電子出版をめぐる4つの疑問:ものになるモノ、ならないモノ(39)(2/2 ページ)
KindleやiPadに代表される専用リーダー端末の登場とともに、電子出版をめぐる議論が活発化してきた。音楽業界と比較しながら、このムーブメントの行方について考察してみよう。
疑問その3:著者やクリエイターの収入はどうなるの?
Amazon DTPを利用すると、条件付きながら70%印税という夢のような分配が受けられることが話題になっている。それはそれで素晴らしいことだが、ここでは、中抜きが起きた場合の印税収入がどうなるかについて参考にしてもらうため、音楽配信の例を紹介しておこう。電子出版で同様のことが起きるのかどうかは何とも予測しにくいが、目安にはなるだろう。
CDアルバム | 流通 | レコード会社 | JASRAC | 原盤権者 |
---|---|---|---|---|
2700円 | \1350 | \810 | \162 | \378 |
50% | 30% | 6% | 14% |
iTunes Store | Apple | アグリゲーター | JASRAC | 原盤権者 |
---|---|---|---|---|
1429円 | \429 | \200 | \110 | \690 |
30.0% | 14.0% | 7.7% | 48.3% | |
※注)金額や%はおおよその数字。CDの流通には、小売店・物流マージン、返品コストなどを含む。JASRACの数字は収録曲数などにより変動する 表1 分配率計算 |
表を見てもらえば一目瞭然だ。ダウンロード販売によって2700円のアルバム価格が1429円と大幅下落しているのにもかかわらず、原盤権利者の収入は増えている。流通コストならびにレコード会社の経費(プレス代を含む)がなくなることが大きな要因だ。
ただ、ここで紹介した形態は一部の例であり、レコード会社が原盤を保持していたり、あるいは、別に原盤権者がいる場合でも制作費の持ち分や契約条件などにより、分配の数字はまちまちになることをご了解いただきたい。また、ここに示した各レイヤの分配率も、多様な契約形態の一例であることを付け加えておく。
また、原盤権者にもさまざまな形態がある。メジャー/インディレーベル、音楽プロダクション、音楽出版社、アーティスト個人などだ。乱暴ないい方だが、制作費を出した者が原盤権者となると思えばいい。通常はアーティストを含め複数のステークホルダーが関係することになるので、この原盤権者の分配分を、各ステークホルダーで分け合うことになる。
だから、アーティスト個人ですべての制作費を負担すれば、この図の場合、原盤印税として、5割近い収入が確保される。ちなみに、メジャーレコード会社であれば、アグリゲータを通さないで直にAppleなどの配信サービス運営者と取引を行う。インディや個人は、直には取り引きできないので、冒頭で紹介したようなアグリゲータを介す必要がある。
電子出版の場合も、音楽同様販売価格の下落圧力が発生するであろうから、コンテンツの販売価格は、紙と比較して下がるだろう。しかし、ここで示したようなスキームが実現されると、原盤権者=著者・クリエイター陣(市川氏のいう「各セルを構成する人々」も含む)の分配率は上昇することになる。
疑問その4:個人やインディは紙と決別すべき?
さて、以前からiPhoneやAndroidのアプリのビジネスを取り上げて個人やインディを応援している本コラムだが、電子出版においても、インディ系の著者やクリエイターのビジネスチャンスが拡大することは想像に難くない。音楽配信においても、「九州男」のように配信とライブパフォーマンスでチャンスを拡大したインディの例も枚挙にいとまがない。
ただ、音楽配信とインディの現状を見ていると、著者の知る限り、インディがCDと決別して配信による活動のみを謳歌(おうか)しているのかというとそうでもない。もちろん、筆者を含め多くのインディが、CDと比較して敷居の下がった配信を大いに活用して、CDでは実現できないような音源(例えば、リサイタルやライブ音源など)のリリースを積極的に行っていることは事実だ。しかし、インディが自分の音楽を人々に広めるためには、リアルでのパフォーマンス活動の場でのCD販売は欠かせない。クラシック系の人の中には、名刺代わりに配布する例も多い。
ライブやストリートパフォーマンスの場で「音楽配信で買ってください」などと、声やチラシでアピールしても、プロモーション面はもちろん販売面でも、大きな効果を得られる可能性は低い。やはり、その瞬間、その場に“ブツ”がなければダメなのだ。もちろん、例外もあるだろうが、少なくとも筆者の場合は“ブツ”の重要性を痛切に感じることが多い。
例えば書籍だってそうだろう。名前が売れていない著者であればあるほど「私はこんな本を書きました」といって紙の“ブツ”を示すことで、相手に認知され読んでもらえる確率も高まるはず。「iBookStoreで売ってますので、後でiPadでから購入してください」とっても、アピール度的にはイマイチだし、読んでもらえる確率はガクンと落ちるだろう。インディの著者やクリエイターであればあるほど、“紙”の重要性は高いのだ。
今回、オンブックの市川氏と橘川氏に話を伺った理由も、実は、そのあたりの感触を知りたかったからだ。オンブックでは、オンデマンド印刷というサービスを展開しており、書籍の「完パケ」データを登録しておけば、条件付きながら1冊からでもオンデマンドで“紙”の本を作ることができる。「会社がつぶれない限り絶版がない」(市川氏)と笑うが、まさに、必要なときに必要な冊数を印刷できるのでインディ向きの紙の出版形態といえる。
ケータイ向けの音楽配信である着うた・着うたフルの世界では、CD販売日より前倒しの配信解禁日を設定するケースが増えている。それは、プロモーションの戦略としてマスメディアに代わりケータイを利用するという意味もあるのだが、音楽の供給側からすると、低コストで可能な先行配信によりリスナーの反応を見ることができる。もしかしたら、電子出版においても、配信を先行させて、その様子を見ながら“紙”を出版する、という方法論が一般化するのかもしれない。
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著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライター稼業もこなす蟹座のO型。iPhone上に、メロトロンを再現した「Manetron」、ハモンドオルガンを再現した「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。Pocket Organ C3B3は、iPadに対応し弾きやすくなって発売中。近著に、『iPhoneアプリで週末起業』(中経出版)がある。
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