ウォンテッドリーの人材自体がWantedlyサービスの最たる成功事例──プログラマーCTOの挑戦:CTOに問う(4)ウォンテッドリー編
CTOとは何か、何をするべきなのか――日本のIT技術者の地位向上やキャリア環境を見据えて、本連載ではさまざまな企業のCTO(または、それに準ずる役職)にインタビュー、その姿を浮き彫りにしていく。第4回は「人と企業とのマッチング」を支援するビジネスSNS「Wantedly」の提供で急成長を遂げているウォンテッドリーのCTOでプログラマーの川崎禎紀氏に話を伺った。
「人と企業とのマッチング」を支援するビジネスSNS「Wantedly」の提供で急成長を遂げているウォンテッドリー。同社はさらに「人と人とのコミュニケーション」を支援する新たな価値の創造に向けて全社を挙げて取り組んでいる。今回は、CTOとしてウォンテッドリーの開発・運用を統括しながらプログラマーとしてのキャリアにもこだわりを持ち続ける川崎禎紀氏にインタビューを試みた。
キャリアの第一歩は「プログラマー」から
編集部 どのようなきっかけでエンジニアへの道を歩み始めたのですか?
川崎氏 子供のころにプログラミングを趣味で始め、大学でもコンピューターを専攻しました。大学院を卒業するタイミングで、大学に残るか、日本の企業に就職するか、いろいろな進路を考えましたが、ソフトウエアをプログラミングすることを自分のキャリアの第一歩にしたいと考え、たまたま学生時代にインターンでお世話になった外資系の金融機関に就職しました。
日本の金融機関では、ソフトウエア開発は外部のSIerに外注することが多く、プログラミングの業務に直接携わる機会は多くないと思います。その点、外資系の金融機関は、ソフトウエアエンジニアを多く抱えてソフトウエアを自社開発し、独自のサービスを展開することを強みにしていましたので、自分が開発したソフトウエアが実際に使われてビジネス上の価値を生み出すということに魅力を感じて、入社を決めました。
編集部 ウォンテッドリーに入社した経緯を教えてください。
川崎氏 外資系の金融機関には6年間務めました。その間に、ポジションも上がって責任も持たされるようになりましたが、ちょうど30歳になったころに、このまま会社にいても何も変わらないと思うようになりました。そのタイミングで、たまたま後輩からWantedlyというサービスの存在を聞き、私自身がそれを利用する中で、ウォンテッドリーの創設者2人と出会い、話をしているうちに、一緒に仕事をしたいと思うようになって入社しました。ウォンテッドリーでは私が最初の社員です。
目まぐるしく変化するCTOとしての役割
編集部 最初からCTOとして入社されたのですか? CTOとしては、どのような役割を担っていますか?
川崎氏 いいえ、最初からCTOになりたくて入社したわけではありません。あくまでも1人目のエンジニアとして会社に貢献したいという気持ちで入社しました。その後、エンジニアリングに強い経営メンバーが必要だということで、CTOに就任しました。
当社はスタートアップ企業ということもあって、CTOとしての私の役割は、会社のステージによって目まぐるしく変化しています。現在、Wantedlyのサービスを開始して3年が経過し、社員数も40人に増加していますが、エンジニアが3人しかいなかった当初は、サービス/プロダクト自体を開発することが第一の役割でした。その後は、チームとして開発力を高めることが最も重要だった時期もありましたし、エンジニアの採用に80%の時間を費やす時期もありました。また、ある時期には、プロダクトのPRやマーケティングに半分の時間を費やす時期もありました。
しかし、この3年間で唯一変わらなかったこと。それは、それぞれのステージにおいて一番必要なことに注力するということでした。そして現在、私の役割は一回りし、Wantedlyサービスの新たな活用に向け、新規サービスの開発に全力で取り組んでいます。
ビジネスSNSの新たな価値を生み出す
編集部:今後、どのようなプロダクトやサービスを提供しようとしていますか?
川崎氏 当社は、利用者が仕事上のさまざまな課題を解決し、仕事に情熱を持って取り組めるようにするビジネスSNSの提供を目指しています。これまでは、主に企業と人とのマッチングを支援し、転職活動に活用できるサービスを展開し、一定の成果を上げて成長を果たしました。現在は、中途採用だけではなく、学生の利用者がiPhoneアプリを使ってインターンを探せるサービスを提供したり、サービスを海外に広げたりする取り組みを進めています。
編集部 ビジネスSNSの新たな展開についてお聞かせください。
川崎氏 私の最近のミッションは、WantedlyをビジネスSNSとしてさらに発展させて、これまでにない新しい価値を生み出すことです。その一環として、最近発表したのが、仕事で知り合った人の名前や連絡先などの情報をネット上で有効に管理できる新しいサービス「Sync(シンク)」です。
一般的なビジネスでは、日々たくさんの人と会って名刺を交換しますが、ほとんどの場合、その情報は活用されずに埋もれてしまっています。Wantedlyの新しいサービスを利用すれば、必要なときに必要とする人の情報を思いついた条件ですぐに検索して調べることができます。これによって、既存の名刺管理の課題は解決され、ビジネス上のつながりをさらに発展させることができると確信しています。
小さなチームで改善サイクルを迅速化
編集部 ウォンテッドリーの技術的な強みは何だとお考えですか?
川崎氏 新しい価値を生み出すために重要な役割を担うのが、サービスや機能を提供するための技術基盤と、改善サイクルを迅速に回すための開発フローです。強固な技術基盤と開発フローを実現しているのが、ウォンテッドリーの強みだといえるでしょう。
例えば、本番システムに対するプログラム変更の頻度で見ると、前職の外資系金融機関の場合は2週間に1回程度でしたが、ウォンテッドリーでは、1日に10回程度のペースで変更を行っています。これは、サービスの改善スピードが単純計算で100倍速まることになり、それだけ迅速に変化に対応できることを意味しています。
編集部 開発チームが少人数であれば、改善サイクルを早く回すことも比較的容易にできると思いますが、組織が大きくなっても、その状態を維持することは可能なのでしょうか?
川崎氏 組織全体が大きくなったとしても、チームを小さく保つことによって迅速な改善サイクルを維持することが可能です。当社では現在、エンジニアの数は全体で40人ですが、目標やゴールごとにチームを小さく分けてサービスの開発に取り組んでいます。
実際に、先ほど紹介した新サービスのSyncの開発は、私を含めて4人のチームで行っていますし、海外展開の開発プロジェクトについても3人のチームで行っています。こうした小さなチームが目標やゴールをどう達成するかを自律的に考えてプロジェクトを進めることによって、改善サイクルの効率を維持できるわけです。
優れた人材の獲得は引き続き難しい課題
編集部 Wantedlyのサービスを開始してから最も大変だったことは何ですか?
川崎氏 Wantedlyのサービスを開始してから3年が経過しましたが、これまでに最も大変だと感じたのは、会社が必要とする優秀なエンジニアを獲得することでした。当社はスタートアップ企業ですので、採用の失敗は、大きなダメージになります。
自社に適した人材を見極める作業は簡単ではありません。会社のビジョンに共感しているが技術がない人、逆に、技術は持っているが会社のビジョンに共感していない人、また、自分のやり方に固執し過ぎる人も、当社では力を発揮することはできないと考えています。現在でも採用を続けていますが、やはり人材の確保は最も難しい課題の一つであることに変わりはありません。
編集部 実際に入社してみないと分からない部分もありますからね。
川崎氏 前職の外資系金融機関でも採用に関わった経験がありますが、大量の選考書類を検討して面接を行って採用した人よりも、社員のつながりを活用して採用した人の方が、会社のカルチャーに合うことが多いですし、入社してから成果を出す人も多いと感じています。
手前味噌になってしまいますが、そういう意味で、人と会社とのつながりをサポートするWantedlyのサービスは、人材獲得のための極めて有効な手段になると確信しています。実際、当社の人材はWantedly経由で採用している場合が多いので、自社サービスであるWantedlyで獲得した人材が当社の技術力の強みになっているのです。そういう意味で、ウォンテッドリーの人材自体がWantedlyサービスの最たる成功事例だといえます。
新しい技術の導入に挑戦する風土を築く
編集部 エンジニアの技術力向上のためにどのような取り組みを行っていますか?
川崎氏 新しい技術の導入に積極的に挑戦していくという風土作りにも力を入れています。例えば、技術情報共有サービスのQiitaを活用したり、外部のエンジニア向けの勉強会などに積極的に参加してもらって、技術交流を行ったり、自社技術を外部に発表したり、技術誌に記事を投稿・寄稿したりといった活動を推奨しています。こうした取り組みを進めることによって、エンジニアの技術力の向上につなげることができますし、新しい技術の発展にも寄与できるようになります。
編集部 新しい技術の導入には、失敗するリスクもありますね。
川崎氏 もちろん、注目されている技術だとしても、広く普及せずに廃れてしまうリスクもないわけではありせん。しかし、挑戦することなしに新しい価値を生み出すことは望めません。エンジニアが使ってみたいと思う技術で、将来性が認められ、自分たちでコミットしていけると確信できる技術であれば、積極的に導入に挑戦するように推奨しています。
仮に、失敗したとしても、またやり直せばいいと思っていますし、そうしたリスクを受け入れる体制的な余裕も確保しています。
編集部 実際にどのような新技術の導入に取り組んでいるのですか?
川崎氏 例えば、Wantedlyのプラットフォームでは、開発や運用を効率化するために最新のコンテナー技術のDockerをいち早く導入しました。実際にDockerベースのサービスを本番稼働させたのは昨年の8月のことです。
もともとWantedlyのプラットフォームは、HerokuというPaaSを使って開発・運用を行っていましたが、開発効率の向上と、変化への迅速な対応というメリットをエンジニアの視点で評価を行った結果、Dockerの採用を決定し、Amazon EC2上で稼働させることにしました。
Dockerについては基本的な使い方はできるようになりましたが、コンテナー技術そのものがまだ発展途上にあるため、これからも試行錯誤を繰り返していく必要があるでしょう。
われわれがもう一つ注目しているのは、ソーシャルグラフサービスとしてWeb上でのつながりを支援するWantedlyの機能をさらに発展させると期待される「Graph Database」と呼ばれる技術です。これは、あるノードとノードとの関係性も含めて、効率的に検索クエリをかけることを可能にするもので、現在、商用の製品とオープンソースのソフトウエアの両方が提供されています。こうした新しい検索技術はこれから面白くなってくると思っています。
編集部 オープンソースの活用については、どのように取り組んでいますか?
川崎氏 オープンソースのソフトウエアを積極的に活用し、世間の知見を取り込みながら一緒に前に進んでいくというスタンスを取っています。
例えば、当社では、画像配信サーバーを構築して運用しているのですが、そこには、別のスタートアップ企業が開発した画像配信モジュールを組み込んで、Dockerのイメージとして外部に公開しています。実際に外部に使ってもらって改善してもらうことによって、皆で協力し合ってシステムを大きく進化させることが可能になります。こうしたモデルの方が、中期的にコストを抑えることができますし、コミュニティに参加してもらうことでエンジニアのやる気を引き出すという効果も期待できます。
編集部 新しい技術の採用の最終的な意思決定はCTO自身でされるのですか?
川崎氏 もちろん最終的には相談されますが、基本的には個々の開発チームのメンバーが、サービスの価値を最大化し、自らのゴールを達成するために最適な技術を提案してくれますし、そうするように推奨しています。
個々のエンジニアの目標を明確にして評価
編集部 エンジニアの業績をどのように評価していますか?
川崎氏 一人一人のエンジニアの役割やゴールに応じてきちんと目標を設定し、その目標に対してどのような成果を出せているのかを評価しています。
しかし、それぞれのエンジニアで、会社が期待することと、自分でやってみたいことは必ずしも一致するわけではありません。インフラに関わるエンジニアにはシステムの変更のしやすさが求められますし、サービスの開発に関わるエンジニアには新しい価値の創出が求められます。そのため、週単位で、個々のエンジニアとリーダーが相談しながら目標やゴールのすり合わせを行っています。
編集部 エンジニアに対する評価はどのような体制で行っていますか?
川崎氏 現在は、私の他に2人のリーダーがいますので、3人で分担して行っています。これまで、エンジニアが増加してチーム構成が変化する中で、評価プロセスは試行錯誤の連続でした。過去には、うまくいかなかったこともありました。
例えば、既存の事業を伸ばすチームと、新規事業を立ち上げるチームの編成および目標設定でつまずいたのです。新規事業の場合は、すぐに大きな収益は上げられませんが、両方のチームのゴールをバラバラに設定したことにより、チーム同士が違う方向を向いてしまい、全体として成果を出せない時期がありました。
技術的負債の発生を恐れるべきではない
編集部 技術的負債の発生についてはどのようにお考えですか?
川崎氏 技術的負債は必ずしも出してはならないものだとは考えていません。特に、われわれのようなスタートアップでサービスを開発して提供する企業においては、サービスの価値を世間に認めてもらってヒットさせることが最優先の課題です。そのために必要ならば、短期的に技術的負債は発生しても構わないと思っています。
編集部 発生した技術的負債はどのように解消するのですか?
川崎氏 Wantedlyについてはサービス開始から3年間で、8000社の企業が参加し、月間で60万人のユーザーが利用するサービスへと成長を遂げることができました。サービスの規模がこれだけ大きくなってくると、システムの安定性や安全性の確保が重要な課題となり、技術的な負債も可能な限り小さくしなければなりません。
そのため、Wantedlyのプラットフォームでは、開発フローの中に、自動テストやコードレビューなどのプロセスや手法をベストプラクティスとしてきちんと組み込んで、開発サイクルを安全かつ迅速に回すことによって、技術的負債をためることなく最小限に抑える体制を確立しています。
これからの競合はLinkedInやFacebook
編集部 今後、CTOとしてどのようなことに挑戦していきたいとお考えですか?
川崎氏 「企業と人とのマッチング」のビジネスについては、大きな成果を上げることができました。このビジネスについては引き続き継続的に改善を進めていきますが、今後は、会社の事業のもう1つの柱となるような新しい価値を見つけ出して事業として大きくしていきたいと考えています。
それは、海外への事業展開かもしれないし、ビジネスSNSのつながりをもっと活用するものかもしれないし、ビジネス上のコミュニケーションをより効率化するものかもしれません。そうしたことへの挑戦が、私のこの1年の課題になると思っています。
編集部 今後は、LinkedInなどのビジネスSNSサービスが競合になるのでしょうか?
川崎氏 そうですね。今後は、LinkedInあるいはFacebookが競合になると想定しています。海外展開を本格化させるとなれば、間違いなくこれらのサービスと戦うことになるでしょう。
不満を感じるエンジニアは新天地を目指せ
編集部 日本ではエンジニアの地位が低いと言われますが、どうしたら地位を高めることができるとお考えですか?
川崎氏 幸いなことに、私はずっとエンジニアが大切にされる環境で働いてきましたので、直接的にエンジニアの地位が低いと感じたことはありません。しかし、日本では、プログラマーという言葉にあまり良い印象が持たれていないことはよく言われることです。
実は、私の名刺には「CTO」の肩書きとともに「プログラマー」という肩書きを必ず書くようにしています。それは、「プログラマー」という肩書きを大切にしていると同時に、単語の印象を良くしたいという願いを込めてのことです。これまで「プログラマー」は「ハッカー」と同じくらいに誤解されていたと思います。もともと「ハッカー」は高度な技術を持つ開発者のことを言いますが、不正行為を行う開発者を意味する「クラッカー」と同様の意味で使われることが多くなっています。「プログラマー」という言葉も同様に地位が低いという印象が強く、とても悲しく思っています。
実際には、当社のようなスタートアップを含む、Web業界やネット業界では、プログラマーを含むエンジニアの数は圧倒的に不足しており、とても大切にされています。もし、不当に低い条件で働いていると感じるエンジニアがいるなら、思い切って外の世界に飛び出すことを決断すべきだと思います。皆がそうすれば、エンジニアの地位は必ず向上するはずです。
編集部 最後に、CTOを目指すエンジニアに向けてアドバイスをお願いします。
川崎氏 CTOを目指すのであれば、サービスに対して、会社に対して、そしてユーザーに対して、「今やらなければならないことは何なのか」ということを経営的な視野に立って考え、自分が最も必要と思うことに確信を持って取り組むことが重要です。そして、エンジニアリング以外の業務であっても毛嫌いせずにいろんなことに挑戦していただきたいと思います。
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