IT技術者は恵まれている――他人事とせずに経営者の視点で問題解決を:CTOに問う(3)ファーストリテイリング編
CTOとは何か、何をするべきなのか――日本のIT技術者の地位向上やキャリア環境を見据えて、本連載ではさまざまな企業のCTO(または、それに準ずる役職)にインタビュー、その姿を浮き彫りにしていく。第3回はファーストリテイリング業務情報システム部部長の岡田章二氏にお話を伺った。
カジュアルブランド「ユニクロ」などをグローバル展開するファーストリテイリングは、日本をはじめ世界16の国と地域で1400以上のユニクロやジーユー、その他ブランドの店舗を展開している。「グローバルワン」「全員経営」を旗印に掲げる同社は現在、日本品質の店舗・サービス・商品をさらに全世界へと広げようとしている。今回は、「グローバルシステム」の構築、展開、運用を統括している岡田章二氏にインタビューを行った。
ビジネスとITを結び付ける仕事を目指して
編集部 ファーストリテイリングに入社する以前は、どのような仕事をされていたのですか?
岡田氏 社会人になって最初に就職したのはSIerです。そこでは、主に製造会社の工場に常駐して、生産計画から、生産管理、原材料の調達、物流、製造ラインのモニタリングまで、製造工場のコアになる情報システムの開発と運用管理を担当しました。工場に光回線を引くなどのインフラに近いところからアプリケーションの構築や運用管理まで、一通り経験しました。
編集部 どのような経緯でファーストリテイリングに転職を決断されたのですか?
岡田氏 そもそも情報システムの開発というのは、ビジネスの要件があって、業務を改善するために行うものなのですが、SIerの立場では、ビジネス要件そのものに深く入り込むことができず、どうしても、「決められたものをどう作るか」という話になってしまいます。ですから、もっと主体的に「ビジネスとITを結び付ける仕事がしたい」と思い、事業会社への転職を決断し、ファーストリテイリングに入社しました。
転職を決断した切っ掛けとしては、例えば、ジャストインタイムの仕組みを導入した際には、原材料の調達を可能な限り少なくして、工場の生産計画に合わせて必要最小量を調達することによって、在庫効率が改善されると思ったのですが、そうではありませんでした。結局は、工場の在庫は減っても、原材料のサプライヤー側には在庫が増えてしまったり、トラックで何度も運ぶ必要が出てきたりと、逆に無駄が多くなったと感じました。
そこで、ビジネスを決めるところから入って、根本的な業務改革から取り組みたいと思い転職を決断しました。
チャレンジを伴うシステムは自社で開発を
編集部 業務情報システム部は、実際にどのような業務を担当していますか?
岡田氏 グローバル会社の業務構築につながる店舗系のシステムをはじめ、人事や会計、商品系(SCM)、デジタル(eコマース)などのグループ全体のシステム開発を行っています。また、全社のシステムの運用やインフラの整備も行っています。
店舗系のシステムでは、店舗スタッフの業務を効率化するものや、新たな売り方に対応するPOSレジシステム、全スタッフをつなぐコミュニケーションの仕組みなど、次々と既存システムの進化を進めています。
編集部 システムの開発は自社開発ですか、それともSIerなどに委託していますか?
岡田氏 両方ですね。現在、システムの内製化にも力を入れて取り組んでいるところです。ただ、内製といっても、コーディングまで行うものもあれば、コーディングの部分は外部に委託するものもあります。
現在、新たなデバイスを現場に導入するプロジェクトを進めていますが、そういった新しいチャレンジを伴うものや、事業スピードを重視するものについては内製で進めた方が望ましいと考えています。その上で、ノウハウや技術などで不足している部分については、外部からも協力してもらうことにしています。
編集部 自社開発のスタッフは何人くらいいますか?
岡田氏 社内の開発部隊はまだ立ち上げたばかりで、数十名の規模にすぎません。プロジェクトによっては、外部の協力を得てチーム作りを行っています。
ITは主役ではなくコーディネート役やサポート役
編集部 ITプロジェクトの技術選定やスタッフのアサインは、どなたが決定しているのですか?
岡田氏 当社にはもともと、プロジェクトはクローズドにしないで、できるだけオープンにするというプロジェクト主義の社風があります。実際に、プロジェクトチームが立ち上がると、必要なノウハウや問題意識を持ったさまざまな人材が集まって、組織の問題も含めて議論し合い、システムのあるべき姿を決定するようにしています。そうしなければ、若い人材も育っていきません。当社においては、他の部門の領域に踏み込んで口を出しても決して文句が出ることはありません。
編集部 業務の問題解決のためのプロジェクトということですね。
岡田氏 そもそも、業務の最適化や効率化、問題解決を伴わないシステムはないと考えています。プロジェクトチームには、業務の責任者クラスが主体的に参加しています。なぜなら、システムのプロジェクトというよりも、業務改革/改善のプロジェクトであり、システムチームは主役ではなくコーディネート役やサポート役にすぎないからです。ITの組織の中だけに閉じてシステムの開発を行っても決して成功は望めません。
編集部 最近「DevOps」という言葉が話題になっていますが、開発部門と運用部門の連携については、どのように取り込んでいますか?
岡田氏 ITの運用と技術支援サービスについては、全社横断で私たちのチームが担当しています。これらの業務については、その方が効率的だからです。例えば、ヘルプデスクでは、全てのシステムのQ&Aを準備しなければならないので、開発プロジェクトとの緊密な連携が必要になります。
事業の成長を妨げないためにIT改革を断行
編集部 これまでのファーストリテイリングの事業に、ITはどのように貢献してきたとお考えですか?
岡田氏 私が入社したのは1993年ですが、当時の売上規模は150〜200億円でした。現在は1週間でその程度を売り上げる会社になっています。およそ100倍に成長したわけですが、その間に、業務の難度も、データマネジメントの粒度も変化しており、システムのキャパシティは約1000倍に拡大しています。事前にITの改革を進めた結果、このように事業が急成長を遂げても、ITがその妨げにならなかったことから大きな貢献ができたと考えています。
私が入社した当時は、商品管理から発注、店舗の仕組み、経理、給与まで、全てワンセットで汎用コンピューター上で動いていました。今後の事業計画を聞いたときに、1社お任せで、スケーラビリティも柔軟性もないシステムのままでは、会社の成長を止めてしまいかねないと危機感を持ちました。
そこで、システムを少しずつ切り出して、PCサーバーやUNIXベースのオープンシステムにダウンサイジングして分散化を進めることにしました。開発言語やデータベースなども全て一般的なオープン技術のものに置き換えていきました。こうした取り組みによって、事業の急成長によって処理量が増大し、夜間バッチ処理が終わらなくなったり、レスポンスが遅くなったりといった問題が発生しても、オープンシステムに関わるさまざまな人や会社に協力してもらって問題を迅速に解決できました。
編集部 そもそも、企業においてITはどのような役割を果たせるとお考えですか?
岡田氏 企業でのITの役割というのは、会社の経営課題や業務上の課題を根本的に解決し、事業を安定させて成長することにあると思っています。SIer側にいたのでは、そこまで踏み込んで取り組むことは難しく、どうしても、開発工程の上流から、コーディング、テスト、リリースまでという話になることが多いように思います。
ですからITを担当する部門は、経営目線で課題を見つけ出して議論を行い、課題の解決策を導き出して、それを現場に定着させる取り組みが必要です。それができて初めて、ITの仕事の全体像や完成型が見えてくるのだと思います。
編集部 そうした中で、新しい技術を取り入れていくこともIT部門の役割として重要なのでしょうね。
岡田氏 そうですね。特に最近は、スマートフォンなどのモバイルデバイスの技術が進んできているので、こうした技術も積極的に取り入れていきたいと考えています。ただし、「技術指向の考え方」だけで導入を進めても成功を望むことはできません。技術の現在と将来のトレンドを十分に把握すると同時に、ビジネスや現場のことをきちんと把握している人が集まって、「新しい技術をどのように適用するか」を検討した上で、導入を決定する必要があるでしょう。
そもそも当社では、まず技術ありきで採用を行うのではなく、顧客のサービスをどのように改善していくかという視点で技術を選定しています。そうした方針の下で、オムニチャネルのような販売やマーケティングに関わるシステムの開発には積極的に取り組んでいきたいと考えています。
当社では現在、世界20カ国で7万人の社員が働いていますが、数年後には20万人の規模に増加すると見られますので、グローバル規模できちんと動くシステムを今から準備して、ケアしておくことが重要だと考えています。
グローバルビジネスを大前提としたシステムを開発
編集部 グローバル展開についてお聞かせください。
岡田氏 海外に出店する場合、国によって言葉だけではなく、通貨や税制、ネットワークなどあらゆる環境が異なるため、サービスの品質維持、システム構築にも困難が伴います。こうした環境の中で、日本と同等のサービス品質をグローバルに展開することは重要な課題になります。
当社では、現在「グローバルワン」と呼ぶプロジェクトに取り組んでいますが、その一環として、最初からグローバルを前提としたシステムを開発、展開する取り組みを進めています。これは、国単位のシステム投資をなくし、どこの国でも共通システムを利用できるというものです。こうしたシステムの開発は、先ほど説明した環境や時差などへの対応が難しく一括して外部委託できないため、自社主導で作業を進めています。
編集部 「グローバルワン」に対応したシステムの基盤は、オンプレミスですか、それともクラウドですか?
岡田氏 ミックスですね。グローバルでネットワークの応答性能を維持しなければならないといった制約があるため、現状では、全てをクラウド化していませんが、一部でプライベートクラウドを構築しています。当社の事業では、ネットワークを介したシステムのレスポンスがとても重要です。そのため、十分なレスポンスを確保できる構成をグローバルでデザインしているわけです。
「現場のスタッフよりも業務を知れ」
編集部 先ほど、システムの内製化を進めているとお伺いしました。開発者やエンジニアの採用基準としては、当然、グローバルの視点やビジネスの視点が重要になると思いますが、他にどのようなことがありますか?
岡田氏 一番重要なのは、「同じ船に乗れるか」ということです。やはり、社員として採用するわけですから、会社が目指している方向に向けて貢献する気概があるかどうかは重要な基準になります。もちろん、ベースとなる技術力やコミュニケーション力があることが前提です。
もう一つ、物事を本質的に捉えることができるかどうかも重要な基準です。書籍や雑誌などの知識だけでは十分ではありませんし、Javaなどの開発言語を習得しているだけでも十分ではありません。ITで問題を解決しようとする前に、会社のビジネスモデルに照らして、そもそも現場の業務そのものが正しいかどうかという点まで掘り下げて考える力が必要です。
編集部 最後に、開発者やIT技術者の地位向上に向けたアドバイスをお願いします。
岡田氏 当社はリアルビジネスの会社ということもありますが、IT技術者の地位は決して低くはありません。むしろ、全社の組織を横断的に見渡せるという意味で恵まれた立場にあります。プロジェクトなどのあらゆる場面で、全社的な視野でものが言えるからです。
私が入社して柳井社長に教えられたのは、「ITの人間は現場のスタッフよりも業務を知れ」ということです。IT技術者に求められるのは、ITの世界に閉じるのではなく、ビジネスの視点に立って業務の問題を解決するスキルを身に付けることです。経営者と同じ問題意識を持つことができれば、地位は上がることはあっても下がることはないはずです。むしろ、事業のメカニズムを知ることができるIT技術者は本来、社内でも影響力を持てるはずです。
もうひとつ重要なことは、社内外で名前を覚えられる人材になることです。そのためには、現場に溶け込んで業務を知り、任せられた課題について他人事とせずに最後まで問題解決できるように付き合わなければなりません。そのようになれば、どのような職場でも自らの地位を高めることができます。
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