「話題にし続けてください。それが世界を変える」 ウクライナのエンジニアは今も戦っている:Go AbekawaのGo Global!特別編〜ウクライナの今(3/3 ページ)
グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回は特別編として、本連載でも何度かお話を伺っているCyril Samovskiy(キリル・サモフスキー)さんにウクライナの現状について伺う。前回は戦地から命からがら逃げ延びた直後の緊迫した状況で、キリルさんの日常生活や家族、そして仕事について伺った。あれから1年以上たち、キリルさんや周りの人々にはどんな変化があったのか。
ビジネスを通じて皆が助けてくれる
キリルさん 以前、私がウクライナにいたときは、遠くで起こっていることを自分のこととして感じるのは難しいことでした。テレビで見て、共感することは本当の意味ではできていなかったと思います。しかし、現在のような状況となればそうした“痛み”がよく分かります。以前は何とも思わなかった、日常の取るに足らないことが、大きな意味を持っていることに気付きました。
この土地では自分は一人ぼっちで、その土地の人に求められて来たわけではない。そうした状況でも、ビジネスを通じて動き続けていれば、自分を支えてくれる周りの人々に感謝する心が生まれてきます。クライアントに対してもそうだし、旧来の友人や、新たにできた友人たちに対してもそうです。これは本当に得難い経験です。個人の人生として傷つけられたという思いもありますが、それ以上に多くの素晴らしい人々と出会うことができたと感じています。
そしてこうも思います。「世界にはこんなに良い人がいるのに、なぜ戦争という悲惨な出来事が起こらなければならないのだろう」と。
阿部川 おっしゃる通りですね。恨みの連鎖がある限り、戦争は終わらせることができません。ただ、お話を聞いていると戦争の惨禍の中でも、ビジネスを続けることで人々の良心がつながっていると感じられて、経済活動のとても素晴らしい面を教えていただいたように思います。
現在、一緒にお仕事をしている日本の企業はありますか?
キリルさん はい。守秘義務がありますので詳細はお話しできませんが、多くの企業とやりとりをしています。最後に日本を訪れたのは、コロナ禍が始まって間もない2020年の2月ごろで、日本の皆さんに「来日する勇気がよくありましたね」と冗談を言われました(笑)。
日本でのビジネスは、訪れるたびに進化すると感じています。初対面では、イントロダクションのようなものですが、2回目にはしっかりビジネス関係が出来上がり、3回目ともなると「そのビジネスをより成長させるにはどうすればいいか」という議論ができます。弊社には日本語を話せる従業員がいますし、コンサルタントもいます。弊社にとって日本市場は大きな将来性を持った、大変重要な市場です。コロナ禍で対面が不可能になっても、戦争が起こって思ったように活動できなくなっても、日本のクライアントはしっかりとわれわれと仕事を継続してくれています。戦争が終わったあかつきには、現在開発している弊社の新サービスも、必ず日本のクライアントの方々に受け入れてもらえるものだと確信しています。
また、ビジネスとは関係なく、日本に行きたい気持ちが強くあります。
特に妻や子どもたちはまだ日本に行ったことがないのでぜひ連れて行ってあげたい。妻には「今いるロンドンは安全な都市だが、世界の大都会がそうであるように犯罪はある。しかし日本は本当に安全なんだ」と何度も話しています。何の条件を付けなくとも、安全である国は、私にとっては日本とスイスだけです。
以前日本のレストランで食事をしたときに、支払いの際に財布を落としてしまいました。それに気付いて電話をしたら、「はい、こちらにありますので、受け取りにいらしてください」とすぐに言われました。こんなことは世界中で日本でしか起こり得ません。子どもたちにとっても、アニメや漫画をはじめ、日本の全てがファンタジーのように思えるでしょう。
阿部川 子どもたちは現在つらい体験をされているとは思いますが、いつかそれこそが人生の大きな力になってくれることを心から願っています。
キリルさん ありがとうございます。
話題にし続けてください。それが世界を変える
阿部川 前回、インタビューさせていただいたとき、「私たちに何ができるか」と尋ねた際に「私たちのことを忘れずに、話題にし続けてほしい」とおっしゃいました。ウクライナのことが話題になればなるほど、世界の目が注がれ、それが状況に影響を与えると。そうおっしゃっていただき大変勇気付けられました。しかし、現実問題として、何か状況を好転させるようなアクションを起こせないかと考えてしまうのです。
キリルさん それについては前回と同じで、話題にし続けることに大きな意味があると思います。状況は複雑ですし、多くのジャーナリストからインタビューも受けるのですが、その中にはウクライナという国への批判や懸念を指摘する声もあります。政府はそうした声ばかり聞いて、人々の意見を無視し、アクションを起こそうとしません。ですから、むしろ記事を書いていただくことこそが、そうした現実に影響を与えられると思います。
今回の戦争は情報戦争の側面もあります。フェイクニュースが流され、それに意見しなければ、まるで真実であるかのように受け止められます。ウクライナが現在のように奮闘していられるのは、まず第1に人の素晴らしさ、そして第2に日本や米国、ヨーロッパなどの諸国のサポートのおかげです。今後は米国などで選挙が控えていますから、状況は変化していくと思います。ウクライナは、あと少しでロシアを破ると思いますが、いずれにせよこれ以上、両国の人々が命を失うのを見たくはありません。
阿部川 戦争は終わらせなければなりませんし、このような対話はずっと続けていかなければいけません。キリルさんたちの声を日本の方々に届けたいと思います。
キリルさん ありがとうございます。日本の方々がどれほど私たちをサポートしていてくれるかは知っています。弊社だけではなく、全てのウクライナ人を代表して感謝の気持ちを伝えさせてください。私たちは孤立した存在ではないと思わせてくれることは大きな意義があります。近い将来、きっと平和な日常が戻ってくることを願っています。
Go’s thinking aloud インタビューを終えて
とにもかくにも、無事で、しかも元気そうでよかった。この過酷な体験が、この先の人生の大きな糧となってくれることを切に願う。どんな方法でもよいから、1日でも早く、まずは停戦を実現すること。そのためにわれわれ一人一人ができることを探そうと思う。「戦争が終わった」という知らせを、1日も早く皆さんに届けたい。
阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa)
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略室、情報経営イノベーション専門職大学(iU)教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 訪問教授 インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在情報経営イノベーション専門職大学教授も兼務。神戸大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院MBAコース非常勤講師、フェローアカデミー翻訳学校講師。英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行う他、作家、翻訳家としても活躍中。
編集部から
「Go Global!」では、GO阿部川と対談してくださるエンジニアを募集しています。国境を越えて活躍するエンジニア(35歳まで)、グローバル企業のCEOやCTOなど、ぜひご一報ください。取材の確約はいたしかねますが、インタビュー候補として検討させていただきます。取材はオンライン、英語もしくは日本語で行います。
ご連絡はこちらまで
@IT自分戦略研究所 Facebook/@IT自分戦略研究所 X(旧Twitter)/電子メール
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ランサムウェアをあらゆるケースで利用――多様化するサイバー攻撃の中でも10年間変わらない攻撃者の行動とは
2023年6月、ITmedia Security Week 2023 夏で、サイント 代表取締役の岩井博樹氏が「多様な脅威アクターの動向と被害緩和の勘所 〜 傾向に基づく予防策と守りの軸の再定義」と題して講演した。 - 話題の衛星インターネット「Starlink」の速度や経路を技術者視点で調べてみた
SpaceXが提供する衛星インターネットアクセス「Starlink」が日本でも利用可能になりました。早速、申し込みを行い、通信経路や接続性などを計測してみました。Starlinkがどのようなサービスとなっているのか、日本、米国、ドイツの3カ国での通信経路の違いなどを含めて解説します。 - 執拗にウクライナを狙うロシアの攻撃グループ 「シンプルだからこそ検知されにくい」その手口とは
パロアルトネットワークスは、執拗にウクライナを狙っている「Trident Ursa」の動向に関する情報を公開した。ウクライナのサイバーセキュリティリサーチャーに対する脅迫やHTMLファイルを使ったフィッシングの手口などが明らかになった。