連載:IFRS基準書テーマ別解説(1)
「収益基準」を5つの観点から見てみよう
榎本尚子
仰星監査法人
2009/10/5
IFRSを構成する主要な基準書をテーマ別に解説する。初回は、どの企業にも少なからず影響のある収益に関する基準を取り上げる。IFRSでは、商品販売やサービスの提供など収益に関する一般的な基準をIAS18号で、工事契約に関する基準をIAS11号で定めている。
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(3)総額表示と純額表示(取引額で売上を計上できない場合)
IAS18号では代理の関係にある場合には、回収金額全額ではなく手数料の額のみを収益として計上するとしている。本人としての行為か、代理行為かに関する判断のガイドラインには、次のように示されている。
本人としての取引とされるのは、取引に関する重要なリスクと経済価値の変動にさらされている場合である。具体的には、商品やサービスを提供する責任や在庫リスクを負う、価格に裁量権を持つ、顧客の信用リスクを負う場合である。企業が獲得する金額が取引単位ごとあるいは取引金額の一定割合など事前に決められている場合は、リスクを負わない代理取引とみられる。
一部の業態では、この判断により売上高の金額が大幅に減少する可能性がある。リスク負担の観点から代理取引に該当するかどうかの検討を早期に行う必要がある。
(4)開示
IFRSで求められている開示内容は以下の通りである。
IAS18号
- 収益の認識に関する会計方針(進捗度の決定方法を含む)
- 当期に認識した収益の重要な区分(物品の販売、役務の提供等)ごとの金額
- 収益の重要な区分に含まれている、交換から生じた収益の額
IAS11号
- その期間に認識した工事契約収益の額
- その期間に認識した工事契約収益の決定方法
- 進行中の工事契約の進捗度の決定方法
- 進行中の工事に関する情報(原価、利益等)
原則主義のIFRSの下では、企業は自ら採用した会計方針が原則に照らして妥当であることを説明する必要がある。すでに制度化されている海外の実例では、注記の量が非常に多く収益の認識基準だけで数ページを使っている例も見られる。
日本では重要な会計方針として収益の認識基準の注記が求められているが、実際に記載をしている例は非常に少ない。割賦販売や工事契約等の代替的な計上基準が認められている場合以外は、注記を省略することができるとされているためである。
IFRS移行後は開示項目が増大するので、同業他社の事例収集や文例の作成などの早期の対応が必要である。
(5)収益認識プロジェクト
収益認識はIASBと米国FASBとのコンバージェンスの中でも重要項目とされており、改訂プロジェクトが進行している。2008年12月には、IASBからディスカッションペーパー(DP)「顧客との契約における収益認識についての予備的見解」が公表されている。
このDPでは新しい収益認識モデルを提供しており、その特徴は以下のとおりである。
- どのような取引にも適用可能な単一の収益認識モデルとして開発されている。
- 顧客との契約から生じる権利と義務に着目している。契約により財・サービスを提供する約束を履行義務とし、履行義務の充足時に収益を認識する。
- 履行義務の充足時は顧客への財・サービスの移転時とされ、顧客が資産に対する支配を獲得した時点と見ることが提案されている。具体的に支配の獲得時点をどのように判断するかは、解釈の余地があるものと考える。
- 履行義務を提供する個々の財・サービスの単位で捉え、識別された履行義務が充足されるごとにそれぞれ収益を認識する。IAS18号では、十分なガイドラインが示されていないとされていた取引の識別について、一定の指針を示すものとなっている。
DPで挙げられている実務に対する影響には以下のようなものも含まれており、留意すべきと考える。
- 商品と保証などのアフターサービスのセット販売の場合、保証部分はサービスの提供期間にわたって認識することになる。現行実務では、販売時に全体の収益を認識しアフターサービスにかかるコストを引当てる方式も行なわれている。新しい収益認識モデルではこの方式は認められない可能性がある。
- 工事については、契約内容によっては進行基準による認識ができない可能性がある。資産の支配が建設の進捗に応じて顧客に移転する場合には、連続的に履行義務が充足されていることになるが、そうでない場合履行義務の充足がなく収益の認識基準を満たさないためである。
筆者プロフィール
榎本 尚子(えのもと なおこ)
仰星(ぎょうせい)監査法人
パートナー 公認会計士
一橋大学商学部卒。監査法人朝日新和会計社国際事業本部アーサー・ヤング(現新日本有限責任監査法人アーンストアンドヤング)、監査法人芹沢会計事務所(現仰星監査法人)にて会計監査業務に携わる。現在は、国際業務の責任者として、国際会計基準への移行支援業務及び研修企画、所属する国際ネットワークへの対応業務、国際的な監査業務などに従事している。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある