「AIはインターネットよりも世の中を変える」。ならば、AIを使った業務改革は、何を目的にどう進めればいいのか。やるべきこと、やるべきでないこととは何か。先行的な取り組みを進める損保ジャパン、日本テレビ、メルカリが語ったこととは。
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ビジネスを変える技術として、AI(人工知能)に期待する企業や組織は多い。個人レベルの業務改善は、市民開発に使えるツールが多数登場していることもあり、現場レベルで進めやすいが、業務改革となるとそうはいかない。DX推進組織やIT担当部署がAIアプリケーションを作っても現場に使ってもらえないなどといったことが起こる。
こうした悩みを抱える企業にとってのヒントとなるようなパネルディスカッションが、2025年10月30日にGoogle Cloudのイベントで行われた。登場したのは損保ジャパン、日本テレビ、メルカリにおける社内のAI活用推進者たち。全く別の業界であり、社内での立場も異なる3人は、どう活動を進めてきたのか。そこから得られた教訓とは。
損保ジャパンの中島正朝氏は、リテールビジネスのCOO(最高執行責任者)であり、CDO(チーフデジタルオフィサー)兼DX推進部長だ。事業幹部とデジタル部門責任者の2つの顔を持つ。
「インターネットが登場した時期と同じようなワクワク感がある。インターネットで世の中はだいぶ変わったが、AIではもっともっと変わる。AIで業務効率化をやるぞというのとはノリが違う。そこを経営陣にも理解してもらう必要がある」(中島氏)
同社は現場から経営陣まで、AIによる業務変革を全社的に進めている。気をつけているのは、ビジネスユニットの主体性を大事にすることだと話す。
損保ジャパンの取り組みは多岐にわたる。「教えて!SOMPO」は社員や代理店からの保険商品に関する問い合わせに答えるAIチャットボットで既に大きな成果を挙げているという。経営レベルでは、「AIカスタマー」の広がりについての議論を始めているデジタル部門がやってしまうと、例えばデータのメンテナンスが続けられなくなるといったことが起こる。操縦席にはあくまでも事業部門が座り、デジタル部門はサポートする形をとることが重要だという。
また、こうした取り組みでは、生成AIでやりやすいこと、新しいことをやろうという発想になってしまうことが多いと中島氏は指摘する。特定のツールで何ができるかが出発点になることもよくある。こうした考え方でプロジェクトを進めても、PoC(概念検証)で終わってしまいがちだという。
損保ジャパンは課題ありきでテーマを決め、取り組んでいる。
「(特定の)テクノロジーがダメでも課題はなくならない。課題解決に挑み続けることで、取り組みが定着していく」(中島氏)
中島氏は例として、保険商品に関する質問に答えるチャットbot「教えて!SOMPO」を挙げた。社内や代理店からの膨大な量の問い合わせへの対応は、同社にとって以前からの大きな課題。試行錯誤し続け、精度を高めて成功につなげたという。
課題が大きいほど成果も大きい。自社にとって重要な課題を見定め、これを解決することにフォーカスして取り組みを進めるべきだとしている。
成果の測り方についても異論を唱える。
生成AI活用の成果は、作業時間の短縮などの業務効率化という観点で語られることが多い。だが、それでは「経営にヒットしない」(中島氏)。突き詰めると、あたかも人件費の削減が目的であるかのようになってしまう。こういった物差しを変えていかなければならないという。
日本テレビホールディングスは2025年5月に刷新した中期経営計画で、「コンテンツ企画制作へのAIエージェントの実装」を掲げている。その策定に携わった経営戦略局経営戦略部主任の辻理奈氏は元データ/AIエンジニア。現在はAI関連プロジェクトの実行、推進を担当している。
辻氏も、AIはあくまでも手段であり、何を課題として設定し、どう解決するかを常に考えることが重要だと強調する。経営戦略や事業戦略にフォーカスすることで、全体最適が見えてくるという。
「チャットアプリをたくさん作っても、ユーザーにとって使うアプリが増えるだけなら、事業レベル、経営レベルでのビジネスインパクトは出ない」(辻氏)
そこで、番組プロデューサーや編成担当者などをメンバーとした、組織横断の全社プロジェクトを立ち上げ、現場の課題を一緒に解決する取り組みを進めている。
「自分の悩みを解決しようと動いてくれる人に嫌悪感を抱くことはなかなかない」(辻氏)
辻氏自身、1カ月にわたって毎日番組企画会議に参加し、改善策を話し合いながら進めた。ここが大変そうだなというところを、実感と共に話し合っていくことが大切だと思っている、という。
現場の人々にとっての「自分ごと感」も大切にしている。AIアプリケーションの構築にできるだけ関与してもらい、大小の要望を取り込む。
そのためにプロトタイプを迅速に提供し、「AIで何ができるか」についてのイメージをつけてもらいながら、受けたフィードバックを要件定義として生かしているという。
メルカリにおけるAI活用は、サービスプロダクトでこそ積極的に続けてきたが、バックオフィスでは取り組みが不足していたという。これが山田進太郎社長の一声で一変。全社プロジェクトとして2025年7月に発足した。
このプロジェクトを率いているのは、機械学習/AI分野のDirector of Engineeringを務める梅澤慶介氏だ。
「トップからの強い後押しがあったからこそ始まった。だが、それだけではつまらない。社員の皆さんがそれを聞いて、『やっていこうぜ』『業務を変えようぜ』という、コールアンドレスポンスのような動きが起こったからこそ成立している」(梅澤氏)
梅澤氏は33領域のプロジェクトを一気に立ち上げた。それぞれについて数人からなるチームを構成し、プロジェクトマネジャーをアサインし、自身は主としてポートフォリオ管理的な活動を行っている。
重要なのは、熱量を盛り上げ、維持していくことだと梅澤氏は話す。
「失敗しても成功しても経験として残るから、とにかくチャレンジしてみよう。そういうマインドセットにしていきたい。これはお祭り。発表できる場を毎月作って、皆で『できたね』という感じを演出できたらなと思っている」(梅澤氏)
エンジニアの中には受動的な人たちもいる。決まったものを受け取り、それを形にすることに慣れていて、新しいことにチャレンジするのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう人たちだ。
「『お祭りなので失敗してもいい』という雰囲気を作り出すことによって、前向きに取り組めるようにしていきたい」と梅澤氏は話した。
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