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勉強会で明らかになった医療向けOSSの多様な活用法──電子カルテ、臨床試験データ解析、日本語医学用語プラットフォーム、画像DBヘルスケアだけで終わらせない医療IT(6)(1/4 ページ)

2015年7月4日に東京で開催された「第10回 医療オープンソースソフトウェア協議会セミナー」の講演を基に、医療分野でOSSがどのように重要な役割を担いつつあるのかをリポートする。

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編集部より

IoTやウェアラブル機器の普及で広まりつつあるヘルスケアIT。しかし、そこで集まる生態データは電子カルテや医療で生かされていないのが、現状だ。@IT特集「ヘルスケアだけで終わらせない医療IT」ではヘルスケア/医療ITベンダーへのインタビューやイベントリポートなどから、個人のヘルスケアだけにとどまらない、医療に貢献できるヘルスケアITの形を探る。

今回は、医療で活躍するさまざまなOSSの取り組みを紹介する。実際に医療現場で活用できそうだと思ったものは、ライセンスを確認の上活用してみてはいかがだろうか。


 医療オープンソースソフトウェア協議会(MOSS)は、2004年の発足以来、日本医師会(日医)のORCA(Online Receipt Computer Advantage)プロジェクトを応援しながら、医療分野でのOSSの活用に向けた取り組みを推進してきた。ORCAプロジェクトは、2002年から日医標準レセプトソフト(診療報酬請求書や処方箋発行処理システム)をOSS(オープンソースソフトウエア)として公開しており、日本医師会に加盟する医療機関を中心にORCAベースの医療情報処理システムの導入が進みつつある。

 10回目となるMOSSセミナーでは、実際に医療向けにどのようなOSSが開発・提供され、どのように活用され始めているのか、先進的な事例がいくつも紹介された。

OSSが医療現場で「使える」ソフトに

 セミナーの冒頭であいさつに立った京都大学の小林慎治氏は、MOSSが発足してから、OSSの医療活用を巡る環境の変化について、三つの視点から感想を述べた。


医療分野でOSSは利用できるか?(小林氏の講演資料より)

OSSの医療活用を巡る三つの環境変化

 一つ目の「OSSはビジネスにならない」というOSS一般について以前から寄せられていた懸念は、セミナー会場を提供したレッドハットの隆盛を見れば杞憂であることが分かる。医療分野においてもORCAプロジェクトを含むさまざまな取り組みによって、すでに払拭されており、OSSの事業が利益を前提とするビジネスとして成立することが証明されつつある。

 OSSビジネスの現状について、小林氏は「クラウド時代を迎えて、すでにOSSのビジネスモデルは、従来のサポートを中心とした機械納入ベースのモデルを飛び越えて、契約料ベースのモデルへの移行を模索する新たな局面へ進みつつある」と指摘する。


京都大学 小林慎治氏

 二つ目の「OSSは信頼性が低い」という懸念も払拭されつつある。世界最初の医療系の本格的なOSSは、米国の政府機関の退役軍人省が退役軍人病院向けに開発した電子カルテ(VistA)だと言われている。品質管理に厳しい米国政府が主導しているプロジェクトであり、VistAにおいてもソースコードの信頼性を高く保つ努力がなされている。

 また、小林氏によると、ICT担当者は、2012年9月に開催された「Open Source EHR Summit」の講演の中で、「国防総省ではソースコードの内容を検証できないソフトウエアをできるだけ減らそうとしている」と話しており、ソースコードを公開するOSSの信頼性を高く評価していることが分かる。

 さらに、これまでOSSとは対局の立場にいたマイクロソフトが、最近になって、Microsoft Azureや.NETにおいてLinuxなどのOSSへの対応や一部プロダクトをOSS化する動きを見せており、老舗のいわゆる「しっかりとしたベンダー」もOSSの信頼性の高さを評価し始めている。

 三つ目の「OSSは実績に乏しい」という懸念も完全に払拭されている。先述のVistAは、米国国内だけにとどまらず、共通電子カルテシステムとして広く世界中で利用され始めている。その他にも多くのOSSが医療分野での実績を積み重ねつつある。

 また、ORCAプロジェクトの日医標準レセプトソフトも、国内の医療機関にはすでに1万以上のシステムが導入されている。現在、日医標準レセプトソフトのクラウド対応版「Ginbee」の開発も進められており、2015年末からテスト運用が開始されることになっている。

【OpenDolphin】OSS電子カルテが海外を目指す理由

 セミナーでは、日医標準電子レセプトソフトとの接続が可能なOSSベースの電子カルテシステム「OpenDolphin」を開発・提供するライフサイエンス コンピューティング(以下、LSC)の皆川和史氏が「OpenDolphin海を渡る」と題して講演を行った。

 OpenDolphinの特徴やビジョン、実績などについては、前回の特集記事『Apple Watchやゲノム解析とも連携――クラウド型電子カルテ」をプラットフォームとする新しい「医療」の可能性』)で詳しく紹介しているので、そちらを参照していただきたい。本稿では、OSSのOpenDolphinの海外展開に絞って、その取り組みや課題などを紹介することにしよう。

なぜ、海外展開しようと考えたのか

 海外には、すでにOSSベースの電子カルテが10種類以上存在していると言われている。ではなぜ、LSCは日本で開発した電子カルテを海外展開しようと考えたのか。その理由について、皆川氏は次のように説明する。


ライフサイエンス コンピューティング 皆川和史氏

 「日本の電子カルテは診療報酬請求業務があまりにも複雑であるため、電子カルテ側で本来持つべき機能をきちんと備えているかどうか不安になることがある。電子カルテ側の機能をきちんと切り分けるという意味でも、海外版の開発や、海外の医事会計システムとの連携は貴重な経験になる」

 OpenDolphinの場合、ORCAシステムとの接続は、電子カルテと医事会計の連携を実現するためのデータ交換フォーマットである「CLAIM(CLinical Accounting InforMation)」を介して行っており、機能は一応切り分けられているものの、ORCAに引きずられている部分も少なくないという。

 海外進出のもう一つの理由は、TPP(環太平洋経済協定)がもたらす変化に対応して生き残りを図るためだ。TPPの交渉結果によっては、医療品の貿易の自由化だけでなく、医療従事者の交流の自由化も実現されることになる。日本から海外に出る医師にも、海外から日本に入ってくる医師にも、OpenDolphinを使ってもらうようにするには、海外に積極的に進出して技術やサービスを磨く必要あるというわけだ。

電子カルテの海外進出に当たっての懸念

 海外展開に当たって、皆川氏が懸念しているのは、「ORCAのAPIが新しくなったのを契機に、ORCAプロジェクト側が、電子カルテとORCAの一体化を推奨しようとしているのではないか」ということだ。確かに、レセプトソフトは医療機関の経営に不可欠であり、カルテも診療に不可欠であるため、一体化した方がメリットが多いのも事実だ。しかし、電子カルテの海外展開を考えると、「電子カルテとORCAを分離して、ORCA以外の医事会計システムとの接続を可能にした方が望ましいのではないか」と、皆川氏は心配する。

 海外への進出を成功させるためには、現地国の医療制度を十分に知った上で対応する必要がある。例えば、東南アジアの旧英国領の国の多くでは、医師は病院には所属せず、病院は診療室やベッドなどの施設を提供するだけで、医師が自身の責任で治療費を患者に請求し、診療報酬を民間の保険会社に請求する必要がある。このように、国によって細かいルールの違いがあるため、電子カルテシステムもそれに対応することが求められる。


医療制度の違い(旧英国領の例)(皆川氏の講演資料より)

 実際に、LSCが海外進出を試みることになったのは、マレーシアでの開業を目指す国内医療機関から依頼があったためだ。この医療機関ではマレーシアで在留邦人をターゲットに、メンタルヘルスケアを中心に診療活動の展開を予定していた。

 LSCでは、海外進出に向けて、まずOpenDolphinの国際化対応を行い、シンガポールのデータセンターにクラウドを構築した。クラウドの構築地としてマレーシアではなくシンガポールを選んだのは、日本からのリモートアクセスが容易だったからだという。

 しかし、マレーシアでの診療所の開業は実現されたものの、結果としてOpenDolphinのマレーシア進出は実現せず延期の憂き目にあった。実現しなかった理由は、マレーシアでクリニックを開業するに当たって、現地医師1名以上の雇用が許可条件になっており、現地採用の医師がマレーシア製の電子カルテの使用を選択したためだ。

 ただ、現地のシステムはスタンドアロンでしか稼働せず、日本のシステムと連携できないため、時期を見てOpenDolphinへの移行が予定されているという。さらに、LSCでは、ベトナムを新たなターゲットに加え、OpenDolphinの海外進出を目指す取り組みを継続的に行っている。

日本発の国際医療ネットワークの構築

 LSCでは現在、海外進出の一環として、日本発の国際医療ネットワークの構築にも取り組んでいる。最初のターゲットはメンタルヘルスケアと再生医療である。メンタルヘルスケアに関しては、海外赴任する人の間で、文化の違いでストレスを抱えている人が増加し、メンタルヘルスケアに対するニーズが世界的に高まっている現状がある。また、再生医療の分野では、日本においても規制緩和の動きが進みつつあり、海外の医療機関との連携が活発化することが予想されている。


日本発の医療ネットワーク(皆川氏の講演資料より)

 LSCの例からも分かるように、今後は、医療OSSの分野でも世界を見据えたさまざまな取り組みが進むと見られる。

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