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ミャンマーではエンジニアは女性の仕事Go AbekawaのGo Global!〜Mintzu Hnin Khat編(後)(1/3 ページ)

ITにも日本にも興味はなかった。でも、1人のヒーローに出会って、日本でエンジニアになりたいと思った。

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 国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。今回もミャンマー出身のエンジニア、Mintzu Hnin Khat(ミンズ ニン カッ)さんにお話を伺った。日本にもITにも興味がなかった彼女は、なぜ日本でエンジニアになることを選んだのか――。

 聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。


ブライセン チームリーダー Mintzu Hnin Khat(ミンズ ニン カッ)さん

日本に行きたい!

阿部川“Go”久広(以降、阿部川) 2015年の9月にブライセンミャンマーに入社されます。

Mintzu Hnin Khat(ミンズ ニン カッ、以降ミンズさん) サイバーミッションズミャンマーにいたころの夢は、優秀なWebデザイナーになることでした。そもそも絵を描くことが好きで、Webサイトを作ることが本当に好きだったので。

 ですが、日本語の先生にはまって「日本に行きたい」と思うようになりました。ですが、日本で募集している仕事は、システム開発やプログラマーが多くて、Webデザイナーとして日本に行けるチャンスはほとんどありませんでした。

 ミャンマーでデザイナーの仕事を続けるか、それとも開発者に転向して日本に行くか、かなり悩みましたが、結局「日本に行きたい」という気持ちの方が強くなりました。

 「ブライセンにはブライセンミャンマーもブライセンジャパンもあるので、ミャンマーでプログラムや日本語のスキルをアップできたら日本に行くチャンスがある」と募集していたので、ブライセンに転職しました。

阿部川 なるほど、日本に行くことを最優先したのですね。ブライセンミャンマーではどのような仕事をしたのですか?

ミンズさん 最初の3カ月ぐらいはWebデザインの仕事を続けましたが、後日本に行くことが決まったので、その「PHP」の案件に入って詳しく勉強しました。

阿部川 そして、なんと1年後には本当に日本に来てしまうわけですね。「日本に行きたーい」と毎日大声で叫んだりしたのですか?

ミンズさん 叫びはしませんでしたが、ミャンマー支社の社長に「日本に行きたい」と希望を出しました。日本にはWebデザインの仕事はないのでシステム開発をやらないといけないと言われたので、どういうジャンルを勉強すればいいのか聞いたら、PHP系なら募集しているとアドバイスしてくれたので、PHPの案件に入れてもらって、学校でもPHPを勉強しました。

阿部川 すごいですね。日本に行きたい一心でPHPを勉強したんですね。そして念願かなって2016年9月に来日するわけですが、それまでに日本語の能力検定も取得している。日本語もずっと勉強していたんですね。ブライセンミャンマーでは何語で仕事をしていたのですか?

ミンズさん 日本語とミャンマー語です。チームリーダーが日本人で、メンバーは全員ミャンマー人だったので、両方の言語で話しました。

阿部川 そして2016年に来日して、現在5年目ですね。どうでしたか、日本語の先生の言った通り「いい国」でしたか?

ミンズさん はい(ニコリ)。それは間違いなかったです。一緒に仕事をしてみて、学びたいことがいっぱい学べました。日本人って厳しいところもありますよね。めっちゃ詳しいところまで見て質問してきたり。そのころ私はメンバーだったので、「何でそこまで見ているんだろう」と思っていたのですが、自分がリーダーになったら、やっぱりそこまで見ないといけないと分かってきました。

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