連載:IEEE無線規格を整理する(5)
〜ワイヤレスネットワークの最新技術と将来展望〜

無線MAN標準化で新幹線でもワイヤレス通信


千葉大学大学院  阪田史郎
2006/1/7


IEEE無線企画を整理する連載第1回目「無線ネットワークの規格、IEEE 802の全貌」では、拡大するIEEE 802規格の全貌を、第2回では、実用化が始まった「標準化が進むRFIDと日本発ucode」について説明してきた。ZigbeeやBluetoothなどの無線PAN(パーソナル・エリア・ネットワーク)についてまとめた。第3回「ZigbeeとBluetooth、UWBをめぐる動き」、第4回目「高速化とメッシュ化へ進展する無線LAN」に続き、今回は無線MANについて解説する

 1. 無線MANの研究と標準化の推移

 まずは、無線MANに関する研究と、IEEE 802.16、IEEE 802.20両委員会における標準化の経緯から説明したい(図1)。無線MANでは、IEEE 802.16 もIEEE 802.20も仕様の名前としても用いられるため(IEEE 802.16と呼ぶ仕様は製品として実現される予定はない)、以下委員会の意味で用いるときは委員会を明記する。無線MANの起原は、1993から1997年にかけて、米国を中心に研究されたFWA(Fixed Wireless Access)である。当時のFWAは、ATM(Asynchronous Transfer Mode)に代表される広帯域の有線ネットワークに対し、無線ネットワークによるVOD(Video-On-Demand)をはじめとするマルチメディアサービスや地方でのインターネットアクセスの提供を狙いとしていた。

図1 IEEE 802.11委員会における標準化の経緯(クリックすると拡大表示します)

 FWAによるサービスにはMMDS(Multi-channel Multi-point Distribution Services)とLMDS(Local Multi-point Distribution Services)がある。MMDSは中小企業やSOHO(Small Office Home Office)、消費者を対象とし、強い送信電力を持つ1つの基地局の設置により半径50km以内をサービス範囲とする。LMDSは無線MANの原型であり、あらゆる規模の企業を対象とし、複数の基地局の設置により半径5km以内を双方向サービスの範囲とする。しかし、これらはシステム構築の価格、技術双方の面で課題が多く、サービスの立ち上げには至らなかった。

 その後、LMDSにおける課題や反省を踏まえ、1999年に無線MANの名の下にIEEE 802.16委員会が発足した。IEEE 802.16委員会の目的は、インターネット・アクセスの「ファーストマイル/ラストマイル」問題を解決するための無線標準規格を策定することにあり、有線のADSL、CATV、FTTHに代わる無線のブロードバンドアクセス網として利用されることを想定している。無線MAN技術とVoIP(Voice over IP)技術を組み合わせると、ある程度の広域で無線IPベースの音声とデータの通信をサポートすることができるようになる。

 無線MANは、米国ではCellular Killerと呼ばれ、現在の携帯電話のサービス提供会社つぶしになるという予想もある。通信キャリア中心に第3世代(3G)携帯電話網の標準化を進めてきた3GPP(3rd Generation Partnership Projects)が規格化した第3.5世代(3.5G)携帯電話網に位置付けられる高速パケット通信のHSDPA(High Speed Downlink Packet Access:3GPPで標準化)や、3GPP2で標準化されたEVDO(Evolution Data Optimized)とも今後競合することが考えられる。

 いずれにしても、低スループットながら広域網として普及した無線WANの携帯電話網と、高速移動には必ずしも対応できないものの広帯域通信により、ホットスポットシステムとして公衆スペースでの利用も増加している無線LANとの間を埋める無線MAN(無線LANとの大きな相違は、大きな送信出力による通信距離の拡大)は、車や高速鉄道などの移動体への対応を軸に、今後の実用化が期待される。

 IEEE 802.16委員会における標準化の議論は2000年以降である。また、高速移動体への対応を目指したIEEE 802.20委員会での標準化の議論が開始されたのは、さらに2年余り後の2002年であり、無線MANの技術開発、標準化の歴史はほかの無線ネットワークに比べて新しい。

 IEEE 802.20委員会は、発足直後自動車よりも高速な移動への対応ということで、一時大きな注目を集めた。しかし、その後実現の難しさが認識され、現在はほとんど活動していない。IEEE 802.16委員会においては、当初IEEE 802.16(LOS:Line Of Site、見通しのある場合)、IEEE 802.16 a(NLOS:Non-Line Of Site、見通しのない場合)、IEEE 802.16d(IEEE 802.16aとほかの派生した仕様を統合)、IEEE 802.16e(時速150〜200kmまでの移動体に対応)の標準化が進められたが、IEEE 802.16e以外の固定端末対応については、議論の末2004年にIEEE 802.16-2004と呼ぶ仕様に一本化された。従って、IEEE 802.16委員会による標準は、事実上固定端末対応のIEEE 802.16-2004 と移動体対応のIEEE 802.11eの2つといってよい。表1に2005年11月現在のIEEE 802.16委員会の構成を示す。

  概要 予定時期
802.16-2004 固定向けネットワーク 〜2004
802.16e 移動対応ネットワーク(時速約150km/hまで) 〜2005.12
802.16f 固定向け用のMIB、802.16iへ移行  
802.16g 固定および移動対応ネットワーク管理 〜2007.3
802.16h 共存に関する手続き、LE(License Exempt) 〜2007.3
802.16i 移動対応向けMIB 200.6.1〜
802.16 MMR
(Study group)
移動対応マルチホップ通信 2006.5〜
表1 IEEE 802.16委員会の構成
モバイル加入者局(
MSS:Mobile Subscriber Station)、MMR:Moile Multi-hop Relay、MIB:Management Information Base



目次:IEEEを整理する(5)
1. 無線MANの研究と標準化の推移
  2. IEEE 802.16-2004とIEEE 802.16e
  3. IEEE 802.20(高速移動体対応)



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