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「話題にし続けてください。それが世界を変える」 ウクライナのエンジニアは今も戦っているGo AbekawaのGo Global!特別編〜ウクライナの今(2/3 ページ)

グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回は特別編として、本連載でも何度かお話を伺っているCyril Samovskiy(キリル・サモフスキー)さんにウクライナの現状について伺う。前回は戦地から命からがら逃げ延びた直後の緊迫した状況で、キリルさんの日常生活や家族、そして仕事について伺った。あれから1年以上たち、キリルさんや周りの人々にはどんな変化があったのか。

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互いの顔を見て仕事をすると安心できる

阿部川 現在のビジネスの状況を教えてください。キリルさんは現在ロンドン在住ですが、多くの従業員の方々はキーウにいらっしゃるのですか。

キリルさん キーウに半分、残りの半分はそれ以外といったところです。キーウ以外にいる従業員の多くは、ウクライナの西側にいます。西側はポーランドをはじめ、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアなどNATO(北大西洋条約機構)の加盟国と接している地域が多いので、おいそれとは攻撃されないからです。でもきっと、「まさか自分がここで暮らすことになる」とは思ってもいなかった国や土地だと思います。

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NATOの加盟国(出典:防衛省「令和5年版 防衛白書」)

阿部川 比較的安全な場所にいるとはいえ、先ほどお話しいただいたように強いストレスがかかっているには違いないわけですよね。

キリルさん そうですね。侵攻が開始されてから2年近くたっているので、もしかしたら外から見れば状況は落ち着いたように見えるかもしれません。ですが、ウクライナの人々は皆、不安やストレスにさらされています。特に現地では、サイレンが鳴れば、いや応なくシェルターに避難しなければならない状況ですから。先日、ドイツのニュースで、子どもたちがこの戦禍によって、情緒が不安定になり、ちょっとしたことで常に泣き続けるようになっていると聞きました。それが現実だと思います。

阿部川 メンタルのダメージは、この2年で蓄積されているのでしょうね……。仕事は継続できているようですが、今は基本オンラインですか。

キリルさん いいえ。友人宅や自宅、コワーキングスペースなどで仕事をする人はいますが、数十人くらいの従業員がキーウのオフィスに出社しています。全員が一斉にではなく、ある人は月曜日、ある人は火曜日と水曜日、といったように分散しています。

 彼らが出社する理由は、同僚に物理的に会って話したいということと、オフィスが暖かくて快適でインターネットが使えるからです。侵攻が始まって、政府は水道、電気、ガスなどのインフラの使用を制限しました。そのため、多くの企業は自前の電源や水道タンクを用意しました。弊社は自前の「Starlink」のコネクションを整備したので、1日当たり5〜10時間程度であれば、公共の仕組みがなくとも会社運営を続けることができます。

 2022年の冬はビジネス的に特に重要な時期でした。弊社はクライアントに対して、それまで提供していたサービスを継続して提供することをコミットしました。そのためには暖かいオフィスと確実にインターネットがつながる環境を従業員に用意しなければなりません。

 出社して仲間と話ができることも重要です。ここロンドンで、私はほとんどの仕事を自宅でこなしていますが、正直にいってあまり好きな環境ではありません。だから、従業員たちがわざわざポーランドなどから来てくれるとうれしく思います。1週間くらい一時的なオフィスを借りて、彼らと一緒に過ごします。

阿部川 その方が健康的な働き方ですね。インターネット越しでも仕事ができることはコロナ禍が証明しましたが、それは単に、働く方法、手段の一つが証明されただけであって「人間はなぜ仕事をするのか」とか「仕事の価値とは何か」といった根本的な問題が議論の俎上(そじょう)に上がったわけではありません。

キリルさん おっしゃる通りです。人間には仕事以外にも必要なものがたくさんあります。人と人が会って会話することや、今までになかった新しいことを議論で生み出すなどの方が、方法論よりも大切だと思います。

仕事を続けることには報酬以上の意味があった

阿部川 この2年で、ビジネスそのものの実績はいかがでしたか。侵攻直後は全てが不確実な状態だったと思われますが、今はどうでしょうか。

キリルさん おおむね順調です。2022年の12月まで、つまり戦争が始まってからの10カ月は、2021年比で8%成長しています。これは弊社のクライアントのビジネスが成長していることの証しでもあります。通常であれば去っていったり、取引金額が下がったりするクライアントがいますが、この時期は、大変幸運なことにクライアントのビジネスも、弊社のビジネスも成長しました。

 加えて、多くのクライアントがウクライナを支援することを目的に仕事を発注してくれています。これは本当にありがたく、素晴らしいことです。「しっかりと仕事に対応できる優れたエンジニアが確保できているのであれば、ウクライナの人々と仕事がしたい」と言ってくれているのです。弊社のエンジニアだけで顧客のニーズに応えられないときは、それができる企業やエンジニアをわれわれのビジネスネットワークから探すこともありますから、そうした点が評価されているのだと思っています。

 もちろん、このような話はウクライナにいるエンジニアにも常々伝えています。多くのエンジニアはインフラの使用もままならない中、昼夜を問わず必死で仕事をしており、このような状態をもたらしたロシアに怒りを感じています。エンジニアは外で爆弾の音が聞こえる中でも、シェルターで仕事をしているのです。彼らにとって、仕事は単なる報酬以上の意味を持っています。

 私たちは幸いにも十分なクライアント数を確保できていますが、そうではない企業も多いと聞いています。ですからわれわれは、以前と変わらず新しいサービスを提供し、新規顧客の開拓をし続けようと思っています。まだまだ多くの機会が見えていますし、私どもは戦争の影響を多くは受けずに成長していけると考えています。

阿部川 それこそ、ビジネスの素晴らしい局面ではないでしょうか。従業員やクライアントに恵まれ、「ウクライナだから」ではなく「良い仕事をしてくれるから」と貴社を選んでくれるクライアントがいて、その素晴らしい方々と共に仕事を成長させることができている。こんな状況だからこそ、ビジネスの素晴らしさを実感することが、私たちには必要ですよね。

キリルさん その通りです。これが多くの方にも、もっと広がればいいと思います。

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