電子出版をめぐる4つの疑問:ものになるモノ、ならないモノ(39)(1/2 ページ)
KindleやiPadに代表される専用リーダー端末の登場とともに、電子出版をめぐる議論が活発化してきた。音楽業界と比較しながら、このムーブメントの行方について考察してみよう。
随所で議論が盛り上がっている電子出版について考察しているのだが、その様相を俯瞰(ふかん)していると、音楽配信が歩んできた状況と、ある部分でデジャブっている。そこで、音楽業界の末席に30年近く加わり、いまも音楽制作業を生業とする自分の経験を盛り込みつつ、このムーブメントについて今後の展開を予想してみた。
電子出版と一口にいっても、以前からいろいろな形でビジネスとしてうまく回っているものもあるが、ここでは最近注目が集まっている、KindleやiPadに代表される専用リーダー端末向けのビジネスを想定している。
疑問その1:誰でも簡単に有料出版が可能になるの?
まさにこれこそが、電子出版の最大のメリットだと思う。アマゾンが一部の国で展開しているDigital Text Platform(Amazon DTP)などを利用すれば、Kindle向けの電子出版を行うことができるし、今後も、同類のコンテンツアグリゲーションの仕組みはたくさん登場するだろう。
以前からこのコラムでは、アプリ開発者などをインディ目線で応援してきただけに、出版の世界でも、デジタル化の進展とともに個人やインディが自作品をビジネスとして公開できる環境が整うことは喜ばしいことだ。
一足早くデジタル化・ネット化が進んだ音楽配信の世界にも、Tunecore、CDbaby、The Orchardといった、個人やインディ向けの音楽やビデオのアグリゲーションサービス(一種の取り次ぎ機能)があり、世界中からたくさんのコンテンツを集め、iTunes StoreやAmazon MP3といった配信ストアに取り次いでいる。これらのサービスは、
- 初期費用や年間委託料は取るが、販売実績から手数料は抜かない
- 初期費用や年間委託料は一切無料だが、販売実績からいくばくかの手数料(2割程度)を抜く
- 初期費用を取って、販売実績からも手数料を抜く
など、さまざまなモデルを打ち出してサービスを展開している。電子出版ビジネスにおけるコンテンツアグリゲーションを目指す人は参考になるはずだ。
このような仕組みの登場とともに必ず出てくるのが「埋もれる」議論。先ごろ、Appleから、「100億曲のダウンロード達成と1200万曲以上の楽曲登録」が発表されたことでも分かるように、iTunes Storeを例に取ると、たとえ上記の仕組みを利用してインディが自作アルバムを世界に向けて発信したとしても、大宇宙の中に浮遊するチリのような存在にすぎず、ビジネスとはほど遠い現実が待ち受けているのは、筆者自身も身にしみて感じている。
誰もが簡単に電子出版を始めると、当然、同様のことが起きるだろう。だが、だからといってこの流れは止めようがないし、それでも自分の生み出したコンテンツが有料でストアに陳列されるという事実に、多くの個人やインディは大いなる希望を見いだすことができるはずだ。
そもそも、ビジネスは二の次、自分を表現するのが主たる目的で、それに「お小遣いが付随していればうれしい」という感覚で電子出版を希望するクリエイターも多く登場すると思う。ちなみに、筆者の場合は後者の感覚が強く、コツコツと自社プロデュース音源のタイトル数を増やすことで、日本を含む世界中の音楽配信ストアからコンスタントに年間百ン十万円の売り上げはある。まあ、これだけで食べていくことはできないが、生活費の足しにはなる。
出版の場合、言語の壁があるので音楽のようにはいかないのだろうが、マンガ、イラスト、写真といった表現形態であれば、音楽に近い感覚で世界を相手にできるはずだ。また、時間がかかるにせよ、今後の国内の電子出版市場の拡大とともに、日本限定コンテンツでもチャンスの芽は息吹くはず。それどころか、中国に抜かれるとはいえ、まだまだGDP世界第2位の経済大国であることに違いはないわけで、「日本語」という障壁が海外からのコンテンツの侵食を食い止め、この豊かな市場を安心して泳ぎ回れる幸福感すら感じる。極めて内弁慶な感覚だが……。
出版社のリスクヘッジ機能を忘れてないか?
ただ、このような「誰でも出版社」状態には、別のリスクが見え隠れする。
著作や原稿などで出版社や編集者と付き合いがある人なら分かると思うが、彼らは、しっかりと原稿をチェックし、さまざまなリスクから著者を守ってくれている。
例えば、NG表現や差別用語といったものを想像するといい。ジャーナリスティックな内容であれば、顧問の弁護士が訴訟リスクについて検討を行う場合もある。自分の考えや主義を公にした途端、あるいは他人の権利を侵害しているような場合、それに対し異を唱える人が何らかのアクションを起こしてくる可能性は否定できないわけで、出版社はそのようなリスクへの防波堤にもなっている。「誰でも出版社」状態というのは、それがなくなることを意味している。
逆に、出版社や編集者が、著者やクリエイターの暴走の歯止めになったり、コンテンツの品質を確保する役を担う場合もある。
そういえば、Perfumeの無許諾音源がiTunes Storeに違法アップロードされる事件があったばかりだが、前出のような音楽のアグリゲーションサービスの中には、お金さえ払えば、誰でも簡単にWeb経由で音源をアップロードし、レーベルコピー(メタデータ)を入力するだけで、音楽配信サービスで楽曲を販売できるという、ほぼ100%システムだけで回しているものもある。そこには人為的なチェックが入らないわけで、今回のような事件が起きる一因にもなっている(今回の事件に上記のサービスが利用されたといっているわけではない)。
ちなみに、このようなサービスにおいて、権利者であるかどうかの確認作業は、オプトイン方式でユーザーがWeb上での質問にチェックをするだけ。仮に人為的なチェックが入っていればPerfumeの事件が起きる確率は減っているはずで、実際、筆者が依嘱しているある日本のアグリゲータは、担当者が必ず音源を聴いている。
この記事を書くに当たり話を伺った、オンデマンド出版を手掛けるオンブック編集長の市川昌浩氏は、このような出版社のリスクヘッジ機能について、「奥付にある“発行人”の意味をよく考えてほしい。何か問題があったら発行人が責任を持つ、ということ。著者だけでそれをすべて負うことができるのか」と問い掛ける。
疑問その2:“中抜き”は起きるの?
“中抜き”の“中”とは、著者やクリエイターと読者(ユーザー)の間で出版にかかわっている人や組織のこと。電子出版が本格化すると、単純に考えればまずリアル書店、取次といった流通レイヤと、印刷の機能が不要になる。
では、出版社や編集者といった編集・制作・営業レイヤはどうなるのだろうか。Amazon DTPのようなアグリゲーションの仕組みがあれば、著者→ネット書店→読者という構図となり、これも不要な存在に思えてくる。
だが、音楽の世界もそうだが、著者やクリエイター個人では難しい専門性の高い機能も組織として求められ続けるであろう。例えば、プロモーションやマーケティングといった機能だ。それらを個人で行うには限界がある。
著者の中には、Twitter、ブログ、SNS、YouTubeといったコミュニケーションツールを駆使して、巧みに宣伝をする人もいるだろうが、そういう人は希有な存在ではないのか。ネット書店での販売といえども、マスメディアにおける宣伝の必要性がなくなることはないだろうし、ネットにおいても、SEOなどというビジネス領域が存在するように、ネット独自のプロモーション活動の専門性が求められるようになるかもしれない。
また、電子書籍あるいは電子ブックといえども、版面構成やナビゲーション(ユーザーインターフェイス)の専門性も必要になる。いや電子媒体だからこそ、そこには、旧態依然とした“紙”の概念を超越した新しい専門性が求められるような気がする。
例えば、市川氏が所持するアマゾンのKindleを見て驚いたのだが、Kindleにはページという概念がない。「文字サイズを6段階で調整できるため、ページ単位のエディトリアルデザインの考え方が通用しない世界。むしろHTMLでWebページを作るような感覚」(市川氏)という。また、逆にいうと「ページという入れ物に左右されない、新しいデザインやナビゲーションの方法論を構築できる」(市川氏)わけで、ここに“中の人(組織)”としての専門性を発揮することができるはずだ。
一方、読者の側から見ると、混沌として玉石混交になることが予想される電子出版市場の中で良質なコンテンツに出合うための仕組みは必要であり、その有力手段の1つが従来通りの、マスメディアを利用したプロモーションであることに異を唱える人はいないだろう。そのようなプロモーションは、基本的に組織で動く方が効率的なのではなかろうか。
ただし、上記のような出版社の機能が大組織に内包される形で必要なのかどうかは別問題であろう。市川氏は、出版社の各機能を「セル(細胞)」に例えて「セルが組織として垂直統合化されている必要はなく、分解されセル単位で独立するのではないか」と予測する。また、「その方が有機的に連携したり離れたりしやすくなるので、ネット時代に寄り添ったビジネススキームが構築できる」とも。
オンブック代表取締役の橘川幸夫氏(TwitterID: metakit)は、このようなセル化された機能連携を「統一ブランド、統一サイトによるネットワーク型の『電子出版共同組合』」というビジョンでいい表している。
出版社という垂直統合型の組織が必要かどうかは置いておいて、それが内包している各種の機能は、電子出版の時代になっても存在価値は十分にある。電子出版ビジネスに最適化された新しい形の“中”が生まれ育っていくことは確かだ。
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