アジャイルだか何だか知らないけれど、ドキュメントがないのでシステムは未完成ね:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(39)(3/3 ページ)
IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は「システム開発におけるドキュメントは、何のために必要か?」を解説する。
ドキュメントは誰のため
「この開発がたまたま裁判になったから、裁判所がシステムを完成したと判断するためにドキュメントが必要だっただけではないのか。通常のシステム開発で、裁判を意識することはまずないし、ユーザーと話し合い、検討し、テストを行っていくのだから、要件定義書や基本設計書、テスト結果報告書など不要なのではないか。一体、誰のためにドキュメントを残すのか」――そんな読者の声が聞こえてきそうだ。
確かに開発を成功裡に終了させること「だけ」を考えれば、必要なドキュメントは、話し合いの備忘録と、保守運用に必要なマニュアル程度かもしれない。開発中に要件の齟齬(そご)などが見つかったら、かつて残したメモを見ながらまた話し合えば済むかもしれない。
しかし、だ。
筆者は強く言いたい。システム開発にかかる数千万から数10億円というお金は、ユーザー企業の社員が汗水垂らして稼いだものだ。ユーザー側のシステム担当者は、大切なお金を使って作ったシステムの結果や効果を社員に説明できるようにしなければならないのではないか。それができなければ、背任を疑われることにもなりかねないし、システム監査にも耐えられない。
そうなるとベンダーには、ユーザーのシステム担当者が社内に説明できるだけのドキュメントを作る義務があるのではないだろうか。
「要件定義書」と「外部設計書」、その記載内容が実現していることを示す「テスト結果」。少なくともこの3つは、第三者が理解できるものを作成し、ユーザー社内に公開すべきだ。それが他人のお金を使ってシステム開発を行うものの責任だ、と筆者は考える。
システム開発の目的は、ユーザーとなる組織の業務を改善することにあり、だからこそ、会社の利益を減らしてでも実施する。ならば、使ったお金が確かに組織の経営や業務にメリットをもたらすことを、「いつでも」「誰にでも」説明できる必要があり、そのためには、開発ドキュメントをきちんと残しておくのは大切なことではないだろうか。
昔も今も、システム開発に携わる人間は視野狭窄(きょうさく)に陥り、「システムが正しく動作すること」ばかりに注意を向けがちだ。しかし、ドキュメント作りも決して軽視すべき作業ではない。これは、しっかり肝に銘じるべきことだ。
細川義洋
ITコンサルタント
NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも希少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。
書籍紹介
本連載が書籍になりました!
成功するシステム開発は裁判に学べ!〜契約・要件定義・検収・下請け・著作権・情報漏えいで失敗しないためのハンドブック
細川義洋著 技術評論社 2138円(税込み)
本連載、待望の書籍化。IT訴訟の専門家が難しい判例を分かりやすく読み解き、契約、要件定義、検収から、下請け、著作権、情報漏えいまで、トラブルのポイントやプロジェクト成功への実践ノウハウを丁寧に解説する。
プロジェクトの失敗はだれのせい? 紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿
細川義洋著 技術評論社 1814円(税込み)
紛争の処理を担う特別法務部、通称「トッポ―」の部員である中林麻衣が数多くの問題に当たる中で目の当たりにするプロジェクト失敗の本質、そして成功の極意とは?
「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則
細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)
提案見積もり、要件定義、契約、プロジェクト体制、プロジェクト計画と管理、各種開発方式から保守に至るまで、PMが悩み、かつトラブルになりやすい77のトピックを厳選し、現実的なアドバイスを贈る。
細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)
約7割が失敗するといわれるコンピュータシステムの開発プロジェクト。その最悪の結末であるIT訴訟の事例を参考に、ベンダーvsユーザーのトラブル解決策を、IT案件専門の美人弁護士「塔子」が伝授する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- データベースをパクられたので、著作権侵害で9億円請求します!
IT紛争解決の専門家 細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は「データベースの著作権」について、判例を基に解説する - 頭の中も著作権の対象?――もう一つの「ソフトウェア パクリ」裁判解説
今回は、資料やデータを一切持ち出さなかったのに、かつての勤め先から盗用で訴えられた判例を解説する - 業務で作成したソフトウェアの著作権は誰にあるのか?――退職社員プログラム持ち出し事件
今回は、自分が作成したソフトウェアを持ち出して起業したエンジニアが、元職場に横領罪で訴えられた裁判を解説する - プログラムの「盗用」は阻止できるか?
今回は、プログラムを「パクられた」ゲームソフトメーカーが起こした裁判を解説する。果たしてプログラムに著作権は認められたのか――? - 個性的ならOK?――著作権法で守られるソフトウェアの条件
今回から数回にわたって、ソフトウェアの著作権について解説する