問題はソフトウェアの品質、だけではない

2004/12/2

武蔵工業大学 工学部システム情報工学科 講師 兼子毅氏

 ソフトウェアの品質管理に関する議論はいまに始まったことではないが、開発者を取り巻く環境が変われば、議論の中身も変わらざるをえない。品質管理は非常に重要である。だが、現在の日本のソフトウェア業界の問題はそれだけではないようだ。「第23回 ソフトウェア生産における品質管理シンポジウム(主催:財団法人 日本科学技術連盟)」の巻頭言として壇上に立った同シンポジウム委員会の委員長の兼子毅氏(武蔵工業大学 工学部システム情報工学科 講師)は、日本の開発者をめぐる状況の変化を訴え、その変化に対応するための心構えを強く説いた。

 兼子氏は日本(のソフトウェア開発者)に足りないものとして、「グローバルな視野」と「アジアとのパートナーシップ」を挙げる。

 互換性や相互運用性はいままで以上に製品(ソフトウェア)の品質を保つうえで重要な要素になってきている。どんなに優秀な製品でも、互換性・相互運用性の高いグローバル・プロダクトの前には、一気にシェアを奪われることもある。つまり、あらかじめ多くの人に使ってもらうことを意図した開発計画(市場を日本に限定しない開発計画)を立て、実行に移すことが求められているのである。

 中国をはじめとしたアジア諸国とのパートナーシップについても認識をあらためる必要があると兼子氏は指摘する。現在では、コストメリットにひかれ、中国などにアウトソーシングをしている企業は多いかもしれない。それらの企業の多くは、アウトソーシング先のアジア諸国の企業に対して、開発能力はあまり高くなく、日本語を解すスタッフも多くないという、いわば軽んじた姿勢で接している場合があるが、「おそらく5年もすればそんな状況は一変する」と兼子氏はいう。

 かつて、日本の製造業は、その高品質、低コスト体質によって大成功を収めた。その要因は、人口流動性が低く、売り手も買い手も同じ場所に何世代も住み続ける日本市場の独自性にあった。売り手と買い手の長い付き合いを特徴とした日本市場は、その激烈な競争原理の結果、商品の機能や性能に直接関係ないキズの類でさえも徹底的に排除する品質管理のノウハウを蓄積していった。日本市場で成功した企業は海外に市場を拡大し、世界に受け入れられていったのである。ソフトウェア開発の世界でも状況は似ていた。10数年前までは各社独自仕様のメインフレーム上で動作するプログラムを開発すればよかった。それは、日本が得意とする重厚長大型のモノ作りの伝統が生きた世界だった。

 だが、状況は一変した。ソフトウェア業界における開発プロセスをめぐる現在の混乱ぶりや品質管理に関する議論の活発化は、そのことを如実に物語っている。兼子氏は日本の(ソフトウェア開発の)現状を非常に厳しい目でみている。すなわち「日本にはグローバルな視野がなく」「高品質なモノ作りの伝統が継承されていない人々による開発が増大し」「分社化・アウトソーシングの進展により、コアの技術が残らない」状況であると。このままの状態が続くと何が起こるか。日本のソフトウェア業界はグローバルの波に押し流される。10年もすれば、中国などのアジア諸国が欧米に匹敵する国際的な競争力を持つことになり、日本は取り残される。

 開発者向けシンポジウムの露払いは往々にして、現状に対する警鐘という役割があるものだ。勢い議論はネガティヴな方向に流れがちだが、兼子氏の指摘を杞憂(きゆう)だと高を括(くく)るのも危険である。このような状況を鑑(かんが)みたうえで、兼子氏は「日本の得意技」を探し、それを伸ばすことに注力すべきであると説く。例えば、携帯電話やノートPC、腕時計といった“軽く小さな機器”にさまざまな機能を組み込む能力がある。組み込みソフトウェアの分野ではすでに日本が技術的なリードをとっている。さらに品質を確保するには、要求分析の力を注ぐよりも評価技法を磨く方が重要で、基本的なテスト技法の普及、教育、仕組み化を早急に構築することが求められている。

 「共有する、学ぶ(真似ぶ)というスタイルは、いまこそ重要なのである」と兼子氏はいい、「この声が日本のソフトウェア開発者に届くことを願う」と締めくくった。

(編集局 谷古宇浩司)

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日本科学技術連盟

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