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第289回 NVIDIAはなぜ強いのか? 競合ベンダー創業者の視点で考えてみる頭脳放談

生成AI(人工知能)の盛り上がりとともに、データセンター向けのAIアクセラレータでほぼ独占ともいえるシェアを誇るNVIDIAの株価もうなぎ上りのようだ。そこで、NVIDIAの覇権をひっくり返すことができるのかどうか、ちょっと妄想(?)してみた。

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NVIDIAの強さの秘密は「対抗するベンダーを創業する」と仮定すると見えてくる
NVIDIAの強さの秘密は「対抗するベンダーを創業する」と仮定すると見えてくる
今回はNVIDIAの覇権をひっくり返すことができるのかどうか思考実験(妄想?)を行ってみた。対抗するベンダーを創業すると仮定すると、NVIDIAの強さの秘密が見えてくる? 写真は、NVIDIAのプレスリリース「NVIDIA Supercharges Hopper, the World’s Leading AI Computing Platform」より。

 NVIDIAの株価がすごいことになっているみたいだ。2024年6月18日には株式時価総額が約3兆3350億ドルとなり、Microsoftを抜いて、世界1位になったという。その理由は高まる「生成AI(人工知能)」への需要を満たすための計算基盤として、NVIDIAのGPU一択的な流れになっていることが挙げられる。

 さて、今回はそんなNVIDIAの覇権をひっくり返すことができるのかどうか思考実験を行ってみたい。

サーバ機向けのAIアクセラレータの開発をスタートする

 あなたは某国某所の有名大学の大学院で、先生からも一目置かれる若くて優秀な人物だ(本当はどうか知らないが)。そんなあなたがあるとき、神の啓示か、かのNVIDIAの10倍の性能を達成できる(はずの)アーキテクチャを考え付いたのだ。

 まぁ、その「性能」というのが、「速度」なのか「電力」なのか「コスト性能比」なのかは言わないでおこう。あなたは、「どこか大きな会社」にこのアイデアを持ち込もうとは思わなかった。アイデアを取られた揚げ句に塩漬けにされる危険性があるからだ。

 幸い某国にはベンチャーの伝統がある。自分で起業すれば「何兆円だか何十兆円」もの創業者利益が得られるかもしれないのだ。しかし、あなたの頭の中にアイデアがあっただけでは現実にはならない。

 まずは業界の有名人でもある先生を説得することから始め、そのツテで成功した元エンジニアのベンチャーキャピタリストにも話をつけ、会社を設立し、10億円ほどのお金を集め、社屋を借りて初期メンバーを雇用して会社が軌道に乗るまで何だかんだで1年がたっていた。

プロトタイプを開発するのが最初のステップ

 新会社はサーバ機向けのAIアクセラレータを開発している。あなたのアイデアに基づき、アクセラレータチップのプロトタイプを開発し、その上にソフトウェアのプロトタイプを搭載する。確かに高性能で、かつデータセンターにインストールすれば、大いに向上が見込める、ということを実証するのが最初のステップだ。

 これはさらなるお金を集めるためでもある。何せ、昨今の先端プロセス上で大規模チップを設計製造しようなどすると、10億円くらいでは全く不足なのだ。取りあえず、市販のFPGA(それでも最先端のチップは非常に高い)を何個も搭載した高価な専用ボード上でプロトタイプソフトウェアの実証実験を行う。

 チップの設計だけでなく、そのチップを動かすためのソフトウェアの設計にも優秀なエンジニアが必要だ。主要メンバーには、IPO(株式公開)後の巨額の「メリット」を約束して給料を低く抑えているものの、それでも人件費がかなりの部分を占める。

 AIの発展により、「設計」も効率化できるのではないかと思われるかもしれない。しかし今回のような前例のないハードウェアやソフトウェアの開発には、やはり優秀な人材は不可欠なのだ。

 また、外注やオフショア開発もあり得るのではないかと思われるかもしれない。でもこの段階ではハードウェアやソフトウェアの根幹部分を開発しているので、秘密保持のためにもできれば社内クローズドでやりたい。外へ出すのは、誰が担当しても構わないような仕事が多数になってからだ。

 もちろん、技術を守るべく特許出願も重要だ。最初のアイデアの直後に既に特許出願の段取りをしていたあなただが、本格的に設計が始まるとハードウェア、ソフトウェアともに出すべき特許はめじろ押しだ。技術を守る武器になる一方、出願費用もばかにならない。

プロトタイプの次はファームウェアなどのソフトウェアの開発が待っている

 さて1年後、ようやくプロトタイプが完成し、にぎにぎしく公開される。高性能に業界は震撼し、あなたとあなたの先生(新会社のボードメンバーになっている)は講演などで引っ張りだこである。そのかいあってか、さらなる増資は成功、前回より1桁違うお金が集まってきた。

 また、あなたの新会社はファブレスでチップを設計販売し、幾つかのパートナー会社がデータセンター向けのサーバ機を製造販売するというビジネスの構図も決まりつつある。

 ただ現段階では少数のプロトタイプシステムがあるだけである。これでは世界中にいるAIアプリケーションの設計者に実際に装置を使ってもらうことはできない。量産チップの開発に膨大な人手と金がかかる中で、並行してボード開発、低レベル(ソフトウェアで「低レベル」とは「程度が低い」ことではなく「ハードウェアに近い」という意味、念のため)のソフトウェア開発にさらに人手がかかることになる。

 AIアプリケーションの利用者はあまり意識しないが、アプリケーションの下にはファームウェアやドライバ、ミドルウェア、開発ツールといったソフトウェア層があり、この開発に膨大な人手がかかるのだ。この部分の一部はオープン開発で乗り切るが、低レベルな部分は自社でやるしかない。

 小人数でのんびりと開発していたのではもくろみの市場を逸してしまう。外注、オフショア開発を含めて一気に金をかけてこれを乗り切る。

開発者向けのデータセンターの稼働が始まる

 あなたのアイデアのチップの性能を生かすためには、HBM(High Bandwidth Memory)などのメモリチップの他、ネットワークチップなども少し特殊なものが必要だ。この辺は1社では賄い切れないので、他社に金を払ってカスタム品を供給してもらうことになる。

 そして1年後、初期ロットの製品がものになり、それを備えた小規模なデータセンターが稼働を始めた。ただし、商用のAIアプリケーションをサービスする規模感はなく、AIアプリケーション開発者に提供して、先行してアプリケーションを開発してもらうための意図が大きい。

 ここでまた巨額増資が必要となる。今回はデータセンターそのものを作るような規模なので莫大である。しかし金が切れた瞬間に会社は突然倒産しかねないので、立ち止まるわけにはいかない。お金を集めて開発を続け、大手データセンターへの採用のプロモーションを続けるのだ。

いつの間にかNVIDIAとの性能差が縮まっている

 そしてさらに1年後、あなたの初期アイデアからは4年の月日がたっている。ようやく一部のデータセンターにも採用され、業界の一角として認知されるようになった。

 しかし開発を継続せねばならない。なぜなら4年前に10倍と思っていたNVIDIAとの性能比(何とはいわない)が、2倍程度に接近していたからだ。NVIDIAは毎年のように新製品を出していて、問題にしている「性能比」では年率1.5倍といったスピードで向上しているらしい(これは勝手な想定)。うかうかしていると逆転されかねない。こちらも開発を継続せねばおいていかれてしまう。それには金が……。

NVIDIAの市場を崩すのはかなり難しそう?

 少し妄想が過ぎているかもしれない。しかし、たった4年でここまでこぎ着けられたら超優秀な上に超ラッキーだろう。ちょっとした技術的ミスが後になって決定的なやり直し(リカバリーに何カ月もかかる)につながったり、時にはリーマンショック的な外乱も発生したりするからだ。そういうあれやこれやで予定が外れてしまったベンチャー企業の何と多いことか。

 ベンチャーが「今市場を支配していてそこから大金を稼ぎ出している」NVIDIAにとって代わるのが大変難しいことは分かるだろう。まだ資金力のある大手企業であればその辺はマシだろうか? しかし、かかるコストは大手でも上述のベンチャーのケースとそれほど変わらないハズだ。1点集中してそこにつぎ込むことができれば賄えるコストかもしれない。しかし、稼いでいる部門の稼ぎ出した金を、海の物とも山の物ともつかない部門につぎ込むというのは、それはそれで難しくもある。アナリストなどは、「そんな金食い虫な部門やめてしまえ」と言うかもしれない。

NVIDIAはゲーム用途からAIへの市場シフトで成功した

 思い返せばNVIDIAだって、最初からAIチップを作ろうと思ってGPUを作っていたわけじゃないのだ。最初は「GPU(Graphics Processing Unit)」という名前の通りのグラフィックスチップを作っていたのだ。AI以前の時代、GPUに誰がお金を払っていたのか? ゲーマーの皆さまである。美麗なゲームのグラフィックスのために高いGPUボードにお金を費やし、それでNIVIDIAは生き残ってきたわけだ。

 もちろん、CAD向けなどもあったが収益の多くはゲームからだっただろう。しかしゲーム用途だけでなく汎用の計算エンジンにも使える、そしてそれがAIに最適、ということになって今日につながっている。既にあるものからの継続性と適切な市場シフトで大きな市場を切り開けたわけだ。多分、NVIDIAにとって代わるものが現れるとしたら「継続性」がキーなのではないだろうか。

さてIntelはこの市場をどう切り崩す?

 ここで蛇足。Intelがサーバ機向けに「Gaudi 3」というAIアクセラレータを発表している(Intelのプレスリリース「Computex: Intel Accelerates AI Everywhere, Redefines Power, Performance and Affordability」)。NVIDIAよりも50%くらい性能が良い(?)らしい。Intelは「資金力のある大手」であり、Gaudi 3と「3」の文字の前に「2」という機種もあるようなので、「継続性」もないわけではない(Intelのプレスリリース「Intel Gaudi Enables a Lower Cost Alternative for AI Compute and GenAI」)。サーバ機メーカーともコラボしつつ、開発ツールなどソフトウェアにも力を入れているようだ。

IntelがCOMPUTEX TAIPEI 2024で発表したAIアクセラレータ「Intel Gaudi 3」
IntelがCOMPUTEX TAIPEI 2024で発表したAIアクセラレータ「Intel Gaudi 3」
NVIDIAのH100に対抗するデータセンター向けのAIアクセラレータ。Intelは、このGaudiシリーズで、NVIDIAがほぼ独占しているサーバ向けのAIアクセラレータ市場を切り崩すつもりのようだ。写真は、「Computex: Intel Accelerates AI Everywhere, Redefines Power, Performance and Affordability」より。

 さて、これがNVIDIAにとって代わるのかどうかは、データセンター(例えばAWSなど)のインスタンス選択画面を見ていれば一目瞭然で分かるだろう。AIアプリケーションと簡単に言うが、自社でAIアプリケーション向けのデータセンターを持つなどコストがかかり過ぎて現実的でない。クラウド上でマシンを借りて運用することになるのが普通だ。

 金さえ払えば、今日から千台ね、という具合にマシンを調達して即サービス開始できるわけだ。そういうマシンのインスタンスに、現在はNVIDIA製のGPUを搭載しているものが多数存在する。そういうところに、もしもGaudiがラインアップされるようになってきたら株価もどうなっているか分からない(あくまで個人の感想です)。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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