[ガートナー特別寄稿]
AMDのOpteronプロセッサ、その課題と可能性

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチディレクター
栗原 潔

2003/5/2

 4月22日、AMDは待ちに待たれたサーバ向け64ビット・プロセッサ「Opteron(コード名“SledgeHammer”)」を発表した。Opteronはこれからのサーバ市場にどのような影響を与えていくのだろうか? そして、企業ユーザーはどう動くべきなのだろうか?

【まずは歴史のお勉強】

 よく知られているように、インテルの64ビット・アーキテクチャであるIPF(Itanium Processor Family)は、VLIW(Very Long Instruction Word)と呼ばれるアーキテクチャに由来している。VLIWとは、1980年代後半にMutiflow Computer社というベンチャー企業が実用化した画期的アーキテクチャである。そのポイントは、名前のとおり、極めて長い命令に複数のサブ命令をコンパイル時に詰め込んでおくことで、高い実行効率を得るところにある。性能のボトルネックになりがちな命令のスケジューリング処理を実行時ではなくコンパイル時に済ませておくという合理的アーキテクチャである。実際、かなり貧弱なハードウェア構成でも優れた性能を発揮していたのだが、残念ながらビジネスとしては成功せず、Multiflow社は1989年に倒産してしまう。

 その後、Multiflow社のキー・アーキテクトであったJoseph Fischer氏がヒューレット・パッカード(HP)に転職し、1994年、HPはVLIWの研究成果を活用してインテルと共同で次世代64ビット・アーキテクチャであるIA-64(現在の呼び名ではIPF)の開発プロジェクトを開始した。もともとのVLIWでは、プロセッサの内部構成(レジスタ数など)がコンパイラに丸見えになってしまい、プロセッサ・ファミリ間のバイナリ互換性が維持できない。さすがに、ビジネス・コンピューティングの世界でこれはまずいということで、VLIWよりも多少ハードウェアの抽象化を強めてファミリ間の互換性を改善したEPICという新アーキテクチャが開発されたのだった。

【IPFの課題】

 もし、何のしがらみもない条件で価格性能比と拡張性に優れたプロセッサを作ろうというのならば、EPICは最善の選択肢だっただろう。しかし、ビジネス・コンピューティングの世界では、過去の資産とのバイナリ互換性は必須の要件である。特に、全プロセッサの90%以上のシェアを有するインテル・アーキテクチャであればなおさらである。IPFの開発は当初の予定よりも大きく遅れた。IPFの開発のかなり大きな部分がIA-32との互換性(および、HPのPA-RISCとの互換性)維持のために費やされたと推定される。EPICは革新的すぎるが故に過去の資産との互換性維持が本質的に難しいのである。

 このようにアーキテクチャの根本的な変革を伴なうドラスティックな64ビット化を行ったインテルに対して、AMDのアプローチは単純明快だった。まずは命令のアドレス長を64ビットに拡張するというアプローチを取ったのである。AMDのアプローチは明らかに短期的にメリットを提供できる。32ビットのコードも64ビットのコードも同等の高パフォーマンスで実行できるからである。それに対して、IPF上では32ビットのバイナリの実行性能は限定的である。

 EPICが将来を見据えたアーキテクチャなのは確かである。従来型アーキテクチャでは、命令スケジューリングの複雑性の増加とメモリ帯域幅がボトルネックとなり、クロック数を上げても性能が頭打ちになる状態がいつか必ず訪れるからである。しかし、ある意味、インテルは「先を見すぎた」とも言える。過去との互換性維持のために出荷の遅延を招いた一方で、その肝心の過去の資産の実行では十分な性能が出せないという中途半端な状態になっているからである。

【AMDの課題と可能性】

 AMDには、このようなインテルにとっての短期的課題をうまく利用できる機会がある。ここでの、AMDの最大の課題は他ベンダの強いサポートを得ることだろう。その意味で、IBMやマイクロソフトがサポート意向を表明していることは何とも心強い。特に、マイクロソフトにはAMDをサポートするに十分な動機がある。つまり、インテルへの過剰な依存を避けるということである。過去において、マイクロソフトはWindows NTをPowerPCやAlphaプロセッサに移植するなどインテルへの依存度を軽減する試みを行ってきたが成功できなかった。

 Opetoronが64ビット・モードでも32ビット・モードでも良好なパフォーマンスを発揮することで、Windows上のユニークなソリューションが可能になる点にも注目すべきだ。例えば、64ビット版WindowsのTerminal Service上で複数の32ビット・アプリケーションと64ビット・アプリケーションを並行稼働したり、マイクロソフトによるConnectix社からのテクノロジ買収で得られた仮想サーバ機能を利用して、64ビット版のWindowsと32ビット版のWindowsを同一マシン上で稼働する形態などが原理的に可能になる。これは、現状のIPFでは対応し難い活用形態である。

【企業ユーザーはどうすべきか?】

 絶対的な性能が必要であり、かつ、長期的に有効な64ビット・アプリケーション向けアーキテクチャを求めているユーザーはIPFを選択すべきである(このようなユーザーの数は今のところは決して多くないだろう)。また、当然ながらHP-UXを稼働するPA-RISCプロセッサの後継としてはIPF以外の選択肢はあり得ない。

 32ビットのアドレス空間に問題を感じていないユーザーは、現状のIA-32に留まることが現実的だろう。今後ともIA-32の強化は続いていくからである。

 32ビットを超えるアドレス空間が必要だが、既存アプリケーション資産もサポートしたいユーザーにとっては、Opteronが有効な選択肢となるだろう。特に、前述のように、64ビット版Windowsの下で32ビット・アプリケーションを稼働するような場合である。また、単に32ビット版Windowsの下で32ビット・アプリケーションを稼働する場合でもOpteronによるメリットが得られる場合もある。アプリケーションが4GBのアドレス空間を(カーネルとの競合なしに)全面的に使えるようになるからである。大規模なExchange Serverの環境などでは有効なケースがあるだろう。

 いずれにせよ、市場に適切な競争が存在することは望ましいことである。64ビット市場におけるAMDとインテルの競合はユーザーにとって歓迎すべき状況であるといえる。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチディレクター 栗原氏からの寄稿である。

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