[ニュース特集:Deep Insight]
組み込み版スキル標準で開発者の仕事はどうなる?
2005/6/3
情報処理推進機構(IPA)は5月23日、組み込みソフトウェア開発について必要な技術やキャリアを整理した「組込みスキル標準」(ETSS)を発表した。ソフトウェア産業の中で重要性が増しながらも、その位置づけが明確でなかった組み込みソフトウェア開発の輪郭をはっきりとさせ、「組み込みソフトウェアの開発力を強化する」(IPA)のが目的だ。
ETSSは、経済産業者などが策定した「ITスキル標準」の組み込みソフトウェア版。IPAと、IPAが昨年設立したソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)、経済産業省の組込みソフトウェア開発力強化推進委員会が協力して策定した。内容はIPAのWebサイトで確認できる。
エンジニアの人材の量と質の不足を解消
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IPA ソフトウェア・エンジニアリング・センター 組込み系プロジェクト 研究員 関口正氏 |
ETSSの策定で狙うのは「組み込みソフトウェア開発における人材不足の解消」(IPA ソフトウェア・エンジニアリング・センター 組込み系プロジェクト 研究員 関口正氏)だ。組み込みソフトウェアは日本が世界的に競争力を持つ携帯電話やデジタルカメラ、カーナビゲーションシステムなどさまざまな情報機器、デジタル家電のキーテクノロジとなっている。しかし、これらの製品は新製品投入までのライフサイクルが極端に短い。経済産業省が2004年度に行った調査によると、平均的な製品開発期間は6カ月以上1年未満が43.2%。6カ月未満も19%を占めていて、短期間の開発が大半となっていることが分かる。
また、組み込みソフトウェア開発は、インターネット対応やマルチメディア対応で機能が複雑化していて、製品に混入するバグや不具合も問題視されている。不具合が発生して製品をリコールすると、リコールのコストだけでなく、企業イメージの低下なども引き起こす。製品ライフサイクルの短期化、機能の複雑化というプレッシャーの中、組み込みソフトウェア開発のエンジニアの労働時間は増加。同じ経済産業省の調査では、月40時間以上の残業をしている(月の労働時間が200時間以上)エンジニアは22%。180時間から200時間未満の比率が最も高く、42%だった。
IPAはこれらの状況から、組み込みソフトウェア開発における問題を「慢性的な人材の量と質の不足」(関口氏)と認識。ETSSを策定した。ETSSはすでに組み込みソフトウェア開発を行っているエンジニアやこれから組み込みソフトウェア開発を行ないたいと考えるエンジニアに対して、「スキルとキャリアのものさしを提供する」(関口氏)。
自社の保有技術をマッピングする
ETSSは、「スキル基準」「キャリア基準」「教育カリキュラム」の3構成になっている。スキル基準は組み込みソフトウェア開発に必要なスキルを体系的に整理するためのフレームワーク。「スキルの可視化」(関口氏)を実現する。スキル基準は、組み込みソフトウェア開発に必要な技術を、「技術要素」「開発技術」「管理技術」の3カテゴリに分類する。それぞれのカテゴリごとに、組み込みソフトウェア開発に関する技術をツリー構造で整理できるようになっている。
例えば、技術要素のカテゴリでは、ツリーの第1階層に「通信」があり、第2階層に「有線通信」「無線通信」「放送」「インターネット」がある。IPAが今回のスキル基準 Version 1.0で策定したのは第2段階まで。第3階層以降は、利用する企業や業界団体などの実情に合わせて独自に定めることを想定している。最終的には「ppp」「http」などのスキル項目に落とし込み、「作れる」「使える」などを判断する。
組み込みソフトウェア開発を行なう企業は、スキル基準を参照することで、自社の技術をマッピングできる。自社内に保有する技術を整理して、習得すべき技術を確認可能。また、個人も同じで自分の技術を客観的に把握できるようになる。
テストに注目したキャリア基準
キャリア基準は、組み込みソフトウェア開発にかかわる職種を「プロジェクトマネージャ」「システムアーキテクト」「ソフトウェアエンジニア」など9つに分類。さらに12の専門分野を設けて、キャリアフレームワークを示している。このフレームワークによって、組み込みソフトウェア開発の各過程で、各職種、専門分野がどのような役割を果たすかを確認できる。
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ETSSで策定した「キャリア基準」。9つの職種と12の専門分野が定義された |
キャリア基準で注目されるのは、ソフトウェアテスト、システムテストの職種が設定されていることだ。「組み込みソフトウェア開発のバグは製品のリコールに結びつく。そのため品質に関する職種、専門分野を設けるのは重要だった」(同 研究員 佐藤和夫氏)。テストに関する職種は、ソフトウェアの品質向上と品質欠陥のリスクに対する戦略立案と実施、成果物に対する品質要求の明確化、測定、評価、改善を行う「QAスペシャリスト」と、ソフトウェアやシステムのテスト設計、テストツールや手法の選択、テストデータの設計などを行なって各工程でのテストを実施する「テストエンジニア」の2つの職種を設けた。
また、パートナー企業と共同でソフトウェアを開発するケースが増えていることから、パートナー間、開発拠点間でのコミュニケーションを円滑にし、拠点間のギャップを解消する職種として「ブリッジエンジニア」も職種として独立させている。海外オフショア開発に対応させる目的もあるが、ハードウェア開発部隊との折衝やソフトウェア開発の外部委託先との協調など、社内外で“ブリッジ”として働くことを想定している。
ITサービス系エンジニアとの相互移行を可能に
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IPA ソフトウェア・エンジニアリング・センター 組込み系プロジェクト 研究員 佐藤和夫氏 |
キャリア基準は、ITSSと同様に専門分野をそれぞれ技能別に7段階にレベル分けしている。エンジニアに対して、自分はどう進めばいいのかを示すキャリアパスの意味合いがある。同時にITSSと互換性を持たせて、ITサービス企業で働くエンジニアと組み込みソフトウェア開発のエンジニアが相互に移行できるようにしている。
ただ、実際は、大きなリソースを前提にプログラムやシステムを開発してきたITサービスのエンジニアが、ハードウェアの制限がある組み込みソフトウェア開発に移行するのは、簡単ではない。しかし、SECでは「ITSSとETSSが互換性を持つことで、ITサービスと組み込みソフトウェア開発のスキルの差分を提示して、埋めていくことができる」(関口氏)と説明。「テストに関する知識などITサービスと組み込みソフトウェア開発で大きく変わらない職種もある。それぞれの差分を理解すれば、移行は可能」としている。
キャリア基準と教育カリキュラムはドラフトの段階で、今年度Version 1.0の策定を目指す。また、スキル基準とキャリア基準のひも付けを行って、より実際の開発に即した内容に仕上げていく。スキル基準を実際の企業に適用する実証実験も行なう予定だ。
(@IT 垣内郁栄)
[関連リンク]
情報処理推進機構(IPA)の発表資料
ソフトウェア・エンジニアリング・センター
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