Google CloudがAIエージェント基盤「Gemini Enterprise」を発表した。既存ツールの後継だが、全く別の名称に変え、新製品であるかのように押し出している。なぜなのだろうか。また、これまでの製品との違いはどこにあるのだろうか。
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Google Cloudは2025年10月9日(米国時間)、企業従業員のためのAI(人工知能)エージェント構築・利用プラットフォーム「Gemini Enterprise」を発表した。
これまで提供してきた「Google Agentspace」の発展版だが、新製品として発表している。米国の発表イベント会場には数々のイノベーションの発祥地とされるGoogle本社の社内カフェ「Charlie’s」を選び、冒頭ではAlphabet/Google CEOのスンダー・ピチャイ氏がGoogleのクラウド事業の位置付けから説明した。
こうしたことからも、Gemini EnterpriseへのGoogleの力の入れようが分かる。
一方でGemini Enterpriseは、これまでGoogle Cloudが一般従業員のためのAIエージェント構築・利用として提供してきた「Google Agentspace」(以下、Agentspace)の後継プロダクトだ。
Agentspaceは、Google Cloudが2024年12月に発表したサービス。2025年4月には同社の年次イベントで進化版が発表されている。
なぜ名称を変えたのか。 Google Cloudははっきりと説明していないが、2つの理由が考えられる。
一つはAIモデルファミリ「Gemini」を核としたブランドの確立だ。「Gemini」という言葉の吸引力をさらに高め、生かしたい。「Geminiの最新モデル群を使える」として、Googleは「Gemini」という名称のAIアシスタントを展開しているが、その魅力を企業従業員が実感できるサービスとして、「Enterprise」という単語をシンプルに組み合わせたのではないか。
もう一つの理由として、「Agent〜」という名前が邪魔だと考えているとしても不思議ではない。
名称が変わっても、従業員によるAIエージェントの構築と利用のためのサービスとしての役割をますます強めることには変わりがない。だが、まずあらゆるタイプの従業員にいきわたってこそ、さまざまな業務で、部署をまたがったエージェントの活用が進む。
そのためにはAIエージェント「以前」に、あらゆる従業員が日常業務で自然に使いたくなるような魅力も提供する。AIエージェントツールとしてではなく、ますは日常業務における便利ツールとして導入して欲しい、ということなのではないか。
下はGemini Enterpriseのホーム画面だ。
GoogleのAIアシスタント「Gemini」とほとんど変わらない画面だが、1つ違いがある。
プロンプトウィンドウの下端を見ると、ツールアイコンの右横にデータアイコンが加わっている。画面ではこれをプルダウンしているが、さまざまな情報ソースがリストされ、トグルスイッチでそれぞれの有効/無効を設定できる。ユーザーは参照したい情報ソースを選択した後、質問などのプロンプトを入力することで、引用元情報付きの回答が得られる。つまり、実質的にRAG(検索拡張生成)が使えるようになる。
情報ソースへのアクセスには、統合的な認証/認可管理が適用される。従業員は自身が利用を許された情報にしかアクセスできない。一方で、ユーザーは自分専用のRAGシステムをすぐに使えることになる。
しかもRAGによる検索の対象をユーザー自身が選べるようになっている。画面では、Googleのサービスに加え、「OneDrive」「Salesforce」「ServiceNow」などが見える。
つまり、Gemini Enterpriseは「従業員がAIを日常的に使うためのポータル」という位置付けなのだと考えれば製品名称の変更に納得がいく。「AIエージェント」という言葉を聞くだけで、敷居の高さを感じてしまう従業員もいるだろう。まずは、そういう人たちも日常的に便利に使えるAIツールになりたい。そのためには「Agentspace」という名称は要らない、ということなのではないか。
上記を踏まえた上で、Gemini Enterpriseが企業におけるあらゆる業務へのAIエージェント活用を高度化していくための製品であることには変わりがない。では、前世代製品のAgentspaceとどこが違うのか。
両者の違いについて、Google Cloudは次のように説明している。
「Agentspaceはエージェント駆動型企業を実現するためのビジョンであり、エージェントの構築とオーケストレーションのための強力なテクノロジーにフォーカスしていた。Gemini Enterpriseはこのビジョンを完全に具現化したものであり、それ以上のものでもある」
Gemini Enterpriseの機能説明に出てくるキーワードの多くはAgentspace時代からあったが、説明がより具体的になってきた部分がある。また、Google Cloudは「ツールではなくプラットフォーム」というメッセージを強めている。
Gemini Enterpriseの機能の中核は、AIエージェントの容易な活用とローコード/ノーコードでの構築だ。
従業員は、Google Cloudやサードパーティーが提供するエージェント、組織や部署レベルで共有されるエージェントを使える。一方で、自分自身のためにエージェントを作れるし、作ったエージェントを他の従業員と共有することもできる。
Google Cloudによる最新の説明をあらためて確認すると、同社が従来提供してきたのは「Deep Research Agent」と「NotebookLM」。これにGemini Enterpriseの発表時点で「Code Assist Agent」が加わった。今後「Data Science Agent」「Customer Engagement Suite Agent」を予定しているという。
Gemini Enterpriseには、AIエージェントの構築方法が2通り用意されている。これは従来と変わらない。
一つは「Agent Designer」と呼ばれるノーコードツール。フローチャートを描き、各ステップのアイコンを開いて処理内容を自然言語で記述していけばいい。特定の通知をする必要がある顧客を抽出して自動的にメールを送る、といったマクロのような使い方は、すぐにできそうだ。
もう一つのやり方は「Agent Development Kit(ADK)」を使ったコーディングだ。自然言語プロンプトを活用したローコードツール「Gemini CLI」が使える。
Google Cloudは、オープンな環境で複雑なAIエージェントが構築できると強調する。
データ接続では、もともと自社・他社の多数のツールとの連携をうたっているが、今回も「Box」「Confluence」「Github」「Jira」「Microsoft Teams」「Salesforce」とのコネクタを追加したという。他の組織やベンダーのものを含む複数のAIエージェントとの連携も、Agent2Agent(A2A)プロトコルで実現する。エージェントによる購買を可能にするAgent Payments Protocolもサポートする。
では、どこまで複雑なAIエージェントを構築できるのか。例えば発表資料には下のようなユースケースが紹介されているが、これも上記の2通りの方法で構築できるという。
セールス: アカウント情報に基づいたパーソナライズされた営業アプローチ、複雑な取引予測とパイプライン管理の自動化、AI による「次に取るべき最善のアクション」の推奨。営業チームを戦略的な活動と大型商談の成立に集中させる。
セキュリティ/ガバナンスの機能も強化している。個々のエージェントに対して厳格な利用/共有権限を適用できる。また、単一のダッシュボードで全エージェントの振る舞いを監視/制御できるという。
なお、認証基盤には「Microsoft EntraID」も利用できるとしている。
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