契約するとは言いましたが、確約まではしてません――約束の耐えられない軽さ:コンサルは見た! AIシステム発注に仕組まれたイカサマ(5)(2/2 ページ)
プロトタイプは作ってもらいましたが、発注は別の会社にします。あ、試作品のコピーは頂きましたからね――契約をにおわせて契約前作業を強要したクライアント。開発会社は泣き寝入りするしかないのか???
これ、裏に何かありそうね
「本当にウチには、何の権利もないんでしょうか」と尋ねる日高に、A&Dコンサルティングの江里口美咲は首を傾げた。
「さあ、アタシは弁護士じゃないから分からないけれど、『設計書やプログラムにベンダー独自の創意工夫があるなら著作物として認められる』って判例があるにはあるわね」
「ほ、本当ですか?」
「学習ノウハウについてはもっと微妙だけど、同じような考え方でいいのかもしれない。アンタの会社の独自性があるかがポイントになるわね。でも、そんなんで裁判を起こしても解決までに何年もかかっちゃうし、勝てるとは限らない。アンタが求めているのは、そんなことじゃないでしょ?」
美咲の言葉に、日高は小さくうなずいた。
「そ、そうでした。とにかく、これまでにかかった費用だけは取り戻したいし、ウチで作ったプログラムや設計書の流用も止めたいんです」
「弁護士だって、裁判は得策じゃないって話していたんでしょ?」
「ええ」
美咲は、腕を組んでしばらく考え込んだ。
「どうですか。何か、北上を攻めるようなところはないですか?」
「そりゃ、契約をチラつかせて、作業をさせること自体はIT業界の常識からしても問題よ。いくらこちらが承諾したとしたって、客の立場を利用して作業を半ば強要したのなら、それは相手の非になるわね。弁護士さんはIT業界では多少の先行作業はありがちって思ったかもしれないけれど、これはさすがに度を越しているわ」
「で……ですよね!?」――日高の表情が明るくなった。
「でも……」
美咲が唇を真一文字に結んだ――「これ、もっと裏に何かあるんじゃないかしら?」
「裏?」
「まあね」
「どんなことですか?」
「それは、そのうちにハッキリするわ。ちょっと調べなきゃね」――美咲は、またしばらく考え込んでから、独り言のようにつぶやいた。
「北上エージェンシーか……確か同僚の筑紫が経営コンサルタントとして入り込んでいるわね。その生駒って人のこと、ちょっと聞いてみようかしら」
「う……うまくいきそうですか?」
「アタシの勘が正しければね」
そういうと美咲は、その日初めて日高に笑顔を見せた。
書籍
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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