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「エンジニアは、リスクを取ることで成長する」――Red Hat技術部門のトップが語る「覚悟」Go AbekawaのGo Global!〜Paul Cormier編(3/3 ページ)

高校生のころからエンジニアとして活躍し、現在、Red Hatで製品、テクノロジー部門を率いるPaul Cormier(ポール・コーミア)氏が、17年前にオープンソースソフトウェア(OSS)業界に自ら飛び込んだ理由と、エンジニアの成功に必要な姿勢について語る。

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現在のRed Hatにおける役割とは

阿部川 現在、あなたは製品・テクノロジー部門のトップです。Red Hatの中で、あなたの最も重要な役割とは何ですか。

コーミア氏 皆がそれぞれ違う意見を持つ場面で、全員を1つの方向性にまとめて導くことです。Red Hatで過ごしてきた17年間、どんな内容についても全員一致の結論に至ったことなどありません。Red Hatのエンジニア文化は、「最も優れたアイデアが勝つ」です。私は、組織内のしがらみを破って最良の決断を下し、自分の意見が通らなかったメンバーには「なぜ、今回自分の意見が採用されなかったのか」を説明して納得してもらうことで、メンバー全員が1つの方向に一致団結して進めるようにしています。

エンジニアとしての原動力

阿部川 何があなたを動かしているのでしょうか。

コーミア氏 情熱です。私たちにとって、「どんな方向性を採るか」というのは非常に重い決断です。1つの決断を下すためには、往々にして、誰かの意見を犠牲にしなければなりません。自分から情熱を持ってそうした状況をまとめようとしなければ、意見を通してもらえなかった人は付いてきてなどくれません。私の妻はそれを「頑固さ」と呼ぶのですが、私は「根気」と呼びます(笑)。

 例えば、今売れている「OpenShift」という製品がありますが、実際に利益が出るまで5年間、会社は損失を覚悟で投資を続けてきました。弊社のプラットフォーム製品では、利益を出すまでに5年間、損失が出る期間を想定しています。その間、取締役会に根気強く投資を続けてもらう以上、私たちは何とか利益を出すレベルにまで製品を成長させる責任を負っているわけですから、私自身、相当な集中力を使いますし、それは部下たちも同様です。

編集部 あなたにとって、エンジニアとそれ以外を分ける違いとは何ですか。

コーミア氏 考え方です。コンピュータエンジニアリングやコンピュータサイエンスで使う思考プロセスですね。あるアイデアや根拠を相手に論理的に説明し、間違いを見つけた場合も論理的にその点を指摘する。ある問題に対して、論理的で、現実的な解を与えようとする議論が、エンジニアの原動力になると考えています。

 私自身、エンジニアとして培った経験を毎日、ほとんど全ての会話に生かしています。論理的な答えにたどり着くまで諦めない。あらゆるエンジニアは、問題解決の糸口が見えた瞬間から、時間を忘れてそれに取り組みます。いったんそうなったら、解決するまで後には引けないんです。私たちはこの状態を、「ハイパーフォーカス」と呼んでいます(笑)。

「エンジニアは自分のやることに信念を持ち、リスクを恐れずに進め」

阿部川 日本のエンジニアが世界の市場競争を勝ち抜くために、最も大切なことは何でしょう。

コーミア氏 「リスクを取る」ことです。「リスクを取り、失敗を恐れるな。自分の決断に自信を持ち、誰かが次の段階へ引き上げてくれるまで、挑戦をやめるな」が、私にできる最大のアドバイスです。また、設計の際は、常に「トップダウン」で思考を進めることです。最終的に何がしたいか見極めてから、計画を細分化していくのです。ボトムアップから始めてしまうと、最終的に何ができるか、いつまでたっても分かりません。

 優れた開発者は、失敗を恐れず、リスクを取ることで成長しています。例えば、「Kubernetes」に貢献する主要開発メンバーの1人は、IBMでの安定したキャリアを捨ててRed Hatに入り、今ではコミュニティー中の尊敬を集めるロックスターのような存在になっています。

 特に、自分の取り組みに「信念」を持ち続けることが大切です。その過程でどんどん失敗してほしい。実際に私も、かつて全面オープンソースのアプリケーションを作ろうとして、大失敗したことがあります。そうした試行錯誤がなければ、今の地位にはいなかったでしょう。

 オープンソースの世界では、自分が正しいと思ったことのためには、自分の階級を気にせずに前に出て行かなくてはなりません。管理職は、逆にそうした「挑戦」を受け入れるべきです。自分の信念のためなら喜んで挑戦し、その挑戦を喜んで受け入れる姿勢を持った人々が、オープンソースを作り上げ、なおかつ強くしたのですから。

編集部 これまでのキャリアで、全米各地へ通勤したとおっしゃっていましたね。どうやってキャリアと私生活を両立されたのでしょう。

コーミア氏 素晴らしい妻と子供たちのおかげです。私はいつも家を留守にしていました。ヒューストンやローリーに通勤していた時代は、月曜の朝に家を出て、木曜の夜に帰ってくる生活でした。その間ずっと子供たちのサッカーのコーチもしていました。妻はカレッジに戻って勉強しながら、仕事と2人の子育てをしていました。その間、私は常に移動しながら働いていたわけです。家族のサポートがあったからこそ、仕事に集中することができました。

阿部川 「妻がハッピーなら、人生もハッピー」と

コーミア氏 それは真実ですね(笑)。

Go's think aloud 〜インタビューを終えて

 リスクを取ったからといって、必ずしも成功できるわけではないが(むしろ失敗の可能性の方が高い)、成功している企業やプロジェクトは間違いなくリスクを内包し、それを克服している。同様に、自信があるからといって必ず成功するわけでもないが、自信がなければそもそも成功させようという原動力さえも生まれない。リスクを取る勇気と、やり遂げるだけの自信――「自信を持ち、失敗を恐れない姿勢」とコーミア氏は表現したが、確かにビジネスを成功させるためには自転車の両輪のようなこの2つが不可欠だ。

 だがそれ以上に大切なものがある。それは自分の仕事に対する信念、あるいは覚悟と言ってもいいだろう。コーミア氏の覚悟は、まさに桁違いだった。Red Hat設立当初は大きな損失に耐えた。ヨーロッパでは4億ドル以上のコストをかけるかどうかの賭けに出た。しかし彼は一度も迷わなかった。そして今この企業は30億ドルの売り上げにまで迫る勢いだ。これほどの覚悟あふれるエンジニアには、ソースコードに潜む悪魔も退散せざるを得ない。エンジニアとしての揺るぎない誇りと言ってもいい。

 エンジニアと一般の人の違いは、「論理的に考える、思考プロセス」と言い切る。それを突き詰め、リスクを取った人だけが神様からプレゼントをもらう。それを「運」の一言で片付けてしまえば、われわれはいつまでたっても凡人の域から抜けられないのかもしれない。

阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa)

アイティメディア グローバルビジネス担当シニアヴァイスプレジデント兼エグゼクティブプロデューサー、ライター、レポーター

コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時より通訳、翻訳なども行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在は英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行うほか、作家として執筆、翻訳も行っている。

編集部から

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