[ガートナー特別寄稿]
ITベンダの吸収合併に備えてユーザーができること

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチディレクター
栗原 潔

2003/8/16

 昨年のことだが、ポータル専業ベンダとして先駆的存在であったEpiCentric社の共同創業者兼CTOであるVijay Pullur氏の講演を聞く機会があった。その講演の最後に聴衆の1人が「もし、EpiCentric社が買収されるとするならば、どのような会社に買収されるべきか?」という質問をした。

 日本の会社であれば、仮に買収話が水面下で進行中であったとしても、「わが社の業績は好調であり、買収される可能性などない」と答えるところであろう。しかし、Pullur氏は、まったく表情を崩すことなく、「資金力があり、ブランド力のある企業に買収されれば、当社のテクノロジを最大限に生かすことができるだろう」と述べた。そして、実際、それから約3週間後に、EpiCentric社は大手Webコンテンツ管理ベンダであるVignette社に買収されることとなった。

 この逸話から分かるのは、米国のIT企業の経営者は買収されることは必ずしも悪ではないと考えているということである。ガートナーは、企業合併、業務停止、破産などの理由により、2004年末までにソフトウェア・ベンダの数が2000年時点の半数になると予測しているが、ベンダの数が減ること自体は市場の成熟化の証しであり、悪いニュースとばかりは言えないだろう。

 昨年のIBMによるラショナル・ソフトウェアの買収、今話題の中心であるオラクル、JD エドワーズ、ピープルソフトの動き、そして、最近のビジネス・インテリジェンス市場におけるビジネス・オブジェクツによるクリスタルディシジョンズの買収そしてハイペリオンによるブリオの買収等々を見るに、この予測が当たる可能性は高いと思われる。

 一般に、ITベンダが他社を買収する目的には以下のものがあるだろう。もちろん、どの買収ケースもこれらの要素の複数を理由とすることが通常であり、ただ一つの理由だけというケースはないと言ってよい。(これ以外にも、特に日本企業では1つの企業傘下の子会社の統廃合などが行われこともあるが、これは市場のダイナミクスによる企業の合併とは別のものと考えるべきだろう。)

  1. テクノロジや知的財産権の獲得
  2. 既存顧客ベースやブランド価値の獲得
  3. 組織統合によるスケールメリットの獲得とコスト削減
  4. 競合他社を消滅させることによる市場シェアの拡大
  5. 業績が悪化した企業の救済的合併

 上記の中で4は決して望ましいことではない。買収される側の企業の顧客にとっては、突然のサポート停止や強制的な移行で大きな不利益を被ることがあるからである。それ以外の場合には、買収がうまくいきさえすれば、買収する側の企業のユーザーも買収される側の企業のユーザーもメリットを得られる可能性が高い。

 例えば、かなり先行きを不安視されていたヒューレット・パッカード(HP)によるコンパックの買収(理由としては、上記の3が50%、1が20%、2が10%、5が20%程度の割合であろうか?)であるが、結果的にはまあまあ合格点というのがガートナーの見解である。例えば、両社の規模拡大のための合併を辛らつに批判し、単一プラットフォームへのフォーカスこそが重要としていたサン・マイクロシステムズの業績が大きく落ち込んでいることを考えると、HPの決断は間違っていなかったといってよいだろう。また、逆に、もしHPがコンパックを買収していなかったとするならば、コンパックはさらなる業績悪化によりいずれにせよ単独の企業としては存続できなかったという見方もある。旧コンパックのユーザー(特に、Himalaya[Tandem]のユーザー)にとって見れば、HPの買収でサポートが継続されたことになり、買収は良い結果をもたらしたと言えるだろう。

 しかし、ITベンダの消滅は少なくとも短期的には、サポートの中断や現場の混乱などでユーザーに被害を与え得るのは確かだろう。日本国内のユーザーの多くも欧米系ITベンダの製品を使用している。これらのベンダの吸収合併によるリスクを最小化するためにはどうすべきなのであろうか?

 何よりも重要なことは、特別な理由がない限り定番的な製品を選択することである。定番的でユーザーが多い製品であれば、仮にそのベンダが買収された場合でも、一時的な混乱はあったとしても、サポートや機能強化が継続される可能性が高い(さらには、健全な企業に買収されれば、サポートの質が向上するケースすらあり得るだろう)。

 逆に、テクノロジ的には優れていても、ユーザー数が少ない製品は、企業合併の結果として充分なサポートが提供されなくなったり、製品寿命の終わりが早まったりするリスクがある(HP-コンパックの例で言えば、Alphaプロセッサがこの不幸な例に当てはまってしまったと言えるだろう)。

 ベンダのサポートが薄くなってきた、バージョンアップの頻度が低くなってきたなどの状況は、その製品が定番的な状態から外れかかっている兆候の1つであることが多いので注意が必要である。

 次に、ベンダの経営の健全性に常に注意を払うことである。今後は少しでも経営状況が悪化すればあっさりと他社に買収されてしまうベンダも増えてくるであろうからだ。株価は1つの指標になるが、投資家にとって見た価値と、ユーザーから見た安全性が必ずしも一致しないことがある。これは、過去におけるインターネット系企業の株価を見てみれば明らかだろう。

 ガートナーは、ユーザーの立場に立ったITベンダのレイティング情報を提供している。クライアント以外であっても、評価情報の概要は見ることができるようになっているので、機会があればぜひ参照していただきたい。米国ガートナーのWebサイトのトップページからVendor Ratingをクリックすればアクセスできる。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチディレクター 栗原氏からの寄稿である。

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