連載:日本人が知らないIFRS(1)
IFRSは「会計」基準ではない、では何なの?
高田橋範充
中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授
2009/8/24
「国際会計基準」として理解されているIFRS。しかし、フレームワークを読み込むと従来の会計イメージとは異なる姿が現れてくる。会計基準でないなら、IFRSは何を目指しているのか? (→記事要約<Page 3>へ)
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フレームワークのロジック
IFRS/IASの最も基本的な考え方を示しているフレームワークは、いわば憲法といえるだろう。IFRSのフレーワークというと、理解可能性(understandability)、目的適合性(relevance)、信頼性(Reliability)、といった財務諸表の質的属性を巡る議論が注目されることが多いが、IFRSの想定する財務諸表が論理的に展開されていることはあまり知られていない。フレームワークを原文で読んでみると、(1)IFRSの意義、(2)財務諸表の目的、(3)有用な情報、(4)貸借対照表の意義、(5)資産の定義が直線的に配置されており、揺るぎないイメージが伝わってくる。
(1)IFRSの意義は、フレームワークの序文の中で明確に述べられている。端的にいえば、財務諸表の差異をなくすために基準を国際的に同一化しようとすること、である。だが同時に、財務諸表が意思決定に有用かどうかを判断基準として、基準の同一化が進められなければならないといった、より積極的な意味が付け加えられていることには注意が必要である。
さらに、この財務諸表の有用性といった観点から、次のような文章が序文に含まれていることは印象的である。「財務諸表は、通常、原価主義すなわち名目資本維持に基づく会計モデルに合致するように作られている。経済的意思決定に有用な情報を提供するといった視点からは、他のモデルないしは概念が有用かもしれない」(序文)
通常「会計」と呼ばれている存在の意義を否定することに、自らの起点を置いているのである。この意味において、IFRS/IASが目指すのは「会計」ではない。
(2)経済意思決定に有用な情報といっても、企業には、投資家、従業員、資金の貸し手、取引先、顧客、政府および関係者、公衆など多様な利害関係者が存在する(フレームワーク・パラグラフ9)。
これらのうち、どの利害関係者の意思決定に焦点を与えるかが次の問題になる。この問題に対するフレームワークの考え方は明確である。すなわち、投資家が最大のリスクを負っていることを考えれば、投資家の情報要求を満たすことによって、他の利害関係者の情報要求にも応えられると考えるのである(パラグラフ10)。
(3)それでは、その情報要求はどのような内容だろうか。これに対するフレームワークの回答も鮮明である。「財務諸表利用者の行う意思決定は、企業が現金ないし現金同等物を生み出す可能性および、そのタイミングとその確実性に関する評価を要求する」(パラグラフ15)
周知のように「将来キャッシュフローの生成能力」はいわば企業価値評価論の中心命題である。この議論は過去における利益計算とは異質であり、伝統的な「会計」概念との決別を意味する。すなわち、財務諸表の役割が、従来の利益計算のツールから、企業価値の表示へと大きく変化させられているのだ。しかし、日本ではこの変化があまり紹介されていないように思われる。
(4)このような企業価値を表示しようとするアプローチにおいては、財政状態の表示、すなわち貸借対照表こそが中心に位置付けられることになる(パラグラフ16)。それは資産の意味を次のように述べることによって、完成する。
(5)「資産の将来的経済便益は、企業の現金ないし現金同等物の将来的フローに対する直接的、間接的な潜在的貢献である」(パラグラフ53)