルでは国際会計基準を、本文中は略称のIFRSを使用していた。
このように、一般的な表記においては、日本語訳と英語の略称表記が一致していないが、同じ意味で使用しているのでご注意いただきたい。
(3)広がりを見せるIFRS
エスペラント語の話者は100万人程度に留まっているのに対して、IFRSは全世界100以上の国で適用が強制または許容される会計基準である。ただし、IFRSがここまで世界的に適用されるようになるまでには紆余曲折があった。
そもそもIFRSの始まりは、今から30年以上前の1973年に遡る。1973年は前述したIASCが発足した年で、主要国の会計士団体が参加し、IASの開発をスタートさせた。ただし、主要国の会計基準をベースにその開発が進められたことから、主要国間で差異がある基準については、代替的な処理を複数認めたため、企業間の財務諸表の比較が困難である、という批判を受けることとなった。その後、可能な限り代替処理を取り除く「財務諸表の比較可能性改善プロジェクト」や、コア・スタンダード(中核となる会計基準)の開発といった取組みを通じてIASの品質は向上し、2001年にIASCから改組されたIASBに基準開発が引き継がれた。
IFRSの適用の広がりを決定付けたのは、2005年のEUにおける域内上場企業に対するIFRS強制適用である。IFRSは、IASCという各国へ会計基準の適用を強制する権限を持たない会計士団体により開発されたものなので、当初から強制力をもった後ろ盾(規制当局)が必要であった。他方EUとしても、通貨統合、市場統合を経て、統合された市場において適用する統一された会計基準が必要だったのである。