【特集】 バイオメトリクスカタログ(後編)
〜虹彩、網膜、声紋などその他認証編〜
橋本晋之介
2001/11/28
Comdex Fall 2001でも、バイオメトリクスを応用したシステムが注目を集めており、2001年9月11日の同時多発テロのあと空港などでのセキュリティへの応用が進められているようだ。バイオメトリクス技術は、今後さらに注目されるだろう。
前回の「バイオメトリクスカタログ(前編)指紋認証編」で、バイオメトリクス技術を応用した製品として指紋認証システムと入力装置を紹介した。今回はそのほかの方式の製品を紹介する。それぞれの方式に長所と短所があり、どの方式が最適かは用途や要求される安全性によって異なる。
*注 各製品の写真、図、資料などは各社許可のもとWebサイトより転載させていただいた。
長所、短所を見極めた選択が重要 |
指紋以外のバイオメトリスク技術としては虹彩(こうさい)、網膜パターン、人相(顔)、声紋、DNA、筆跡(サイン)などがある。筆跡は身体的特徴ではないが、個人の癖が強く表れるので、広義のバイオメトリクスに含まれる。
各方式の比較を表1に示す。この表の評価は一般論であるが、後で紹介する各製品はそれぞれの方式の長所を生かし、その方式の短所を補っている。
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凡例 ◎:特に優れている ○:良好 △:疑問あり ×:問題あり
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表1 バイオメトリスク方式の比較 |
「扱いやすさ」とは、利用者が認証を受ける際の面倒さである。ほとんど何もしなければ煩わしさは感じないが、作業をしたり体の一部や顔を装置に押し付けるということになると煩わしさは感じる。利用者にとっては煩わしさの有無が最も重要だが、運用者としてはそのほかの項目が気になるところだ。
「経年変化耐性」は、利用者が年を取るごとに身体的特徴が変わりやすいかどうかを表している。虹彩や指紋は年齢による変化が少ないといわれている。逆に人相や声紋・網膜は大きく変化する。変化が大きいと、短期利用のシステムを除き、データの定期的な更新が必要だ。
「偽造のしにくさ」は、別人がなりすまして認証を受けることが難しいかどうかを表す。声紋は録音テープを使うなどすると偽造できてしまうかもしれない。サインもある程度まねることができる。いまのところ指紋や掌紋の偽造は難しいが、人工皮膚などを使うと偽造できるかもしれない。
「本人拒否の少なさ」とは、利用者本人を正しく認識できずに拒否してしまう度合いの低さのことである。声紋や人相などは体調などによってある程度変化するので、本人であるにもかかわらず拒否されることがある。また、サインも人によっては安定した筆跡を保つことができずにある程度のばらつきを持ってしまい、拒否される可能性がある。
「他人拒否率」は、登録されていない人物を正しく拒否する度合いのことである。偽造しなくても認識エラーで他人を認証してしまうことがある。人相はもともと識別が難しいので、他人許容率が高い。認識方法が人間とは違うので、人間が見るとまったく似ていなくても人相認識システムでは似ていると判断されることがあり、注意が必要だ。同様に、声紋も人間が聴いた感覚とは違う判断をされることがある 。
このようにどの方式も指紋に比べると新しい技術であり、具体的な製品はまだ少ない。また、それらの入力装置や認証エンジンを利用して独自のシステムを開発するには汎用性が足りないなどの問題点がある。システム開発を行う場合には開発元にOEM供給や技術供与を申し込む必要があるだろう。
と、ここまでの説明は一般論である。各社ともそれぞれの方式の長所を生かし、短所を補って実用性を高めている。それでは、それぞれの方式と具体的な製品を詳しく見てみよう。
瞳孔で識別する「虹彩(アイリス)」認証製品 |
虹彩は目の瞳孔の縮小・拡大を調整する網膜組織で、アイリスともいう。虹彩には個人固有の文様があり、これを識別して個人を認識することが可能だ。
あらかじめ虹彩をシステムに登録しておき、認証時にはカメラの前に立つだけでいい。接眼部がない非接触型なので、衛生面で利用者に拒まれることがない。しかし、システムが比較的高価で、認識エラーも起きやすい。
代表的な製品に沖電気工業の「アイリスパス-S ゲート管理システム」がある。
アイリスパス-S |
ゲート装置前のLCDに目が映るように立てば認証が行われる。事前登録では専用の登録機を使って虹彩パターンを撮影しておく。虹彩登録・照合時の撮影には近赤外線を使用。日本工業規格や国際規格の定める安全基準値に準拠するLED光源を使用しているので、人体への影響はないだろう。
一般的に、虹彩認証方式は認識エラーが起こりやすいが、アイリスパスは誤認識率が120万分の1と低く、実用上問題ないと思われる。
ゲート管理システムはアイリスパスの代表的な利用例で、応用分野としてはパソコンの利用制限、オンライン決済・取引、会員認証、幼児・病人・高齢者サポート、身分証明書などが考えられている。
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アイリスパス-S 仕様 |
以下は、部屋への入退室管理用などとしての接続例。
システム接続例 |
問い合わせ先 iris-sales@oki.com
網膜の毛細血管で識別する「網膜パターン」認証製品 |
網膜パターンによる認証は、目の網膜にある毛細血管のパターンを識別する方式だ。入力装置は双眼鏡のような形をしており、利用者が目を押し付けてリアルタイムにスキャンする。このため、目の健康上あまり良くなかったり、複数の人物が顔を押し付けるので衛生上好まれない。
重要な施設の入出門システムに採用されているが、あまり一般的でない。このため、今回では資料が集まらず、具体的な製品は紹介できなかった。
声の特徴で識別する「声紋」認証製品 |
声紋は声の波形に表れる特徴を抽出し、その個人差を識別するものだ。声を出すという、人間にとって自然な方法は利用者の苦になることはなく、受け入れられやすい。ただし、体調によって声色が変わったり、周囲のノイズが大きい場合はエラーになる可能性がある。また、登録者の声を録音しておき、これを使って不正利用することも予想される。採用前には十分なテストと検討が必要だろう。
Mac OS 9以降には音声認識システムが備えられていて、マルチユーザー環境でログインするときにマイクから登録した言葉を入力して認証を受けることができる。詳しくはAppleの製品情報やMac OSのヘルプを参照して欲しい。
声紋を使った認証技術の代表的な製品には富士通系ベンチャー企業アニモの「音声認証サーバ」がある。同社は声紋を用いたさまざまなシステムを開発・販売しており、泉州銀行のテレホン・バンキングなどにも採用されている。
この製品は、以下のようなシステムを実現している。
- 多段階認証による実用的な認証精度
- フリーワード認証による会話をしながらの自然な認証
- サーバソフト形態による既存システムへの容易な組込み
適用分野には電話を使った取引・応対などの際の相手認証、入退室管理、危機制御などがある。
なお、最近では音声入力システムが一般にも普及しているが、これは言葉の内容を理解するもので、声の主を判定するものではない。技術的には似ているところもあるが、できるだけ多くの人の話し声が認識できることを目指しているといった点から、どちらかというと正反対のシステムである。
問い合わせ先 anm00107@nifty.com
顔の特徴点で識別する「人相、顔画像」認証製品 |
人間が個人を識別する場合、まず顔を見る。この基本をそのままコンピュータ技術にしたものが人相識別、あるいは顔画像識別技術である。
人間の顔を画像として入力し、顔の中にいくつか特徴点を見いだす。例えば目の位置や鼻の位置などを細かく調べ、ネットワークを構成する。これをあらかじめ登録したものと比較して個人を特定する。抽出する特徴点を増やせばそれだけ別人との差が大きくなり、他人許容率が下がる。
双子や他人の空似をどのように識別するかは難しい。また、体調によって顔がむくんでいたりすると識別エラーを起こす可能性もある。けがをして包帯を巻くなどすると利用できないことはいうまでもない。
登録されている画像をそのまま画面表示すれば、認証をある程度人間が補ったり、他人許容を防ぐことができる。この方式はオペレータや守衛が常駐しているシステムで、これらの人々を補助する目的には向いている。
顔認証技術製品の代表として東芝の「FacePass」を紹介する。
FacePass |
FacePassは入出門システムで、カメラの前に立つだけで認証される。照合時間も約1秒と短く、待たされることもなく利用者にとっては扱いやすい製品だ。
髪形やめがね、化粧などの影響はさほどないが、サングラスや長い髪などで顔の一部が隠れると認識できないことがある。けがなどによって認証できない場合を考慮し、パスワードやICカードと併用することもできる。
なお、FacePassは入出門システムなので電気錠などの設備が必要で、設置にはそれなりの費用がかかる。
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FacePass 仕様 |
以下は、操作部、制御部などのシステム構成。
システム構成図 |
問い合わせ先 03-5444-9577
「筆圧や書く速度で識別する「筆跡」認証製品」へ |
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Security&Trust記事一覧 |
●修正履歴 【2001/11/30】 本文中の「長所、短所を見極めた選択が重要」の「表1 バイオメトリスク方式の比較」の「筆跡」の各評価項目を修正いたしました。 |
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