契約がなければ、裏切ったって構わないじゃないか――策士は金策がお好き:コンサルは見た! AIシステム発注に仕組まれたイカサマ(6)(1/2 ページ)
システム開発会社「マッキンリーテクノロジー」が被った、AIを活用したシステム開発の契約詐欺の調査に乗り出した江里口美咲は、単身ライバル企業に乗り込んだ。そこで彼女が聞いた意外な事実とは……?
「コンサルは見た!」とは
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
前回までのあらすじ
「必ず契約するから」という担当者の言葉を真に受けて、広告代理店「北上エージェンシー」のAI活用チラシ作成システムをただで開発させられた、ソフトウェア開発企業「マッキンリーテクノロジー」。
せめてプログラムの流出を食い止めたい、と技術営業の日高に相談された「A&Dコンサルティング」の江里口美咲は、事件の概要を聞くうちに妙な勘が働いた――この話、裏がありそうだわ。
わが社は、製薬分野に特化したAIベンダーです
「マッキンリーテクノロジー」の日高から事件のあらましを聞いた日の翌日、「A&Dコンサルティング」の江里口美咲は、「北上エージェンシー」がAI開発を発注することになった「アルプスソフトウェア」を訪れた。「AIに興味を持っている顧客がおり、技術を持つ会社をいろいろと調べている」と面談を申し出たところ、丹波というAI本部長が応対してくれることになった。
「では、御社のAIを使ったシステムというのは……」美咲の言葉が終わる前に丹波が自慢げに答える。
「ええ。主に製薬会社が薬品の化学式を分析するために使うものです」
「化学式?」
「薬ってのは、複雑な化学式の塊でしてね。それが薬品の数だけ、つまり何百万もあるわけです」
「ええ」
「製薬会社が新薬を開発するときには、既に同じ化学式の薬品が世の中に出ていないのかを調べなきゃなりませんので、その何百万という化学式を分析して調べなきゃいかんわけです。しかも化学式ってのは同じものでも何通りも書き方がありまして」
「何通りも?」
「単純な話、同じ化学式でも裏側から見ると全く別のものに見えることがあります。薬品の化学式は一般に複雑ですから、逆に色んな書き方ができちゃうわけです」
「何百万もの薬品に何通りも書き方があるなら、確かに同じ薬品を見つけるのにAIの利用は有効かもしれませんね」
「そういうことです」
美咲は納得したようにうなずいてから質問を変えた。
「文章を解析したり作ったりするようなAIは御社では……その、北上エージェンシーという広告代理店のAI開発をされるというウワサを聞いたのですが……」
その言葉に、それまで冗舌だった丹波の表情が少し曇った。
「確かにそういう話になってますが、正直ウチも驚いてるんですよ」
「どういうことですか?」――美咲の目が光った。
「ウチの会社は文章作成方面のAIには知見がありませんでね。広告のレイアウトや見だしってのは初めての分野、いわば挑戦なんです」
「でも、北上エージェンシーはそれでも御社を指名した。チラシ作成のための情報やパラメーター設定、分析方法なんかのいわゆる『学習ノウハウ』は、どうされるおつもりですか?」
「その辺は、北上エージェンシーが協力するから一緒にやろうって。ノウハウを提供してもらう分、だいぶ値引きしなくちゃならないんですけど、それでもウチのAIを高く評価してくれてますし、ウチも今後広告業界にAI事業を広げたいって考えもありますから、これが本当にまとまるなら悪い話でもないかなって……もちろん、まだ商談中ですがね……まあ、それでも……」
(大体の筋書きが読めたわ。まったく卑劣な上に安っぽい……)
美咲の口角が上がった
「丹波本部長、北上エージェンシーについて、少しお話ししたいことがあるのですが」
「な、何でしょう?」――丹波は怪訝(けげん)な表情で美咲を見つめた。
「御社のようなAIベンダーが自社を守るための、大切なお話です」
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