上限は1カ月45時間。時間外労働の「こうあるべき姿」:IT業界をたくましく生きるための労務入門(2)(2/2 ページ)
元SE、現社会保険労務士の筆者が、ITエンジニアが知っておくと便利な労務用語の基本を分かりやすく解説します。
あなたも割増賃金を計算できます
残業のパターンと計算率が分かったので、実際に割増賃金を計算できる段階まで来ました。
……が、その前に一言。割増賃金を計算する時、「除いてもよい」とされる手当が法律で決まっています。
除いてもよい手当は、以下の7つ――家族手当、通所手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金(慶弔見舞金や退職金など)、賞与が該当します。つまり逆を言えば、これら7種類“以外”の手当は、すべて割増賃金を計算する際、含めなければいけないのです。
【問題】
あなたの給与形態は、下記のとおりです。
- 基本給:30万円
- 家族手当:1万5000円
- 住宅手当:2万3000円
- 通勤手当:1万8500円
月間所定労働時間168時間、時間外労働40時間、深夜労働5時間、法定休日勤務16時間だったとした場合の割増賃金は?
【答え】
1.まず、時給を求めます。この時、上記の7つに該当する「家族手当、住宅手当、通勤手当」は除きます。
基本給30万円÷168時間≒1785.71=1786円(端数は途中で丸めても計算の最後に丸めてもよい)
2.割増率に従って計算します。
- 時間外手当=1786円×1.25×40時間=8万9300円
- 深夜労働分=1786円×0.25× 5時間= 2233円
- 法定休日分=1786円×1.35×16時間=3万8578円
とはいえ、手当の名称が同じであればOKというものではなく、手当の内容によっては計算に含めなければならない場合もあるので、注意が必要です。
例えば、「家族手当」とされていても、扶養家族の数に関係なく一律支給されているのは除けません。同様に「住宅手当」とされていても、住宅の形態ごとに金額が異なるのではなく、世帯主に一律に定額で支給されていたりすると、これも計算時に除けません。
……さて、皆さんの時間外労働はきちんと計算できましたか?
時間外労働には上限があります
たとえあなたが重度のワーカホリックで、「時間外労働、がんがんいこうぜ!」と意気込んでも、無制限に時間外労働はできません。時間外労働には、上限があります。
●上限=1カ月に45時間
前回に解説した「36(サブロク)協定」で定めている時間が上限です。
36協定で定めることができる時間外労働の上限は、原則として「1カ月に45時間、1年で360時間」までです(休日労働は含みません。休日労働分は別に定めます)。
●特別条項付きの36協定
はい、今にもエンジニアたちの声が聞こえてきそうです。「45時間で済むわけないだろう!」……システム障害や深夜対応など、突発的に長時間の時間外労働が起きる時のため、企業は「特別条項付きの36協定」を届け出しておきます。
用語解説:特別条項付き36協定
36協定で締結された限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない「特別の事情」が生じた時、一定期間として協定されている期間ごとに、労使当事者間において定める手続きを経て、限度時間を超える一定の時間(=「特別延長時間」)まで労働時間を延長できる旨を協定(「特別条項付き協定」)する。その場合、一定期間についての延長時間は限度時間を超えることができる。
とはいえ、特別条項が使えるのは、あくまでも臨時・突発的な業務が発生した場合に限られます。利用するための手順、利用できる回数、1回あたりの延長時間の限度も、締結しておく必要があります。
ちなみに「特別の事情」は、「業務上やむを得ない時」とか、「使用者が必要と認める時」などのあいまいな表現は認められません。「決算業務」「システム障害」「ボーナス商戦による業務多忙(これはあまり関係ないか)」など、具体的な理由が必要です。
時間外労働は勝手にやったり、拒否したりできない
これまで、時間外労働の中身と、その計算方法を解説しました。
●勝手に残業するのはNG
仕事が終わらないからといって、勝手に残って残業しても、本来は時間外労働として認められません。1時間で終わる仕事を2時間かけてやる……といったダラダラ残業はご法度です。
一方、締め切りが迫った業務を渡されて、納期に間に合わせるために自分の判断で残業していた場合、上司から明確に残業の指示が出てなくても、上司が残業しているのを黙認していれば、「時間外労働を黙示で指示をしたもの」とみなし、時間外労働とされる可能性が高くなります。
ですが、「自分の判断で勝手に残業する」のはいけません。必ず上司の指示や承認を受けて、残業する必要があります。
●決められた時間外労働を拒否するのもNG
また上記の36協定があり、就業規則で時間外労働を命じる規定があれば、労働者には時間外労働をする義務があります。「今日はポケモン発売日だから」と、自分の都合だけで残業を拒否できないのです。
●例外
とはいえ、例外があります。
- 18歳未満の年少者
- 妊産婦(妊娠中の女性・産後1年未満の女性)
上記の人から「残業しません」と請求があるときは、36協定が締結されていても、時間外労働はさせられません。
同様に、
- 小学校前の子どもを養育している社員
- 家族介護を行なっている社員
から請求があるときは、1カ月24時間、1年で150時間までしか労働時間を延長できません。
次回予告:サービス残業の実態
今回のお話は、「こうあるべき」という法律上の解釈でした。
しかし、実際には「サービス残業」をはじめとして、これらの約束事が守られていない実例がたくさんあります。次回は「サービス残業」について、実際に相談を受けたケースを紹介しながら、「ブラック企業の現実」を紹介します。
筆者紹介
社会保険労務士
文:成澤紀美(なりさわきみ)
弘前大学人文学部卒業後、大学時代から興味があったコンピュータに関わる仕事を目指し、業務系システム 設計に長年、携わる。人事管理システム設計をきっかけに企業人事・労務の道へ。
1998年社労士 試験合格。1999年1月、なりさわ社会保険労務士事務所を開業。 IT関連の顧問先が約8割という業界専門の事務所でもある。
イラスト:nisacchimo
にっちもさっちもいかない、業務系エンジニア。SFとコーヒーと自転車が好き。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.