連載:IEEE無線規格を整理する(5)
〜ワイヤレスネットワークの最新技術と将来展望〜
無線MAN標準化でも新幹線でワイヤレス通信
千葉大学大学院 阪田史郎
2006/1/7
3. IEEE 802.20(高速移動体対応) |
新幹線のような時速250km以上をも想定した高速移動体対応無線通信の研究の歴史は比較的浅い。2002年にMBWA(Mobile Broadband Wireless Access)の名で、IEEE 802.20委員会が発足した。2002年末に米国のFlarion Technologies社(基本原理は米国のルーセント・テクノロジー社のベル研から提案された)が開発したFlash-OFDMと呼ぶ技術により、2003年以降急速に議論が活発化し、高速移動体においても下り数Mbpsの通信を可能とする方式の検討が進展した。Flash-OFDMとほぼ同時期に、米国のアレイコム社と日本の京セラがiBurstシステムを開発し、2004年にはオーストラリア、南アフリカなどで商用サービスを開始している。Flash-OFDMとiBurstが現在IEEE 802.20に提案されている。
IEEE 802.20の仕様としては原稿執筆時、検討中で標準化にはいまだ時間を要する。
3.1 Flash-OFDM |
表6に、Flash-OFDMの主要諸元を示す。“Flash”とは、あらかじめ決められた疑似ランダムパターンですべてのトーン(サブキャリア)にわたって行われる高速ホッピングという意味であり、シームレスなハンドオフが可能な、高速で遅延の少ないアクセス技術を意味する。この高速ホッピングにより、Flash-OFDMはスペクトル拡散を実現する。データはパケット化され、広帯域に拡散されて大容量伝送やセキュアな配信を可能にする。高速ホッピングでは、ある1つのトーンを割り当てられたユーザーは、シンボルごとに同じトーンで伝送するのではなく、シンボルごとに異なるトーンにジャンプするホッピングパターンを使用する。各基地局は、それぞれに異なるホッピングパターンにより、利用できる周波数をすべて使用する。
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表6 Flash-OFDMのシステム主要諸元 |
また、セル式の配置により、周波数ダイバーシティとセル外もしくはセル間の干渉電力の平均化(従来のTDMAのような狭帯域システムでは実現できなかった優れた周波数利用効率)を含むCDMAシステムのあらゆる利点を提供することができる。結果として、Flash-OFDMでは、物理層での干渉をCDMAに比べて66%減少させる、すなわち周波数利用効率をCDMAの3倍にすることが可能になった。
以上の、大容量通信と干渉電力の平均化に加え、Flash-OFDMではOFDMのリソース割り当て単位、すなわち送信できる情報単位のきめ細かさ(粒度:granularity)がある。図6に、OFDMの粒状にしたリソースの割り当ての様子を示す。
図6 OFDMの高い粒度のリソース割り当て |
高速移動に対しては、移動による性能劣化を抑えるため、
- 伝送誤り訂正を行うFast ARQ(Automatic Repeat Request)
- “make before break”のハンドオフ
の制御を行う。“make before break”のハンドオフは、移動端末が一時的に現在のレディオルータ(Flash-OFDM固有の基地局)と接続を継続しながら、移動先の新しいレディオルータとも接続できる。
Flash-OFDMでは、物理レイヤとMACレイヤを一体化した制御を行うが、MACレイヤでは、複数ユーザー間での物理リソースの共有に関して、アップリンクとダウンリンクの両方で、競合(コンテンション)型アクセス方式と非競合型アクセス方式を設定し、リソース・スケジューリングによって帯域幅の制御を行う。
ネットワークレイヤ以上の特徴としては、表5に示すように、TCP/IPの利用、すなわちインターネットとの完全互換性の保証である。
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表5 IEEE 802.16-2004、IEEE 802.16eで使用する周波数(各国の周波数動向) |
図7は、Flash-OFDMによるネットワークとインターネットとのゲートウェイとして、レディオルータの設置を想定していることを示している。
図7 Flash-OFDMネットワークとインターネットとの連携 |
3.2 iBurst |
表7に、iBurstの主要諸元を示す。ユーザーへの下り最大1Mbpsの通信速度の提供を目指すiBurstの特徴は、以下の5点に要約できる。
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表7 iBurstのシステム主要諸元 |
(1) 高速通信
マルチキャリアを採用したTDMA/TDD方式。上りと下りのタイムスロット数は、各3タイムスロットずつ合計6タイムスロットで構成されるが、上りと下りのタイムスロット数が異なる非対称構成であり、下りの通信速度に重点を置いている。
シンボルレートを上げてデータ通信を高速化するだけでなく、1つのシンボルにより多くのデータを内挿する方法を採用している。その結果、3タイムスロットすべてを1ユーザーが使用した場合、その最大データ通信速度は下り1061kbps、上り346kbpsになる。1061kbpsの導出は以下のとおりである。すなわち、5MHzの帯域幅を有効活用するために5MHzを625kHzごと8チャンネルに分割し5m秒ごとに1フレームを上下それぞれ3スロットに分割してデータを送る。1ユーザーが利用できる最高速度は、1768bit(1スロット当たりの転送容量)×200スロット/秒(1秒当たり200スロット受信可能)×3スロット/ユーザー=1061kbpsとなる。
(2) 高い周波数利用効率
非対称スロットフレーム構成によるTDMA/TDD方式、アダプティブアレイ・アンテナ技術、空間多重(SDMA:Spatial Division Multiple Access)技術、適応変調方式を採用。この結果、1基地局当たりの最大セル・スループット(上りと下りを合わせた基地局の最大データレートの理論値)は32.361Mbpsになり、使用周波数帯域は5MHzであることから、最大周波数有効利用効率は6.47ビット/秒/Hz/セル(理論値最大)になる。空間多重技術を使うことで同一周波数に対して3つの方向へ内容の異なる通信を行うことができる。スロット数は、8チャンネル*3スロット*3空間多重で合計72スロットが利用でき、このうちシステム制御に3スロットが割り当てられるため実際には69スロットが利用でき、1ユーザー当たり1Mbps の3スロットを使用すると、同時に23ユーザーが1Mbpsで通信することができる。
(3) 広いサービスエリア
アダプティブアレイ・アンテナ技術を用いて、実効輻射電力(EIRP:Effective Isotropic Radiated Power)の利得を稼ぐことによって広いサービスエリアを実現。都市部では基地局から半径500m以内、郊外では半径約1km以内の屋外ユーザーに対して、下り850kbps以上のサービスを提供できる。
(4) 高速移動性
- 多くの符号変調クラスとそれを適応的に選択するアルゴリズム
- 良好な信号特性を維持する送信出力制御
- PSK(Phase Shift Keying)やQAM(Quadrature Amplitude Modulation)の受信性能向上により、時速100kmで移動中でも通信が途切れないようにするハンドオーバを実現する
基地局と端末間で暗号化されるが、5ミリ秒(1秒に200回)すなわち1フレームごとに暗号鍵が生成される。さらに鍵長は56〜280bitsまで可変である。
なお、ユーザー端末と基地局間の物理レイヤとMACレイヤは、iBurst独自のプロトコルである。
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目次:IEEEを整理する(5) | |
1. 無線MANの研究と標準化の推移 | |
2. IEEE 802.16-2004とIEEE 802.16e | |
3. IEEE 802.20(高速移動体対応) |
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