元SE、現社会保険労務士の筆者が、ITエンジニアが知っておくと便利な労務用語の基本を分かりやすく解説します。
「今月も残業が100時間超えだよ」
「残業代が出るならいいじゃないか。こっちは全部サービス残業さ」
サービス残業をはじめとして、何かと未払い賃金トラブルが多い、IT業界。「サビ残」などという言葉が日常会話に出ることもしばしばでしょうが(あまりよくないことではありますが)、そもそも「労働時間」とは何か、具体的に知っていますか?
本連載は、元SEの社会保険労務士が「ITエンジニアが知っておきたい労務知識の基礎」を分かりやすく解説します。
●解説する単語解説する単語
連載初回ということで、まずは基本中の基本、「労働時間」から始めましょう。労働時間はなじみ深いものですが、意外と分かっているようで分からないものです。法律上の解釈をふまえて「労働時間はどういう考えに基づいて決められているか」を解説します。
●労働時間・拘束時間
「労働時間」とは、「休憩時間を除いた実際に働いた時間」のことです。よく混同されるのが「拘束時間」。これは「休憩時間を含んだ全部の時間」を指します。
例えば、以下のような就業形態の場合。
↓
となります。
休憩時間は、労働基準法では、
を労働時間の途中に与えること、とされています。
この始業時刻と終業時刻、シンプルなようですが、実はさまざまなとらえ方があります。
いろいろな企業の就業規則を見てみると、単に「始業時刻は○時○分、終業時刻は○時○分」とだけ書かれているものがあれば、それぞれの時刻を定めた他に「始業時刻とは実際に業務を開始する時刻をいい、終業時刻とは業務の終了時刻をいう」と細かく定めているものもあります。
なぜこのような違いがあるかというと、労働時間は給与を計算するための根拠となるからです。
給与は実際に働いた時間に対して計算し、支給するのが原則です。そのため、始業時刻・終業時刻をどうとらええるべきか、定めているというわけです。
始業時刻ギリギリに出社し、まずはコーヒーでも入れてWebでニュースをチェックし、実際に仕事を始めるのは始業時刻を過ぎてから……ということや、終業時刻より前に仕事を終わらせておいて終業時刻ぴったりに退社する、といった行為を抑制するという目的があります。また、このような働き方が当たり前になっている場合、就業規則に違反していると明確にするためでもあります。
「うちの就業規則はここまで細かくないから平気さ!」ではなく、書かれていない場合でも、仕事を始める時間・仕事を終わる時間ととらえるべきでしょう。
●手待ち時間手待ち時間
さて、この労働時間には、実際に働いている時間以外に、「使用者の指揮命令下に置かれている時間も含む」とされます。例えば、 データセンターで待機しながら、担当者からのレスポンスを待っていたり、前工程の担当者からプログラムが納品されるのを待っていたり……。これらは「手待ち時間」と呼ばれます。
手待ち時間にはさまざまなケースがあります。また、「労働時間に含むか含まないか」でよく問題になるトピックでもあります。
よく相談があるのは、「社員が自分の机で昼食を取りながら、かかってきた電話に対応するケース」です。これは、労働時間に含まれるのでしょうか?
この問題は、休憩時間にも関わってきます。「手待ち時間である」と判断されたら、労働時間に含めなければいけません。また、「手待ち時間=業務時間」となるので、別途しっかり休憩時間を取るようにと、行政から指導されたりします。
上記の例の場合、「昼食を取りながら電話を取ることを会社が指示しているかどうか」が判断基準となることがあります。昼食を食べながら電話を取ることを会社が明確に指示している場合は「手待ち時間」とされますので、別に休憩時間を設ける必要があります。
休憩時間なのか手待ち時間なのか、あいまいな状態のままにしておくと、「休憩時間なのに働かされた」として、社員の訴えにより慰謝料の支払いを求められる場合もあるのです(住友化学事件・最三小判S45.11.13)。
判例上でも、「手待ち時間は労働時間である」と判断されるケースが多いため、あいまいな状態での休憩がいかに危険であるかが分かります。
さて、法律では労働時間をどう定義しているのでしょうか。
●法定労働時間
労働基準法では、労働時間を1日8時間・1週40時間(特例事業は44時間)までとし、これを超えて働くことはできないとしています。これを「法定労働時間」といいます。
●所定労働時間
よく企業で定める時間は、1日7時間半だったり、法律と同じ8時間だったりしますが、これは会社が定めた労働時間なので「所定労働時間」といいます。
法定労働時間も所定労働時間も、どちらも「労働時間」ですので、休憩時間は含まれません。
例えば、企業が定めた所定労働時間が「7時間30分」といったように法定労働時間より短い場合、残りの「30分」は時間外労働になるのでしょうか?
この場合、時間外労働にはなりますが、就業規則で「7時間30分を超えたら割増分を支払います」と定めてなければ法定の割増率はつかず、通常の勤務時間分のみ支払うこととなります。常駐先のお客さん企業が定めた所定労働時間と、自分が所属する企業の所定労働時間が違うエンジニアは、このような経験があるのではないでしょうか。
●実際はこんなにうまくいかないので「36協定」
現実には、法律で定めた時間を1分1秒たりとも超えずに働くということはあり得ません。この制限を回避するため、「36(サブロク)協定」というものを企業と社員との間で締結して、労働基準監督署に届出します。
法定労働時間を超え、さらに労働してもらう時(主には残業してもらう時)や法定休日に労働してもらう時には、労働法第36条の規定により、従業員の過半数代表者または従業員の過半数で組織する労働組合の合意を得て、「時間外労働・休日労働に関する協定」を労働基準監督署に届出する。
このことにより、法定労働時間を超える時間外労働及び法定休日における休日労働が、協定で締結された範囲内で認められる。
実際に時間外勤務が発生した場合、法定労働時間を超えた分について、一定の割増率をかけた賃金を支払わなければいけません。
さて、労働時間は「1日をどう数えるか」という、普段なら疑問視しないところまで考える必要があります(システム設計もこの点は似ていますね)。
1日8時間の「1日」とは通常、午前0時より午後12時までの「暦日」を意味します。
ただし、徹夜残業などで前日より勤務が続いている場合、「翌日の始業時刻まで」を前日からの勤務として、労働時間をカウントします。
「1週」は、一般的には日曜日〜土曜日までの暦週で数えますが、就業規則に1週の起算日が定めている場合、日曜日からではなく別の曜日にすることもできます。
「1週40時間」では実際の勤務に支障が生じるようであれば、「変形労働時間制」 を導入し、変則的な労働時間を設定し利用することもできます。
変形労働時間制は、労使協定または就業規則などで定めるものです。一定期間を平均して計算して、1週間あたりの労働時間を割り出します。1週間あたりの労働時間が、法定の労働時間を超えない範囲内であれば、特定の日や週に、法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。同制度には、1カ月単位、1年単位、1週間単位のものがあります。
今回は、基本である「労働時間」を解説しました。基本的な考え方や解釈を知っておくと、働く上でのルールをもっと理解できると思います。次回は皆さんが気になるところの「時間外労働」について解説しましょう。
社会保険労務士
文:成澤紀美(なりさわきみ)
弘前大学人文学部卒業後、大学時代から興味があったコンピュータに関わる仕事を目指し、業務系システム 設計に長年、携わる。人事管理システム設計をきっかけに企業人事・労務の道へ。
1998年社労士 試験合格。1999年1月、なりさわ社会保険労務士事務所を開業。 IT関連の顧問先が約8割という業界専門の事務所でもある。
イラスト:nisacchimo
にっちもさっちもいかない、業務系エンジニア。SFとコーヒーと自転車が好き。
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